作品タイトル不明
18-16 来訪!
10月13日の朝。
マギルーツ村に急報が届いた。
『ゲルハルト・ヒルデ・フォン・ルビース・ショウロ皇帝陛下行幸』
「はああ?」
村長は目を回し、徴税官フリクスは青ざめた。
元をただせば、一昨日彼が放った伝書鳩の所為なのである。
『 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) 、ジン・ニドー卿来訪』という手紙を付けて送り出したのだが、それがこんな事態を招こうとは思っても見なかった。
女皇帝がこれほどまでに 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) を重要視しているとは知らなかったのである。
「……まさか、ばれないだろうな……」
実のところ、徴税官フリクス・ベッカーは、村長と謀って、税収の一部を着服していたのである。とはいえ、その額はわずかで、徴税官なら誰でもやっている程度の額。
しかし不正は不正であるから、知られれば罰則は免れないだろう。
国が認定した 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) の情報をいち早く知らせて点数を稼ぐつもりがこんなことになろうとは、と頭を抱えるフリクス。
しかしそれは『疑心暗鬼を生ず』というもので、女皇帝はただただ仁に会うためにやってくるのだが。
フリクスとは別に、仁は少々呆れていた。
「……陛下ってフットワーク軽すぎ」
一国の皇帝陛下が軽々にこんな僻地に出掛けていいものだろうか……という意味で呟いたその言葉を、エルザが聞きつけ、フォローした。
「陛下は昔からそう。地方巡幸(1箇所でなく複数箇所を 経(へ) 巡られること)がお好き」
エルザが仁に説明する。
「今の陛下の代になってから、毎年必ず1回、多いときは6回くらい、地方への行幸があった」
「ふうん」
日本の天皇陛下も地方への行幸や巡幸を行われている。仁はそんなことを思い出した。
「とはいえ、ここに来るのは……」
「ん、ジン兄がいるから」
「だよな……」
嫌いではないし、人格的にも尊敬できるのだが、いかんせん、立場が違いすぎて堅苦しいのだけがどうにも面倒臭いと思う仁であった。
* * *
その日の昼過ぎ、『お召し馬車』がマギルーツ村に到着した。それと共に近衛騎士小隊25名が。
1時間前に先触れの馬が知らせに来ていたので、手の空いた村人全員———事実上村民が総出で女皇帝を出迎えたのである。
「ショウロ皇国皇帝陛下のおなーりー!」
その声が響くと同時に、お召し馬車の扉が開かれ、女皇帝が降りてきた。
「出迎え、大儀である。皆の者、頭を上げなさい」
仁が深く下げていた頭を上げると、にこやかに微笑んだ女皇帝が見えた。
「 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) 、ジン・ニドー卿」
仁の目の前に女皇帝が歩み寄ってきた。
「一別以来ですね。元気そうで何より」
「ご無沙汰しております、陛下」
仁も精一杯取り繕った敬語で応対する。だが、その態度が気に入らなかった女皇帝は。
「ああ、嫌ねえ。……皆の者、ここは 宮城(きゅうじょう) ではない。いつも通り、とはいかないでしょうけれど、努めて普通に振る舞うように」
という、型破りな指示を出したのである。
「陛下……」
疲れたような声を出したのは大きな鷲鼻が目立つ、デガウズ・フルト・フォン・マニシュラス魔法技術相。護衛を兼ねて付いてきたようだ。
「デガウズ、形式を軽んじるつもりはないけれど、必要以上に形式を重んじることは効率の低下を招きますよ?」
「はあ、仰ることはわかりますが」
格式張った式典や手続きの事を言っているのはわかる。が、それらは為政者としての威厳や重みを演出するためのもので、一概に無意味とは言いきれないものがあるのだが、とデガウズ魔法技術相は内心で溜め息をつく。
仁としてはあまり気を使わなくていいというのは大歓迎なので、女皇帝の言葉に喜んでいたりする。
「……と、いうことで、ジン君、久しぶりね」
一段落した後、村外れに立てた天幕の中で仁は女皇帝と歓談していた。
女皇帝、その秘書官、デガウズ魔法技術相、護衛の女騎士。それに仁とエルザ、礼子とエドガーがいる。
「エルザも元気そうで良かった」
「ありがとうございます」
