作品タイトル不明
18-21 庶民への技術革新
「みんな、何やってるんだい?」
その声に入り口を見た仁たちは、そこにサキの姿を認めた。
「サキ!」
「今までどこにいたんだ? 心配したんだぞ!」
トアが駆け寄った。蓬莱島では老君がサキの行方をきちんと把握し、危険がないことを確認してくれていたとは言え、やはり心配するのが親というもの。
「……ごめん、父さん」
乱暴に頭をぐりぐりされたサキはトアに向かって頭を下げた。
「……まあいい。こうして元気な姿を見せたんだからな。だが、途中で連絡くらい入れられるだろう?」
今のアアルにも 魔素通信機(マナカム) は付いている。が、サキが命じない限り、アアルはそれを使うことはない。老君とのやり取りはしているが。
「……うん。……ごめんなさい」
「いつもふらふらしている私が言えた義理ではないがな。『家族』を心配させるのはもうやめなさい」
「うん……はい」
身体が無事であっても、心理的なことはわからない。だからこそ、1人悩まず、相談してくれとトアは言った。そして最後に、
「お前が反対なら、リーナと結婚はしないよ」
とも。
「父さん!」
だが、その言葉に真っ先に反応したのはサキだった。
「駄目だよ! 母さんがいないボクをずっと育ててくれた……まあ正直、3分の1はお祖父様のところで、もう3分の1はお手伝いさんが、なんだけど……、父さんにだって父さんの人生があるんだから!」
「サキ……」
「だからさ、父さんは父さんの幸せを考えて欲しい。家族の幸せは自分の幸せじゃないか。そうでなかったらそんなの家族じゃないよ。そうだろう?」
「……ありがとう」
トアはそっとサキを抱きしめた。サキもそっと抱きつき返した。
「あー……こほん」
事態が丸く収まったことを見て取ったラインハルトがわざとらしく咳払いを一つ。それが合図になったように、サキとトアは若干慌てて離れた。
「父娘の仲が良くて何より。で、サキ、何を持ってきたんだい?」
後ろに控えるアアルが抱えた箱を見てラインハルトが尋ねた。
「そうそう、聞いてくれよ……」
「……というわけでさ」
酔っぱらった話などは割愛して、トスモ湖南岸、トロムの町付近の地質について調べたことをサキは説明した。
「これが鉱石のサンプル」
アアルが運んできた箱を開けると、そこから出て来たのはオパールと……。
「……土?」
一見土にも見える鉱物である。
「まてよ、こいつは……『 分析(アナライズ) 』……やっぱり!」
「くふ、やっぱりジンならこれが何かわかるんだね?」
「ああ。これは……『ボーキサイト』だ」
ボーキサイトはアルミニウムの原料として有名であるが、正式な鉱物名ではない。ギブス石など数種の鉱物の混合物なのである。
が、仁は学者ではなく技術者なので、地球での金属関係者としての通例に従い、ボーキサイトと呼んだ。
主成分は酸化アルミニウムや水酸化アルミニウム。
「なぜかこの世界ではアルミニウムが少ないんだよな」
地球に比べ、アルミニウムが少なく、代わりにチタンが軽銀と呼ばれ、多く採掘されている(過去の地球ではアルミニウムを軽銀と呼んだ)。
「でもそうか、トスモ湖の向こう側は……!!」
仁は、アルミニウムの金属以外の利用法を思い出した。
「アルミナだ!」
「アルミナ?」
仁以外のメンバーが何のことかわからず首を傾げる。
「あ、うん、アルミナはこのボーキサイトを元に作れる材料で、耐熱性が高いんだ」
融点摂氏2072度。化学式Al2O3。仁はこれを炉の材料に使おうと思いついたのである。
産地もトスモ湖対岸なら費用も手間も少なくて済む。
仁はラインハルトに説明し、さっそくボーキサイトの手配を進めてもらった。
トロムの町を含む地域は皇帝家の直轄地。
普通ならそんな土地の開発はなかなか許可が下りないものであるが、 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) 、ジン・ニドーの名前は大きかった。
連絡を受けた女皇帝は、巡幸から帰ったばかりにもかかわらず、優先して書類を処理し、翌日には許可が下りたのである。
そして10月16日、試掘が開始された。
難しいのは漁場を荒らさないように、と言う配慮。
「『 地下探索(グランドサーチ) 』……うん、大丈夫だ。湖側へ掘らなくても陸地側に十分な鉱床がある」
現場を見にやってきた仁が地下の様子を確認し、工事主任に告げた。
