軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

19-07 エルザとハンナ

「この度、隣に屋敷を与えられましたニドー家と申します」

エルザはエドガーを引き連れ、まずは向かって右隣のウッドルフ・アーベライン・フォン・エルム伯爵家へと挨拶に行った。

「これはご丁寧に。少々お待ち下さいませ」

エルザを迎えた家令らしき初老の男は、一端奥へ引っ込むと、奥方らしき女性を連れて戻って来た。

「まあ、わざわざありがとう。ニドー家の方ね? 私はウッドルフの家内で、ジェンナといいます」

「エルザ・ニドーです、よろしく、おねがいします。お近づきの印に、と持参しました。お受け取りください」

エルザは、エドガーに持たせていた果物盛り合わせを差し出させた。

「まあまあ、シトランと……ペルシカね。珍しいわ。どうもありがとう」

伯爵夫人ジェンナは気さくな人で、エルザの肩を抱くと奥へと誘う。誘われた先は明るい雰囲気の応接間であった。

「主人は出仕中で留守にしているわ。ですから退屈なの。少しでいいからお話に付き合ってちょうだい」

「は、はあ」

それを皮切りに、夫人は椅子から身を乗り出すようにして喋り始めた。

「 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) のお兄さんを持って幸せよね! 大抵のものは作ってもらえるんでしょう?」

「主人から聞いたけど、技術博覧会って賑やかだったんですってね?」

「あなた、大人しいのね。ごめんなさいね、私ばっかり喋ってしまって」

「うちの主人は魔法技術省技術部部長ですのよ? お兄さんと面識あるかもしれませんわね?」

「何か困ったことがあったら、いつでも頼ってきてちょうだい」

「そうそう、お隣の奥さんったらね……」

「この間の伯爵家パーティではね……」

「いま流行りのスカートって…………」

およそ1時間、エルザは伯爵夫人のおしゃべりに付き合わされたのだった。

「……疲れた」

精神的に打ちのめされたエルザであったが、次の家へ挨拶に向かわざるを得ない。

向かって左隣、フォルカー・ゴルトマン・フォン・オルク子爵家である。

こちらも主人の子爵は出仕していたため、シャロナ・ゴルトマン・フォン・タンネ子爵夫人が応対した。

「まあまあ、可愛らしいお嬢さんですこと。お兄さんが 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) なのね? 陛下の覚えもめでたいそうで、大したものねえ」

こちらも日中は暇なようで、またしても1時間ほどおしゃべりに付き合わされたエルザであった。

「……」

「エルザ様、大丈夫ですか?」

やや顔色の悪いエルザを心配したエドガーが声を掛けるが、エルザは大丈夫、と短く答えた。

「これで最後になる」

向こう3軒のうち、真向かいのヨルゲンス・ヘケラート・フォン・パドック子爵家の両隣は空き家であったので、子爵家に挨拶すれば今日の予定は終わりである。

社交界に出たことのないエルザにとって、婦人たちのおしゃべりは驚異であった。

(……よくあれだけしゃべれるもの……)

おしゃべりも貴族のたしなみなのではないかと思えてくるほど。

(でも、私は……)

仁はどちらかと言うと騒がしいのが嫌いな方だと、エルザは思っている。

(今のままでいい、よね?)

心の中に秘めた疑問には誰も答えてはくれない。

「まあご丁寧に。ジン・ニドー卿の妹さんなのですね?」

ここも、応対してくれたのは子爵夫人。レキシア・ヘケラート・フォン・カメレレ、と名乗った。

「エルザ・ニドー、です」

「エルザさん、ね。お向かいのよしみでよろしくね。そうそう、あなた、おいくつ?」

「は、はい、17に、なります」

「そう。お年頃ねえ。独身、なのでしょう?」

エルザの左手を見ながら、子爵夫人は質問と言うより確認するように言った。

「……はい」

「決まったお相手はいらっしゃるの?」

「い、いえ、特には」

その答えに子爵夫人は我が意を得たりとばかりに食い付いてきた。

「まあ、そうなの? あのね、私の甥で、21になる子がいるの。近衛騎士隊に入隊していて、今はまだ従騎士なんですけれど、将来有望ないい子よ? どう?」

どうと言われてもエルザには答えようがない。

「あ、あの、そういうお話は、私、まだ」

どもりつつ、やんわり断るしかないエルザ。

「そう? ほんとにいい子よ? あ、それとも意中の殿方がいるのかしら?」

「え……」

意中の殿方、という単語に、エルザの頬がほんの少し赤くなった。

「まあまあまあ、そうなのね。それなら仕方ないわ。その方のお名前もお伺いしたいけど、初めてお会いしたばかりでそれは失礼ね」

「……」

こうして、なんとかかんとかエルザはご近所さんへの挨拶回りを終えたのである。

* * *

「むこうへいってみよう!」

ベーレと共にロイザートの街見物に出たハンナは元気に歩き回っていた。

「ハンナ様、疲れませんか?」

「うん、だいじょうぶ、だよ?」

商店街を眺めたあと、公園までやってきたハンナ。

「お花、ないね」

「そうですね、もう秋も深いですからね」

「あ、でもなにかの実がおちてる」

丸くてころころした茶色い実が沢山転がっている一角があった。

ハンナはしゃがみ込んで拾い始めた。

「カスタニイの実ですね」

日本でいう天狗の羽団扇のような大きな葉を付ける木である。秋は黄葉する。

「たべられるの?」

「えーと、すり潰して水でさらしたりしないと食べられませんね」

ベーレも食べたことはないが、話には聞いていた。

「ふうん」

そう言いながらハンナはまだ拾い続けている。

俯いて地面を見つめながら拾い続けていたハンナ、その頭が別の頭とぶつかった。

「きゃっ」

「いたいです」

「だ、大丈夫ですか!?」

まさかぶつかるとは思っていなかったベーレが慌てて駆け寄る。

ぶつかった相手も、ハンナと同じくらいの年頃の女の子だった。いいところのお嬢様らしく、お付きの者が駆け寄っていた。

僅かにウェーブした金髪、青い眼。

「ご、ごめんなさいです」

「あたしこそ、ごめんなさい!」

お互いに頭を押さえて尻餅をついている、周囲には今まで拾い集めたカスタニイの実が散らばっていた。

「お嬢様、大丈夫ですか? そちらのお嬢さんもお怪我はありませんか?」

「ハウロ、うん、だいじょうぶです」

「うん、あたしもだいじょうぶ」

「シーデはシーデっていうです」

「あたし、ハンナ」

「ハンナちゃん、よろしくです」

「うん、シーデちゃん、よろしく!」

何か通じ合うものがあったのか、尻餅をついたまま仲良くなった2人であった。