「実家の取り潰しや父親の病気などでエルザが気落ちしているのではないかと思ったけれど、そんなことはなかったようね。ジン君がそばにいるからかしら」
「はい」
いくらか軽口の混じった発言に即答したエルザを見て、女皇帝はちょっとびっくりしたようだったが、すぐに笑みを浮かべた。
「ふふ、そうなのね」
代わる代わる仁とエルザの顔を見比べ、1人何やら納得したような顔をする女皇帝。
「まずは、いただいた『 指導者(フューラー) 』のお礼を言わせてちょうだい。要職にある者たちは皆、授業を毎日聞いているのよ」
『 指導者(フューラー) 』は、仁がショウロ皇国に贈った教師役 自動人形(オートマタ) である。小学校レベルではあるが、科学的知識(主に理科と算数)を広めることが目的だった。
そのタイミングを見計らっていたのか、デガウズ魔法技術相が口を開いた。
「それで一つ疑問があるのだが。聞いてもいいかな?」
「どうぞ」
「感謝する。……それでだな、水にはいろいろな物が溶けるな? 塩、砂糖など。でも砂は溶けない。 溶けない物と溶ける物は何が違うのだろう?」
そんな仁の物思いを吹き飛ばすような鋭い質問が飛びだしてきた。
原子・分子の知識無しにどうやって説明しようかと仁は考えた。
「うーんと、なかなか難しい問題です。固体、液体、気体は知っていますよね?」
「うむ」
「その固体ですが、実は小さな粒が集まってできているんです」
「ほう」
そのあたりは小学校レベルの理科では突き詰めないので、『 指導者(フューラー) 』のカリキュラムに入っていなかった。
「例えで言いますと、砂や粘土に水を含ませると固めることができますよね?」
この場合、砂粒がそれぞれの物質の最小単位とします、と説明する仁。
女皇帝も魔法技術相も黙って聞いている。
そんな彼等に向かい、仁は何に例えたら理解しやすいだろうかと考えながら説明していった。
「で、溶けやすい固体と溶けにくい固体、これの違いは、その小さな粒がくっつきやすいかどうか、の違いと言えます」
砂と粘土では固めたときの崩れやすさが違う、という仁の例えに、全員が頷いた。
「そのくっつきやすさについては俺にも全部を説明しきることはできません。それこそ、専門的な、突き抜けた知識が必要になります」
仁もわからないことはある、とはっきり言っておく。分子間力とか、名前は知っていても説明できる自信は全く無い。
「そういう疑問を解明することが科学であり、疑問を持ち続けることが大事なんです。そうやって科学は発達していくんです」
と締めくくった。
「わかった。ありがとう」
学習意欲が高いことはいいことだ。先が楽しみでもある。
「ありがとう、ジン君。でも、ジン君にもわからないことがあるのね」
「そりゃあありますよ。この世界を見渡したら、わからないことの方が多いですよね」
仁の言葉に女皇帝は微笑んだ。
「ふふ、謙虚なのね」
話が一つ区切りがついたところを見計らい、秘書官が全員の前に飲み物を置いた。『緑茶』である。女皇帝は仁の好みを覚えていたようだ。
そしてお茶を飲み一息つくと、話題は事務的な話へと切り替わる。
「さっき村長から少しだけ聞いたんだけど、この村で銅が採れるんですって?」
「はい。地下12メートルほどの深さに岩盤があるんですが、その更に下、18メートルくらいの深さに」
「それは朗報ね。この村だけでは無理そうだから、しかるべき部署に指示を出して採掘をやらせるわ」
秘書官が早速メモを取っていた。
「それに付きまして、お断りしておかないといけませんね。……少し先行で掘り出し、ポンプ作りに使わせてもらいました」
「ええ、それも聞いたわ。気にすることはないわよ、自分の懐に入れたのならともかく、村のために使ってくれたんですからね。むしろ無償でやってもらったことにお礼を言わなければならないわ」
「恐縮です。正直なところ、お風呂に入りたかったもので」
仁がそう言ったら、女皇帝は吹き出した。
「うふふ、ジン君は面白いわね。お風呂に入りたいからって地下の鉱床を見つけて、それを掘り出して、ポンプまで作ってしまうなんて。そんな人、どこを捜してもいないわよ」
照れる仁。更に仁はこの機会にと、ポンプの設置が進んでいる反面、品質が若干低下していること、そしてその整備要員がいないことを懸念している、と告げる。
「確かにね。今、急ピッチで釣瓶井戸に深井戸用ポンプを設置しているの。手が回りきらないのね……でも、助言ありがとう。何とか考えてみるわ」
女皇帝は仁の進言を前向きに検討する、と請け合ってくれたのである。