軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

18-20 オパールと謎の鉱物

「うーん……頭痛い……」

サキは目を覚ますと、割れそうな頭に顔を 顰(しか) めた。

「サキ様、お目覚めですか」

「……ああ、アアル、水をくれないか……」

頭を抱えながら起き上がったサキの前に水の入ったコップが差し出された。

「ああ、ありがとう……」

その水を一気に飲み干すと、いくらか気分が良くなったサキ。アアルの差し出すメガネを掛けると、水の入ったコップをくれた手がアアルの物でないことに気が付いた。

「……あ、あの?」

「ふふ、驚いた? ここはあたしの家よ。酔いつぶれたあなたを連れてきたのは私の亭主」

そう言ってにっこり笑ったのは30歳前後の女性。くすんだ金髪を無造作に頭の後ろで束ねており、快活そうな印象。目は明るい水色だった。

「え……と……」

サキは割れそうな頭で昨夜の事を思い出そうとしてみた。

「あなた、ビールをジョッキ2杯飲んで酔いつぶれたのよ。ここのビールは普通のものよりずっと強いから無理ないけど」

漁師が好むため、強いビールが揃えてあるのだそうだ。

普通のビールは度数5パーセント前後だが、ここのビールは15度以上あるのだという。それをジョッキ2杯飲んだため、元々アルコールに強くないサキは泥酔してしまったのだった。

「女の子が1人でこんなところに来て酔っぱらうなんて、何か事情がありそうだけど……」

二日酔いで青い顔をしているサキを見たその女性は、これを飲みなさい、と言って小さなカップを差し出した。

頭がまともに働いていないサキは素直にそれを受け取り、これも一気に飲み干し……今度は苦さに顔を歪めた。

「ふふふ、苦いけど効くわよ」

二日酔いの頭痛は、アルコールが分解してできたアセトアルデヒド、酢酸などという物質により血管が拡張し、炎症を起こすからと言われており、対策としてカフェインなどで血管を収縮させるといい。

お茶やコーヒーを飲むといいと言われるのはカフェインを含んでいるためである。

「うんと濃く淹れた お茶(テエエ) なのよ」

「……ありがとうございます」

まだ頭痛は治まらなかったが、サキとしてもこのままでは礼を失していると気が付くくらいには頭が回り始めていた。

「ボクはサキと言います。お世話を掛けましたようで、済みませんでした」

「あらあら、ご丁寧に。あたしはロジーよ」

名乗り合った後、ロジーはサキにお腹の具合を尋ねた。さっきの苦いお茶の効き目か、少し空いてきたとサキが言うと、ロジーはちょっと待っててね、と笑って部屋を出ていったのである。

「……アアル、ボクは昨夜どうしたんだい?」

独り残されたサキはアアルに尋ねる。

「はい、サキ様は……」

アアルは正直に、泥酔したサキが不審な男に連れ去られかけたこと、アアルが撃退したこと、そこへロジーの夫であるアウグスがやって来てサキをここまで連れてきたこと、などをかいつまんで説明した。

「そう、か……。アアル、助けてくれてありがとう」

「いえ、それが私の役目ですから」

そこへ、ドアが開いてロジーが麦粥を持って戻って来た。

「はい、これ。軽く食べておきなさい」

麦粥は優しい味がした。口に運びながらサキはほっこりとした気持ちになるのを感じていた。

* * *

ここ『海老捕りらんぷ亭』は宿屋も兼ねているというので、サキは正式に泊めてもらうことにした。

侍女 自動人形(オートマタ) を連れたサキである。何か訳ありなのだろうと思うのは当然。であるから、ロジーもその夫アウグスも気にはしていたものの、深い詮索はせずにいた。

