作品タイトル不明
13-13 お茶とおにぎり
「 古代遺物(アーティファクト) だと?」
その単語にはさすがのサリィも驚きを隠せないようだ。
「はい。今は時間が惜しいので、あとで説明しますから」
仁はそう言うとペガサス1を着陸させ、同時に 不可視化(インビジブル) を解除させた。
「おお!?」
いきなり目の前にペガサス1が現れたので驚くサリィ。仁はそんなサリィを急かし、内部の 転移門(ワープゲート) に案内する。
仁が手を引くことでサリィも問題なく転移。大荷物を持った礼子が続く。
そしてペガサス1は再び 不可視化(インビジブル) を展開し、空へと舞い上がった。ゴーレム制御の自動操縦で蓬莱島へ帰島するのだ。
仁とサリィ、礼子は仁の工房地下に転移した。
「こっちです」
仁は地下から飛び出すと、ライナスの家目指して走り出す。サリィもそれに続いた。ポニーテールが揺れている。
50近いというのに、彼女は仁よりも足が速かった。
「ほら、ジン君、もっと急いで!」
などと急かされる始末。やっとの思いでライナスの家へ着いた時、仁は息も絶え絶えであった。
「ここだな! ちょっとどいておくれ!」
サリィは集まっていた男衆をどかし、ライナスの家へ飛び込んだ。荷物を持った礼子も続く。が、礼子は荷物を置くとすぐに出て来て仁を労った。
「お父さま、大丈夫ですか?」
「……ああ、……大丈夫、だ」
ぜいぜいと荒い息をつく仁。身体強化魔法に本腰入れて取り組まないと駄目かな、などという考えがちらと頭を掠めた。
「ジン、あの人は?」
「治癒師なのか?」
ロックはじめ、集まっていた男衆から質問が投げかけられた。
「ええ、腕のいい治癒師ですよ。話をしたらすぐに来てくれました」
これで中にはサリィ、マーサ、ミーネ、エルザ、それに近所の奥さんたちもいるはずである。これだけの顔ぶれが揃っていれば、大抵のことに対応できるだろう。
加えてエドガーとエルザ付きの 隠密機動部隊(SP) 、マロンとプラムもついているはずだ。
「お兄ちゃん……」
いつの間にかハンナがそばに寄ってきていた。心配そうな顔。仁はそんなハンナの頭を撫でる。
「大丈夫だ、あの先生ならきっと助けてくれるさ」
「……うん」
カイナ村にもそろそろ夜の帳が下りようとしていた。仁はハンナの手を取って、
「ここにいても仕方ない。一旦家へ帰ろう」
と声を掛けた。ハンナは少し未練気な顔を見せたが、やがてこくん、と頷く。
「よし。それじゃあ、夕飯を食べたらまた来ような」
仁はハンナと共にマーサ宅へ帰る。そこには留守番のサラがいた。
「おかえりなさいませ」
「サラ、夕食はできるか?」
「はい、もう全部調っています」
台所を示すサラ。パンとスープ、サラダなどがもう既に出来上がっていた。スープを温めるだけだ。
「じゃあさっさと食べて、またセラさんの所へ行くか」
「うん!」
仁の言葉にハンナは勢いよく頷いた。
大急ぎで夕食を済ませる仁。そんな中、二堂城から様子を見に、バロウがやって来た。
「あ、ジン様! お帰りになっていたんですね」
「バロウか。今、ライナスさんの奥さんのセラさんが難産に苦しんでいるんだ」
「そうですってね。何か僕たちにできることはないでしょうか?」
仁はちょっと考え、すぐに思いつく。
「倉庫に米はあったかな?」
「え、米、ですか? はい、先日かなりの量が運び込まれました」
仁がお米好きなのを知っている老君は手回しがいい。
「よし。それじゃあ、帰ったら御飯を炊いて、それでおにぎりを沢山……そうだな、10人分くらい作ってライナスさんの家へ届けてくれ。具が無ければ塩と海苔でいいから。作り方はわかるな?」
ライナスの家にいるサリィたちへの差し入れである。
「はい、お任せください!」
「頼む。それから、バトラーに言って、消毒薬と回復薬も用意を頼む」
「わかりました!」
