作品タイトル不明
18-22 閑話33 秋の収穫
パズデクスト大地峡の北、ゴンドア大陸には、例年よりも強い寒気が発生していた。
そこに住む魔族と呼ばれる種族の土地では、1ヵ月と少し前に訪れた仁が、秋に栽培する蕎麦が冷害にやられないよう対策をしていったため、無事に収穫することができていた。
寒気は風を生む。
冷たい空気はより暖かい場所へと向かって移動するからである。
その風は、魔族の住むゴンドア大陸と人類の住むローレン大陸との間にある海峡を通るときに水蒸気を含む。
湿った空気はその先にある山脈にぶつかって上昇し、雲を発生させる。
そしてその雲は下界に雨や雪を降らせるのだ。
更に、大陸の冷たい乾いた空気と海側の暖かく湿った空気により停滞前線ができる。
停滞前線の上に低気圧が発生すると、雨雲は季節風に流されていくことになる。
風が弱いときは山地にだけ降るが、風が強くなると雨雲は内陸部まで流れていく。
この雨は、ローレン大陸が本格的な秋となり、ローレン大陸とゴンドア大陸の気温差が小さくなって北風が弱くなるまで続くことになる。
また、パズデクスト大地峡の東側には暖流が南から北へと流れており、大地峡の西側の海より海水温が高い。
つまり、大地峡を境に、東側はより湿った空気が南下し、従って降水量も多くなる傾向にある。
クライン王国はフランツ王国よりも年間降水量が多いということだ。
このため、クライン王国は農業国として成り立っていると言えた。
「今年の秋は雨が多いな」
カイナ村村長、ギーベックは空を見上げながら眉をひそめていた。
先日、一時的に雨が止んだ日に、村総出で一気に麦の刈り取りを済ませてしまったのである。10月10日のことであった。
「ベック、麦を湿ったままにしておいてはカビが生えたり芽が出たりしてまずい。何か考えているのか?」
カイナ村の治癒師、サリィ・ミレスハンが心配そうに言った。ベックというのはギーベックの愛称だろう。
「うむ。ジンは出掛けているが、留守居役のバトラーAに相談し、シェルターに保管させてもらうことにしたよ」
「なるほど、あそこは乾燥しているからな」
二堂城脇にある地下シェルターは、仁が作り、バトラーに管理させている。内部には空調を付け、地下ではあるが乾燥しているので穀物の保管にも使えるのだ。
更に老君はカビ発生を抑えるため、麦が運び込まれるや否や、空調を調整してより乾燥の度合いを強めたためカイナ村の収穫は『やや良』といったところであった。
『やや』が付いているのは、天候の関係で本来の収穫時期より少し早く刈り入れをしたためである。
* * *
「……まいったな」
トカ村村長ブラークは大きく溜め息をついた。
ここトカ村では、雨に濡れた小麦が『穂発芽』を起こしてしまっていた。
多量な降雨により小麦が水を含むと、畑に生えている状態のまま発芽する。これを『穂発芽』という。穂発芽した小麦は質が落ち、パンにしても膨らまないようになってしまうという。
収穫後、雨が掛からないよう覆いを掛けていたのだが、脱穀してみると3割の小麦が発芽してしまっていたのである。
「それでも7割が助かったんですから良しとしなければ」
トカ村の若き女領主、リシア・ファールハイトは村長を慰めるように言った。
「この秋の税は少し軽くしましょう」
「……ありがとうございます」
だが、トカ村のように、収穫量が落ちたからと言って、税を軽くしよう、という領主は多くはない。いや、ほとんどいないと言っていいだろう。
そして、この長雨は、クライン王国全土に影響を与えはじめていた。
* * *
「秋の税収が半減だと?」
クライン王国首都、アルバンに舞い込む報告は芳しくないものばかりだった。
幸いにして、『悪魔の麦』とこの世界で呼ばれる麦角菌に冒されたものは出なかったが、『赤カビ』が発生したものが出てしまったという。
『赤カビ』が発生した麦を口にすると、嘔吐、腹痛、下痢などの中毒症状が現れる。
