軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

14-29 猫

昼食として、味噌汁以外にはパンとスープ、焼き魚、サラダ、フルーツが出された。

「それほど贅沢はしていないのですよ」

エカルト・テクレスも仁たちと同じ物を食べている。

ゆっくりと昼食を摂った後、今度は冷たいテエエが出された。それを飲みながら、話が再開される。

「さて、皆さんは何か要望があるとか?」

「ええ、そうなんですよ」

エカルトの雰囲気に流され、切り出せなかった話がようやく出来ることになった。

「猫を見せていただきたくて」

「ほう、猫をご存じですか。これは嬉しい」

微笑んだエカルトは侍女の1人に目配せをした。その侍女は急いで部屋を出ていき、すぐに戻ってくる。腕の中に白猫を抱いて。

「これが私の飼い猫のうちの1匹、『アクア』ですよ」

仁が蓬莱島で作ったゴーレムメイドと同じ名だった。その理由は猫を見てすぐにわかる。

「綺麗な目をしているでしょう?」

瞳の色が水色をしていたのである。

「エルザの目に良く似てるなあ」

ラインハルトのセリフに、エルザは猫の顔を覗き込む。

「……似てる」

エルザに覗き込まれたアクアは『にゃあ』と一声鳴いた。

「お抱きになりますか?」

エカルトがそう言うと、侍女はエルザに向かってアクアを差し出した。

おずおずと手を差し伸べ、エルザはアクアを受け取った。生き物の重みと温もりが伝わってくる。

「……可愛い」

アクアはおとなしい猫らしく、初めてのエルザに抱かれていても嫌がる素振りを見せなかった。それどころかエルザに頬ずりをしてくるほどの懐きよう。

「はは、懐かれてますね。その猫はうちで一番おとなしくて人懐こい猫なんですよ」

飼い猫を気に入ってもらえたのが嬉しいのか、にこにこ顔でエカルトは言った。

「わたくしにも抱かせてくださいまし」

ベルチェがエルザのそばへ寄った。

「うん」

受け取ったアクアを胸に抱き、ベルチェはご満悦。

「うふふ、可愛いですわ。早くラインハルト様との赤ちゃんも抱いてみたいですわね」

などと呟き、直後に赤面する一幕も。

「どれどれ、……ふうん」

サキもおっかなびっくり抱いてみて、その感触に頬を緩めたり。

ステアリーナ、ヴィヴィアンと順にアクアを抱いて、いよいよ仁の番になった。

ふーっ、と爪を立てられる……こともなく、仁はアクアを抱くことが出来た。そして。

「『 知識転写(トランスインフォ) 』レベル3・マイルド」

エカルトに聞こえないよう小さな声で詠唱し、ポケットに忍ばせた 魔結晶(マギクリスタル) に行動パターンを転写するのであった。

マイルドのオプションを付けたのは驚かせて引っ掻かれることを避けるためだ。

レベル2で十分なところをレベル3にしたのは、人間と違い、転写内容が混在していることを考慮し、幾分多めに、という配慮である。

最後にアクアを抱いたのはラインハルト。

ふしゃーっ! と、毛を逆立てられる……こともなく、アクアはラインハルトの腕の中。

「ふん、温かいな」

アゴの下を撫でてやると喉をごろごろ鳴らすアクア。

全員、まあアクアに嫌われることはなかったようだ。

訪問の目的も終え、思わぬ収穫もあった。

時刻は午後2時。話題も途切れ、そろそろお暇しようかと思った、そんな矢先。

急に屋敷内が慌ただしくなったかと思うと、広間の扉が大きな音を立てて開けられた。

「旦那様! 一大事です!」

「これ! お客様がいらしてるのだぞ!」

血相を変えた職人風の男が駆け込んできて大声を上げ、エカルトはそれを窘めた。

「は、申し訳もございません! ですが、ですが、『船』が!」

「……事故でも起こったというのか?」

狼狽えて言葉がすぐに出て来ない職人を見かねて、エカルトは冗談交じりの推測を述べた。だが、それは不幸にして的中する。

「は、その通りです!」

「……なんだと? もっと詳しく話せ!」

顔色を変えたエカルトは、仁たちが傍にいることを忘れたように職人に問いただした。

「足場が崩れて、10人が下敷きに!」

「何!?」

椅子を蹴るようにして立ち上がったエカルトは、仁たちに向かって一言。

「中座することをお許しください。何か不都合が起きましたようです。本日は有意義なお時間をありがとうございました」

軽く礼をし、急いで部屋を出ようとした、その背中に仁が声を掛けた。

「待って下さい! 我々に何か出来ることは?」

崩れたとか下敷きとか、どう考えても人命に関わる事故が起きているとしか思えない。

そしてそれを無視していられるほど仁は冷たくはなかった。それは仲間たちも同じ。

「……怪我をした人がいるなら、治します」

「そうですよ、ここまでお話は聞こえていました。出来るだけのお手伝いをさせて下さい」

エルザも、サキも、ラインハルトも、ベルチェも。そしてステアリーナとヴィヴィアンも。

「人命に関わることならここで躊躇していてはいけませんわ。苦情でしたらあとで伺います。まずは救助が先決ですわよ!」

そこまで言われて、エカルトは心を決めたようだ。

「わかりました、皆さん、お供と共においでください!」

そして今度こそ、部屋を出るために走り出した。仁たちもあとに続く。

屋敷の裏手の方へと向かって続く長い廊下を駆け抜け、更に渡り廊下を通って、やって来たのは巨大なドック。そこから悲鳴が聞こえている。

庭を横切ってドック内に入ると、そこは阿鼻叫喚の様相を呈していた。

ドックの中央には建造中と思われる巨大な木造船があり、その周囲に木で足場が組まれているのだが、その足場が半分崩壊し、人夫たちがその下敷きになったらしい。

船の建造材も半ば崩れて落下し掛かっており、下手をすると二次災害が起きそうである。

無事だった者たちも軽い怪我をしている者が多い。

何体かある作業用ゴーレムも、この事故で足場の下敷きになったらしく、動作不良を起こしていた。

「これは酷い……」

現場を一目見て、仁はその惨状に顔を顰めた。エルザやサキも息を呑んでいる。ベルチェは唇を噛みしめ、ラインハルトの腕をぎゅっと掴んでいたし、ステアリーナとヴィヴィアンは互いの腕を知らず知らずに強く握りあっていた。

「無事だった者は足場を片付けろ! 下敷きになった者を助けるんだ!」

エカルトはそう叫ぶと、自ら崩れた足場をどけようと手を伸ばした、その時である。

残っていた足場が崩れ、落下してきた。

「危ない!」

黒騎士(シュバルツリッター) が飛び出した。その頑丈な背で落下してくる桁材を受け止める。

「あ、ああ……」

エカルトは青ざめていた。もし 黒騎士(シュバルツリッター) が庇ってくれなければ、直撃を受けていただろうから。

「エカルトさん、全員退避させて下さい。ここは我々が引き受けます」

仁の言葉に、若干躊躇いを見せたエカルトだったが、

「人間がいない方が捗りますから!」

続くその言葉に、ここは仁たちに任せようと頷いた。

「総員、ドック外に退避!」

雇い主の言葉に、人夫を初め、技術者たちも退避した、エカルトを除いて。

「エカルトさん?」

不審げな仁にエカルトはまだ少し青い顔で、だが毅然と言い放つ。

「雇い主として、依頼主として、私は最後まで見届けます」

その心根に仁は一つ頷き、

「みんな! 怪我人を助けるぞ!」

と仲間たちに声を掛けたのであった。