急いで二堂城へ戻るバロウの背中を見送った仁は、急ぎお湯を沸かすと、お茶を淹れ、魔法瓶に詰めていく。
魔法瓶は仁の家から持って来たものだ。ハンナや子供たちとピクニックに行く時のために用意したもの。途中からハンナも手伝い始めた。
8つあるそれにお茶を詰め終わると、3つを自分、4つを礼子、そして1つをハンナに渡す。
「よし、ハンナ、行こう」
もう外は真っ暗だった。仁とハンナ、それに礼子は足早に歩いてライナスの家へ。ドアの前にはロックとライナスが残っていた。他の男衆は家に帰ったらしい。
「ロックさんは残ったんですか?」
「ああ、何かあったとき、誰かいた方がいいだろうからな」
「ご苦労様です。これどうぞ」
お茶を入れた魔法瓶を2人に差し出す。
「お、すまんな。喉が渇いていたところだ」
仁はその1本以外の魔法瓶を全部ハンナに渡し、ドアを開けてやりながら、
「ハンナ、中にいる人たちに渡してあげてくれ」
と指示を出した。ハンナは頷いて中に。
「ハンナちゃん、ありがとう!」
「喉がからっからだったよ。助かるねえ」
などという声が聞こえてくる。声の様子では小康状態らしい。仁は良かった、と安堵した。
とはいうものの、もうかれこれ5、6時間は経っているはずだ。お産というものを仁は知らないので、これが長いのかそうでないのか見当が付かなかった。
隣にいるライナスは仁以上にそわそわしている。
「ジン、ライナス、そうそわそわするな。男なんてものは、待つしかできねえのさ」
地面に座ったロックがそんなことを言ってくる。
「逆子だって言ってたが、あの先生、優秀そうだし、大丈夫だろ。マーサさんも付いているしな」
それで仁もロックの隣に腰を下ろし、お茶を一口飲んだ。ハンナは出て来ない。中で何か手伝いをしているのだろう。
だがライナスは、空を見上げたり、地面を見たり。
「おい、落ち着けって言ったろ?」
ロックがそう 窘(たしな) めても効果はないようだ。
「だってよ、パティの時はもっと早く生まれたと思うんだよ」
「今回は逆子だって言ってたろ。そのせいだよ」
「逆子って……何でなんだよう……」
不安そうなライナス。
その時。
おぎゃああ、という赤ん坊の産声が聞こえた。
「ライナスのおじちゃん! 赤ちゃん生まれたよ! 男の子だよ!」
ハンナが飛び出してきて報告した。それを聞いたライナスは文字通り飛び上がって喜んだ。
「でかした! セラ!」
続いてマーサが顔を出す。
「ジン、お茶の差し入れありがとうよ。こっちは産湯を沸かすのに手一杯で自分たちのことにまで気が回らなかったから大助かりさ」
「いえ、こんなことくらいしかお役に立てませんから」
「何言ってんだい。あんな腕のいい先生連れてきてくれてさ。あたしもね、何人か取り上げたけど、逆子は初めてでね、どうしたらいいかわからなかったよ。それがあの先生ときたら……」
そこへバロウとベーレがおにぎりを持ってやって来た。
「ジン様、お待たせしました!」
「お、いいタイミングだ。ベーレ、中にいる人たちに持っていってあげてくれ。消毒薬と回復薬はエルザに渡せば使い方は心得ているから」
「はい、わかりました」
「バロウ、こっちにくれ。……ロックさん、ライナスさん、お腹すいたでしょう。どうぞ」
仁がおにぎりを勧めると、最初はその黒い外見に戸惑っていたが、一口食べてみると、海苔の香りと塩のかかった御飯の旨味が気にいったようで、ロックとライナスの2人は5人前用意してきたはずのおにぎりを平らげてしまったのである。
「ふう、美味かった。ジン、これって何だ?」
食べ終わってからそんなことを聞いてくるロックに、仁は苦笑を禁じ得なかった。
「お米、って言って、エルザの故国で穫れる作物ですよ」
「ふうん、美味かったぜ。ありがとよ」
お米の味、ロックとライナスも気に入ったようである。
夜の闇の中に響く産声。それはカイナ村に灯った新しい希望の声でもあった。