蔓延を防ぐために焼却する必要があり、手痛い減収となってしまった。
「特に南部の畑で赤カビが多く出ておりまして……」
「うむむ……」
デライト・ドムス・ハンクス産業相の報告を聞いた宰相、パウエル・ダーナー・ハドソンは苦虫を噛み潰したような顔で俯いた。
赤カビ病は温暖な地域に多いため、南部の畑で特に猛威を振るったようだ。
「伏せっておられる王には聞かせたくない話であるな……」
夏前から体調を崩したクライン国王、アロイス3世は、周囲の看護も虚しく寝たきりとなっていた。
春に起きた隣国フランツ王国との紛争で国の財政は疲弊しており、麦の備蓄もそう多くはない。このままではこの冬に向けて小麦・大麦の相場が暴騰するのは目に見えていた。
「庶民の暮らしがまた苦しくなるな……」
パウエル宰相は無能ではない。国の事を第一に考えられる能臣である。
クライン王国の基幹産業、つまり農業を支えるのは農民であり、その税によって国が成り立っているということを良く理解していた。
「……なんとかせねばならんな」
だが、気ばかり焦っても良い知恵は浮かばず、出るのはこの日何度目かの溜め息ばかりであった。
* * *
「……キノコですか」
蓬莱島ではもう雨は止んでいた。
が、雨の多かったこの秋、島の北側に広がる針葉・広葉樹林帯にはキノコが多く顔を出していた。
蓬莱島の家事全般、特に炊事を担当するゴーレムメイドのペリドたちは、食材としてのキノコを見出そうとしていた。
具体的にはシイタケ・ナメコ・マイタケ・シメジ・マツタケなどである。
仁の記憶にあるそれらのキノコを見つけ出し、可能ならば栽培する。それを目標に、ペリド81から90は日夜探し回っていた。
「これはシイタケですね」
「マツタケを見つけました」
「ナメコです」
「マッシュルームでしょうか」
その甲斐あって、シイタケ・ナメコ・マツタケ・マッシュルームに良く似たキノコを見つけることができたのである。
老君と相談したペリドリーダーは、人間に食べさせるわけにはいかないので、それぞれのキノコを煮出した煮汁を小魚や小動物に与え、異常がない事を確認した。
更に老君は、各地に散っている 第5列(クインタ) による情報から、それぞれのキノコが食用として食べられているという裏付けまで取った。
更に分析をして毒がないことを最終確認し、ようやく仁の食卓に供する許可を出したのである。
これらの中でもシイタケは、素材を掘り出した後の坑道を一部利用して栽培することを始めた。半年もすれば軌道に乗るであろう。
「これは美味しいですね!」
食用と判明した後、ペリドリーダーはミーネとも相談し、キノコ料理を開発していく。
ナメコは味噌汁に、シイタケは焼いても良し、汁物の出汁を取っても良し。
マッシュルームはシチューに入れたり刻んでステーキに散らしたり。
マツタケは、ほんの僅か確保できているたまり醤油を使い吸い物に仕立ててみた。米と醤油が本格的に量産されたらマツタケご飯にも挑戦する予定である。
「ジン様、早く帰ってくるといいですね」
仁の喜ぶ顔が見たいと、懸命に料理に励むミーネであった。
* * *
セルロア王国東部のリーバス地方は土地が痩せているため農業に向かず、遊牧で生計を立てている。
そんな彼等が穀物を買う相手は当然クライン王国である。
この秋の異常な長雨によるクライン王国の収穫減少は、彼等にも当然影響を与えることになる。
セルロア王国首脳部は援助の食料を東部へ送る決断をするかどうか。
それは今の時点では定かではない。何せ、セルロア王国は土地が痩せているため農業があまり発展しておらず、自給率が100パーセントを切っている国なのだ。
それを補うように工業、特に魔導技術が発展しており、工業製品を輸出し、食料、特に穀類を輸入している。
輸入のあてが外れたとき、セルロア王国はどう出るのか、それもまだわからない。
秋の雨は小群国にどんな波紋を投げかけるのか。
少しずつ忍び寄る不穏な空気。
ショウロ皇国にいる仁はまだそれに気が付かずにいた。