軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

14-28 テクレス家

仁たちはすぐに中へ通された。

案内されたのは立派な広間。そこには大勢の侍女・使用人がいて、大きなテーブルの向こう端に真っ白な頭をした壮年の男が立っていた。

「ようこそいらっしゃいました。私がこの家の 主(あるじ) 、エカルト・テクレスでございます」

金持ちにありがちな高慢さはなく、商人らしく腰の低い人物だった。すっかり白くなった頭、茶色の目。体つきはがっしりしている。

「ヴィヴィアン殿とは面識がありますが、他の方々は初めてですな」

「ジンです」

「エルザです」

「サキです」

仁たちも自己紹介していく。ラインハルトとベルチェが名乗り終えると、エカルトは全員に椅子を勧めた。礼子やエドガーたちはその後方に立つことになる。

黒っぽい重厚な木で作られたテーブルに着く一同。即座に侍女が飲み物を運んできた。よく冷えたカヒィである。

「どうですかな? 当家自慢の冷やしカヒィです」

ちょっと自慢げなエカルトだが、冷蔵庫の存在を知っている仁たちはさほど感銘を受けなかった。美味しかったことには違いないのだが。

そんな様子を目ざとく見て取ったエカルトは、ちょっと残念そうな顔をした。

「ふむ、お客人方には冷やした飲み物は珍しくもなかったですか。いや、さすがですな」

素直に負けを認めるエカルト。

「ええ、『冷蔵庫』というものを知ってますから」

そんな仁の言葉にエカルトは食い付いた。

「『冷蔵庫』? それは何ですかな?」

「冷蔵庫、というのはその名の通り、冷やして貯蔵する魔導具です。エゲレア王国のブルーランドが発祥の地ですよ」

「何と! ……ううむ、ファントル町までは行ったのに、ブルーランドまで足を伸ばさなかったのが失敗でしたか!」

いかにも悔しそうなエカルト。だがじきに立ち直る。

「……いやいや、やはりお客人方はいろいろ珍しいことを知っておいでだ。これは嬉しいですな。他には何か珍しい道具や魔導具をご存じですかな?」

このあたりはさすが大商人、と言えばいいのだろうか。

「そうですね、エゲレア王国へは船でおいでですか?」

今度口を開いたのはラインハルトである。

「ええ、もちろん。街道を使うよりずっと楽ですからな」

今のところ、海上交通の規制はないのだという。元々セルロア王国は内陸の国だったためだ。

クゥプのあるコーリン地方は元々コーリン王国、セルロア王国中枢部からは1段も2段も下に見られている。

逆にそれ故、取り締まりに関しては緩い部分もあって、こうした海上貿易が発展途上にあるのだ。

「エリアス王国のポトロックをご存じですか?」

「ポトロックですか? いえ、話には聞いておりますが、まだ行ったことは」

「それはもったいない。マルシアという優秀な 造船工(シップライト) がいるんですよ」

今年の初めころ、ポトロックで行われたゴーレム艇競技で仁と組んだのがマルシアである。

ラインハルトはエルザと共に参加して、仁・マルシア組が優勝、ラインハルト・エルザ組が2位、という成績を収めた。

その時から、仁、マルシア、ラインハルト、エルザは友人になったのである。

そういうわけで、外交官をやっていただけあってラインハルトはさりげなくマルシアの宣伝をしていた。

「ほうほう、なるほど……」

こうやって商売の切っ掛けを掴んだりしているのであろう。エカルトは上機嫌だ。

それからも当たり障りのない範囲でいろいろと話を聞かせた仁たちであった。

「おお、そろそろお昼ですな。食事の仕度をさせましょう」

エカルトが手を叩くと、侍女たちが手際よく食器を並べていった。それが終わると使用人が大きな鍋を持って来た。

「さて、冷やした飲み物は珍しくもなかったかもしれませんが、これはいかがですかな?」

スープ皿に注がれたのは茶色いスープ。具は何も入っていない。

だが仁はその香りに覚えがあった。

「……味噌汁?」

「ほう? ジン殿はご存じなので? これはビンペイと言いまして、とある伝手で入手した食材なんですよ。ジン殿はミソ、と呼ばれましたな。なるほど、その方が呼びやすいですな」

