軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

13-12 治癒師

息せき切ってライナスの家へ行くと、家の前に大勢集まっていた。

「あ、ジン! 帰って来てくれたのか!」

「おーい、ジンが戻って来たぞ!」

家の前に集まっているのは男衆がほとんど。亭主のライナスまで外にいる。

「マ、マーサさん、ジンが帰って来てくれた!」

ドアが開いてマーサが顔を見せた。

「ジン! ミーネとエルザも! いいところへ! ミーネ、エルザ、手伝っておくれ! ……ジン、あんたは悪いけど外だよ」

エルザとミーネを手招いたマーサは、二人が家に入るとすぐにドアを閉めた。

耳を澄ますと、家の中からは、うああう、というような苦しげな呻き声が聞こえてくる。いったいどうしたのか、そこにいたライナスに聞いてみる仁。

「いやな、今日の昼頃、セラの奴、急にお腹が痛い、と言いだしてな。マーサさんが見てくれたんだが、2時過ぎ頃から酷く苦しみ出しやがって……」

ライナスとセラには、パティという8歳になる娘がいるので初産ではない。

その時ドアが開いて、ミーネが顔を出した。そして仁を見つけると、慌てた声で報告をする。

「ジン様! セラさんですが、逆子です! このままだと母子共に危険です! お産に詳しい産婆さんか、治癒師の方ってどこかにいないでしょうか?」

ミーネはエルザを産んだだけの経験しかなく、エルザは多少の知識はあっても経験がない。マーサも逆子ではどうしようもない、というのである。

「エルザがいますので、今のままなら母子の危険は少ないでしょう。でもずっとこのままというわけにはいきません。どうか、経験のある治癒師を!」

「わ、わかった!」

仁はそれだけ答えると身を翻し、工房へ駆け戻った。礼子ももちろん付いてきている。

「お父さま、どうなさるおつもりですか?」

「……どこかの都市へ行って産婆か治癒師を連れてくるしかないだろう」

そう答えながら地下室へ降りていく仁。

「しかし、悠長に捜している時間もないしな……そうだ!」

テルルスで出会った治癒師、サリィ・ミレスハンのことを思い出す仁。なかなか腕のいい治癒師だったし、お産について詳しくなくとも、誰か紹介してもらえる可能性が高い。

仁は 転移門(ワープゲート) を通って蓬莱島へ行き、テルルスに一番近い 転移門(ワープゲート) はどこか、と老君に尋ねた。

『はい、それでしたら、第8砦跡が一番近いですね』

かつてエルザを拐かした 統一党(ユニファイラー) 第8砦跡を利用した拠点だ。

「わかった。 一昨日(おととい) と同じく、転送機を使ってペガサス1でそこへ行く。帰りは同じくペガサス1の 転移門(ワープゲート) で帰ってくればいいだろう」

マルカスを調べに行った時と同じ手を使う。

今回は第8砦跡がマーカーになったので、誤差も小さく済んだ。

不可視化(インビジブル) を作動させたまま、テルルス近くの川原まで移動。大怪我をしたミーネが打ち揚げられた場所だ。

そこにペガサス1を着陸させ、仁と礼子は外に出た。

念のため、ペガサス1は空中で待機させておく。仁が呼べば降りてくることになる。

テルルスはまだ午後1時を少し過ぎたくらいか。

仁はまっすぐミレスハン治癒院を目指した。

「確かこの辺だったな……」

細い道を辿ると、『ミレスハン治癒院』の文字が書かれた見覚えのある扉。

「ここだ、ここだ」

だが、その扉はボロボロで所々穴が空いている。周りに石も散らばっていた。

ひどく寂れた感じがするが、扉を押すと開いたので仁は中へ足を踏み入れた。

「こんにちは」

返事が無い。患者もいないようで、閑散としていた。

「先生? サリィ・ミレスハン先生?」

大声で呼ぶと、奥の方で物音が聞こえた。そちらへ向かう仁。

明かりのついていない薄暗い奥の部屋、その片隅にサリィその人がいた。

「先生……!」

「ん? ……誰だっけかな? ……」

身綺麗にしていた面影はなく、薄汚れた服、ぼさぼさの頭、こけた頬。

ポニーテールにした暗い金髪、青い眼は変わっていないが、これがあの毅然としていたサリィ・ミレスハンかと、仁は目を疑った。

「……いったい、何が?」

「んあ? あ、ああ、君は確か……ジンとか言ったっけかな」

アルコール臭い息を吐き、サリィが口を開いた。