『 地下探索(グランドサーチ) 』の魔法は、土属性魔法の初歩であるが、これも『 分析(アナライズ) 』と同じく、対象物をよく知らなければそれと認識できない。
サキが持って来たボーキサイトだけでは、工事担当の土属性魔導士には無理だったのである。
「『 掘削(ディグ) 』」
ついでにパイロットトンネル(調査坑)を掘り、掘り進む方向をわかりやすくしてやると同時に、炉の試作に必要なボーキサイトも確保しておく。
「これでおおよその見当はつくでしょう」
「おお、ありがとうございます、ジン・ニドー卿」
工事主任は礼をいい、現場はにわかに活気づいてきた。
「ボーキサイトを人間の手で扱うときは、粉塵を吸わないよう、必ずマスク……口と鼻に覆いをして下さい。できればゴーレムにやらせるように」
ボーキサイトの粉を吸い込むと塵肺になるということを思い出した仁は、取り扱いに対して厳重に注意をする。
その日1日は仁も現場にいて、問題が起きないか見ていたが、特に気になることもなかったので後は現場主任に任せてカルツ村に帰った。
そしていよいよ乾燥剤プラントの試作が行われることになった。
ボーキサイトからアルミナだけを分離し、『 融合(フュージョン) 』で固め、炉の形にする。
今回は試作なので、それほど大きな物は作らない。1回で40キロくらいの生石灰を作れる大きさとした。
「底に『 加熱(ヒート) 』の魔道具を仕込む」
「うん、これで炉内を加熱するんだな」
ラインハルトも既に構造を頭に入れているのですぐに理解した。
「そう。アルミナは熱伝導性がいいから、すぐ内部に熱が伝わり、温度が上がって1100度くらいにはなる」
今回の温度モニタは、汎用性を考えた末、金属銅を使うことにした。
銅の融点は摂氏1083度。炉の一部にポケットを設け、銅の欠片を入れておき、それが溶ければ摂氏1083度。
炉内部はそれより少し高温になっているだろうから、ちょうどいい具合だろうという考えである。
「よし、試運転だ」
ボーキサイトを入手するまでの2日間で、石灰石も十分な量を準備できていた。
30キロほどの石灰石を炉に入れて蓋をし、
「『 加熱(ヒート) 』」
と加熱してやる。温度モニタの銅が溶けるまで加熱を続け、溶けてから1分後に加熱を止める。そして炉が冷えるに任せる。
「……あー、これ面倒だな」
保温性も高いアルミナ炉は冷えるのも遅かった。
結局その日のうちには炉の蓋を開けることができなかったのである。
「……つくづく、魔法は便利だと思い知らされるねえ」
まだ熱気を放つ炉を横目で見ながら、トアがしみじみと呟いた。
「父さんの言うとおりだね。この方法でやるなら、出来上がった生石灰を炉の外に出して冷やせるような構造にする必要があるね」
サキも自分の考えを述べる。
「そうだな。そうすれば、炉が冷えないうちに新しい材料を入れて再加熱することで作業効率が上がるというものだ」
ラインハルトはプラントとしての運用法をまとめた。
「そうだな。そうすると構造は……」
考え込む仁。
「長い筒状にして、片側から材料を入れて加熱。反対側から生石灰を取り出す。次々に材料を入れて行く……と言うのは駄目?」
エルザもエルザなりに考えた構造を述べた。
「うーん、そうすると両端が開放されるわけだから、熱が逃げると思う」
「あ、そうか……」
その案の欠点をトアが指摘し、
「それなら、炉を半回転できるようにして、出来上がった中身を簡単に外に出せるようにしたらどうだろうね?」
サキもまた意見を述べ。
「それやるとモニタ用の銅も流れ出すか落っこちるかするな……」
「じゃあ、炉を二重構造にしてみたら……」
次々に意見が出され、炉の基本設計が固まっていく。
「できるだけ魔法に頼らない生産技術というのも世の中に無くてはならないからねえ」
トアが提唱する庶民への技術革新は始まったばかり。
回転式炉とすることで、作業性をアップしたものが完成したのは2日後の10月19日のことだった。
そしてその日のうちに200キロの生石灰ができあがった。
これを5キロずつ、二重にした麻袋に入れて乾燥剤のできあがり。袋表面には『水濡れ厳禁 発熱発火注意』と表示されている。
「試作品の完成だな」
普段は密閉した倉庫に入れて管理することになるだろう。
「一袋あたり500トール。おおよそ1キロ100トールといったところだな」
トアが値段設定してくれた。あとはこれが売れるかどうかである。