「……ここに来て3泊目か……」

見慣れたトスモ湖北岸とは違う風景に、サキは連泊してしまっていた。

湖岸は砂利が混じった砂で、所々に大きな岩が突き出し、良い漁場になっているようである。

「ここの砂利は面白いね……」

少しずつ、錬金術師としての興味が湧いてくる。アアルに頼んで1メートルほど掘ってもらうと、虹色を呈する鉱物が出て来たのには驚いた。

「これって……オパールかな?」

オパールは蛋白石とも言い、二酸化ケイ素SiO2に結晶水nH2Oが加わった鉱物である。

「えーと、オパールが採れるってことは、こっち側は火成岩もしくは熱変成岩ということだよね」

実家のあるトスモ湖北岸は化石が採れたりするので堆積岩であると認識していたサキ。

「つまり、向こうとこっちでは地質が違うのか!」

思いがけず面白い事実に気が付いたサキは、それから2日間掛けて、トロムの町を拠点にトスモ湖沿岸の地質を調べて回った。

「ふうん、これは何だろう?」

その成果として、今まで見たことのない、変わった鉱物を見つけたのである。

土のようでもあり岩のようでもあり、中に豆のような小さな粒を含んでいる。

「蓬莱島……ジンに調べてもらえばきっとすぐにわかるんだろうね」

見つけた鉱物を掌で転がしながらサキは呟いた。

「……どうするかなあ」

* * *

結局、サキは結論を出さないまま、また1泊してしまった。これで7連泊したことになる。

さすがにロジーとアウグスはサキのことが心配になってきていた。2人にはサキの様子が危なっかしく見えていたのである。

2人には子供が無く、そのせいか、サキのことが放っておけなかったのだ。

「ねえサキちゃん、何があったかわからないけど、そろそろおうちへ帰った方がいいんじゃないかしら?」

「そうだぜ。親御さんも心配しているぞ」

その時サキは、初めて自分の心情を吐露した。

「……母はもういないし、父も新しい相手と仲良くやってるはずだから、これでいいんだよ」

と言って寂しく笑った。

それを聞いたアウグスはようやく納得がいった、という顔をした。

「そうか、嬢ちゃんは拗ねて家出していたのか」

「拗ねて……? いや、ボクは」

そんなサキの頭を、アウグスはぺしっ、と叩く。

「馬鹿だな。そんで、誰か捜しに来てくれないかと、こんなところにずっと居続けたのかい。そりゃあ我が儘ってもんだぜ」

それは少し違うのだが、2人はそう思ったようだ。

「そうと聞いたからには、もう泊めて置くわけにはいかないわね。今日はもう遅いから泊めてあげるけど、明日はおうちに帰りなさいよ」

「え、あの……」

「そうだそうだ。明日になったらもう金をもらっても泊めてやらんからな?」

「……」

サキの意向を無視してとんとん拍子に話が進んでいく。

この『海老捕りらんぷ亭』以外にも宿はあるのだが、その強引とも言える2人の物言いに、サキは苦笑する。その目に涙が滲んだ。

サキも、黙って家を飛び出してきたものの帰るに帰れなくなり、心の中では帰るための切っ掛けを探していたのだった。

「……うん、あり、がとう。ロジーさん、アウグスさん」

「よしよし、わかればいいんだ。そんじゃあ、今夜は腕を振るってやるからな」

素直に頷いたサキにアウグスもほっとして、笑いながらその腕を叩いたのである。

食堂『海老捕りらんぷ亭』は夜8時で営業を終える。

サキの送別会とも言える夕食はそれから始まった。

「サキちゃんの前途を祝して」

コップとジョッキが掲げられる。ジョッキはアウグス、コップはロジーとサキだ。

あれからサキは、1滴もアルコールを口にしていなかった。

「ありがとうございます。ロジーさん、アウグスさん。本当にお世話になりました」

一旦帰ると決めたサキは、気持ちがすっきりし、今は心の底からのお礼が言えた。

「今となっては、何で意地を張っていたのかと思います。おかげで目が覚めました」

気が付いてみれば簡単なこと。トアに心配させてやりたいという子供じみた感情だったことがわかったサキである。

想いを寄せていたラインハルトはベルチェを伴侶に選び、父トアも新しい相手を見つけた。

そんな寂しさを誰かにわかってもらおうと、当てつけのように家出同然に出て来てしまった自分が情けなくもある。

サキは、そんな自分をどうかしていた、と反省できるまでに立ち直っていた。

「見つけたオパールや謎の鉱物、ジンたちに見せたら何て言うだろう?」

今は、そんな想像をして、再会を楽しみにするサキなのであった。

* * *

「お世話になりました……」

「元気でね」

「また来いよ」

そんな短いやり取りの中に万感の想いを込めて、サキは渡し船に乗った。

朝のトスモ湖を渡る風はひんやりとしている。少しずつ遠くなる岸辺、そこに立って見送ってくれるロジーとアウグス。

2人が見えなくなるまでサキは手を振り続けていた。

対岸のサギナに着いたサキは、昼食を港近くの食堂で済ませたあと、湖岸の道を徒歩で実家へと向かった。トスモ湖北岸の地質をもう一度確認したかったのである。

サキにしては長いこと音沙汰がなかった言い訳として、新発見を持ち帰りたかった、というのがその理由。

北岸はやはり堆積岩であることを確認したサキは実家へと戻る。

だがそこは、予想に反して無人だった。

「……ラインハルトの所に行ってるのかな?」

蓬莱島へ問い合わせればすぐわかるはずだが、なんとなくそういう気になれなかったサキは、実家に設置された 転移門(ワープゲート) を使い、『しんかい』そして蓬莱島経由で、ラインハルトの『 蔦の館(ランケンハオス) 』へと転移したのである。

「旦那様方は工房にいらっしゃいます」

顔見知りの侍女が教えてくれた。同時に、仁やエルザ、父トアもそこにいることを。

サキは少し 躊躇(ためら) いつつも、工房をのぞき込んだ。その第一声はいかにも彼女らしいもの。

「みんな、何やってるんだい?」