「見てのとおりさ。患者がいないので酒を飲んでいる。ただそれだけだ」

「何で患者が?」

その問いはタブーだったようだ。サリィの瞳に危険な光が宿った。

「何で、だって? あはははははは! どいつもこいつも、愚か者ばかりだ! 血を精製した薬は不気味なんだと」

「え?」

「どいつもこいつも! 私はあんたたちのために文字通り血を流して研究したって言うのに! そんな薬を作るのは魔族だろう、だとさ!」

ミーネを助けたとき回復薬の製法を、『魔力を持つ魔物の血を沈殿させて得た血清に治癒魔法を込めて作った』と仁はサリィに伝えた。

それをサリィは自分の血で実践したらしい。それを知った住民が、そんな薬を使うサリィを排斥したのだろう。

酔っぱらってはっきりしないサリィの言葉から仁はなんとかそれを読み取った。

「石までぶつけてくるんだ! は、ははははは……おかしいだろう? 笑ってくれよ!」

テーブルの上を手で薙ぎ払う。酒の空き瓶が床に落ちて砕けた。

自虐的になっている。本来なら、サリィはその製法を教えた仁を責めてもいいのに、それをしない。

「先生、俺が余計な事を伝えたばかりに……」

言いかけた仁目掛け、コップが飛んできた。仁に当たる寸前で礼子が受け止める。憤る礼子を仁は無言で制した。

「君のせいじゃないさ! 悪いのは私さ! 無力な私さ!」

「先生……」

「何のために治癒師になった? 人を助けるためだ! 救うためだ! なのにそれを拒絶される辛さがわかるかい?」

その言葉を聞いた仁は、どうするべきかと思った。

物語やドラマでは、ここで頬を叩くなどして、叱咤激励するというのが定番なのだが、などと仁は考えた。

だが、そんなことは自分には出来そうもない。

どうするべきかと仁が悩んでいると、代わって礼子が用件を口にしてしまった。

「先生、難産で苦しんでる人がいるんです。助けてもらえませんか?」

その言葉を聞いたサリィは、笑うのをぴたりと止めた。

「なん……だと……?」

目に灯っていた狂気が消える。

「難産……と言ったな。いつからだ」

「え、と、もう3時間くらい……」

仁が逆算して答えると、サリィの怒号が響いた。

「馬鹿もん! 何でもっと早く来ない! 親子とも危険だぞ!」

「あ、今、経験はないけど一応治癒魔法を使える者がそばに付いています」

仁がそう言うとサリィは少し怒気を収める。

「そうか、なら少しはましかな? ……待ってろ、仕度を……おっと」

立ち上がろうとしたサリィだが、酔った手足が言うことを聞かず、よろけてしまう。それを支えたのは仁だった。

「しっかりして下さい、先生」

「うむ、すまん。……『 解毒(デトックス) 』」

聞き覚えのない魔法をサリィが使う。見る間にしゃんとするサリィ。

「先生、今のは?」

「うむ、『 解毒(デトックス) 』か? 身体から毒素を抜く治癒魔法だ。最近ようやく完成した」

「完成した?」

どうやら、サリィは新しい治癒魔法を1つ、開発したらしい。なかなかできることではない。

「なるほど、『酒毒』とも言いますからね。酒の気を抜いたわけですか」

「そのとおりだ。よくわかったな。……悠長にそんな話をしているときではないぞ。仕度を手伝え!」

「はい」

仁と礼子も手伝って、治癒器具を幾つか、鞄に詰めていく。

仁は内心ほっとしていた。荒れていた原因の大部分は酔いのせいだったようだ。

そうそうドラマみたいな展開が転がっているわけもないな、と変な感想を持った仁。

一方、サリィは着替えなども荷造りして現れた。

「よし、行くか」

大荷物を持ったサリィを見た仁は聞かずにはいられない。

「先生、その格好は?」

「ん? もうここに戻る気は失せた。君に頼まれた患者を診たら、旅にでも出ようと思ってな」

「そうですか……」

それを聞いた仁は、カイナ村に勧誘し、将来的に扶桑島、できれば蓬莱島ファミリーに迎えられたら、などと頭の片隅で考えていた。

「さあ、行こう。案内してくれ」

治癒院を出たサリィは一度だけちらりと振り返ったが、それ以降は振り向くことなく仁に付いて小走りに歩いて行く。

「おいおい、この先は川だぞ? 産婦がこんな方にいるのか?」

怪訝そうなサリィ。仁は真面目な顔を向け、説明する。

「ええ、患者がいるのはクライン王国です。これから 古代遺物(アーティファクト) を使ってお連れしますから」