驚いた顔のエカルト。だが仁は返事をするどころではない。

「味見をしても?」

「ええ、どうぞ。皆さんもお試しください」

その言葉が終わるか終わらないうちに、仁はスープ皿を手にし、味噌汁と思われる液体をすすった。はっきり言ってマナー違反であるが、今の仁にそんなことを気にする余裕は無かった。

「……」

「いかがですかな?」

エルザやラインハルトたちも『味噌汁』らしきスープを、スプーンで掬って口に運び味わう。

「……少し塩辛い、かな?」

「いや、これは、なかなか」

「う、うん、まあ、珍しい味……といいますか」

「具を入れるともっと美味しくなりそうですわね」

それぞれ、半ば取り繕ったような感想を述べていく。が。

「……不味い」

仁だけは違った。

「ジ、ジン!?」

珍しくはっきりものを言う仁に驚くラインハルト。

「……出汁が利いてない。塩辛すぎる。煮込みすぎて香りが飛んでいる」

味噌汁に恋い焦がれていただけあって、仁の批評は超辛口であった。

「……もしよろしかったら、俺に作らせてもらえませんか?」

「ほう? どうぞどうぞ。是非!」

仁の言葉に気を悪くすることもなく、いや、むしろどんなものを作ってくれるのかと期待した顔でエカルトは頷いた。使用人に命じ、厨房へと案内させる。

「ジン様、わたくしもお手伝い致しますわ!」

ファミリーの味担当、ベルチェが急いで後を追った。礼子とネオンは言うまでもなく一緒である。

「……これが『味噌』か……」

厨房で料理長に見せられた味噌はかなり発酵が進んでいた。味噌は醤油と違い、加熱処理をしていないから貯蔵法によっては発酵が進んでしまうのである。

「うん、それでもこれならまだ大丈夫だな」

指にとってちょっと舐めてみた仁は、十分使えると判断した。

「まずは出汁だが……」

鰹節や昆布がないので、煮干しということになるが、ここにはその煮干しすらない。

何か代用品はないかと厨房を見渡した仁はあるものに目を留めた。

「干物……か」

魚の保存方法の1つ、干物。取れたての魚を開き、内臓を取り除いて塩水で洗う。それを天日に当てて干す。ごくごく簡単に言うとこれが干物の作り方である。

天日に干すことでタンパク質がアミノ酸に分解され旨味が増す……という理屈はさておき、魚系の出汁を取るため、仁が目を付けたのは干物であった。

「あとは具だな……」

魚系の出汁を取ったなら、具は植物系が好ましい。ワカメのような海草がいいのだが、海藻を食べる習慣はこの地にはなかったようだ。

「となると……」

豆腐はないし、当然油揚げもない。

「ん?」

仁は、茄子に良く似た野菜を見つけた。

「よし、茄子の味噌汁だ」

紫色の皮を手早く剥く仁。

「ジン様、お手伝いいたしますわ」

全員分作ると言うことでベルチェも手伝うことに。仁はその間に出汁を取ることにした。

刻んだ茄子は数分水に漬け、アクを抜く。

その間に、鍋に沸かしたお湯に干物を丸ごと入れ、しばらく沸騰させたら干物を取り出し、ベルチェが刻んだ茄子を入れ、煮る。

多少色が黒っぽくなるのは気にしない。2分ほど煮たら味噌を投入、沸騰する直前に火を止めるのがコツだ。

「味噌を入れて煮立たせると香りが飛んでしまうんだよ」

横で見ていたベルチェと料理長に説明する仁。

「さあ、食べてみてくれ」

ネオンが鍋を運んでいき、新しいスープ皿に侍女が注いで回った。

いただきます、と言ってエルザが真っ先に味を見、

「……美味しい……!」

ラインハルトやサキ、ステアリーナ、ヴィヴィアンも一口飲んで味の違いに驚く。

そして誰より驚いたのはエカルトだったろう。

「なんと、なんと……! これほどの味になるとは!」

「出汁を使うこと、煮立たせないこと。これだけでも違いますよ」

猫舌の仁とベルチェはゆっくりと味噌汁を味わっていた。今度の味は仁もまあまあ満足である。

「これはこの地方の名物料理に出来ますな!」

これもまた商売に結びつけるあたり、 強(したた) かなエカルトであった。