軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

13-11 相談

翌日、6月27日。

侯爵に合わせたやや遅めの朝食の後、応接間にてお茶を呑みながら、仁たちは歓談していた。

「ジン、エルザ、感謝するよ」

突然サキが言い出したので仁とエルザは首をかしげた。

「ん? 何のことだ?」

「ふふ、『リサ』のことさ。祖父はいたく気に入ったらしくてね。それに、家事の能力が凄い。うちの侍女たち、みんな目を丸くしていたよ。アアル以上だよ、あれは!」

アアル以上と言ってくれてはいるが、同等だろう。素材はどちらも蓬莱島謹製だし、 制御核(コントロールコア) の品質も似たようなもの。

違うとすれば触覚センサーだ。アアルがセンサー配置型なのに対し、リサは魔力性外皮に発生する、変形による魔力ポテンシャルを利用している。処理にかかる負担が違うのである。

いずれ、アアルの触覚もこちらにしようと仁は考えていた。

「待たせたかな」

リサに支えられながら侯爵がやってきた。

車椅子を作ろうかと思った仁であるが、歩くこともリハビリには必要なので思い直す。

「さて、本日は何の話があるのかな?」

安楽椅子に身体を沈め、侯爵は話を聞くべく一同の顔を見渡した。

「教育に関するお話をちょっと伺いたくて」

仁がそれを口にすると、侯爵の目が輝いた。

「ほう、教育。どんな教育をすると言うのだ?」

仁は腹蔵無く説明することにした。

「はい。内容は 魔法工作(マギクラフト) 、錬金術、普通の工学、それに科学などですね。国家という枠に縛られない研究所のようなものを作りたいと思っているのです」

「ふむ、国家に縛られない、というのは例の魔族の件も含んでいるのではないのか? 人類が力を合わせなければ対抗できないということも踏まえているのだろう」

そんなことは一言も仁は言っていないのに、鋭い洞察を見せる侯爵。

「そ、そうです」

思わず仁もどもってしまう。

「ふうむ……」

侯爵は目を閉じた、考え込むときの癖のようだ。そしてやがて侯爵は目を開き、

「理想だな。立派だが、無駄だ」

辛辣な批評を口にした。

「え?」

「ジン・ニドー卿、そなたは若いな。人の醜さを知ってはいても理解してはいない。権力がどれだけ容易く人を腐らせるか。国というものがどれほどの枷となるか、まだ実感がないと見える」

溜め息を1つ吐き、侯爵は言葉を続けた。

「人間というものは、少ない間は群れることを良しとする。そうしなければ生きて行けないからだ。しかし、大勢になっていくと、かならず派閥が生まれ、諍いが生じる。利益をより多く得ようと画策し、他人を蹴落とそうと策謀を巡らす。そして……分裂する」

「……」

仁は、いや、仁以外の者も、何も言うことは出来なかった。

「300年前、魔導大戦の時、ディナール王国が周辺国家をまとめ、人類を糾合することができたと言っても、それは魔族への恐怖からだ。現に、魔族の脅威が無くなったあと、小群国に分裂しているのがその証拠」

残念ながら、侯爵の言っていることは正論である、と認めざるを得ないようだ。

「そなたが思っているような研究所は、国を相手にしては駄目だろう。そう、国よりも自分、国家よりも研究。そんな者を選ぶしかないだろうな。私が言えるのはそんなところだ」

「……」

仁は言葉がなかった。今思い描いている『魔法工学の聖地』構想は無理だと言われたのである。少なくとも、今の仁が考えているような形では。

「人は個性あるが故に、集まれば必ず意見の食い違いが出てくるもの。それを統合するのは厳格な法であり、鉄の規律だ。軍とはそうやって形を保つのだ」

「……わかり、ました」

仁は肩を落とした。勢い込んで突っ走ってきたのだが、半ばで脚をもつれさせ、転んだようなものだ。

先代ができなかったことを自分が実現する、という目的に夢中になるあまり、いろいろと見落としがあったのだろう。

侯爵という人生の先達に意見を聞いて良かったとも言える。

エルザも、ラインハルトも、ベルチェも、そしてミーネも何も言えなかった。侯爵の言っていることがおそらくは正しいと、本能的に察していたのである。

理想は美しいが故に甘い。甘いが故に他の事を忘れてしまう。外交官として小群国を見て回ったラインハルトにもわかっていたはずなのに。その理想が美しいが故に。醜い部分に敢えて目を向けなかったのであった。

「以前、私が 学舎(まなびや) を作りたいと言ったのでそんな話が出たのだろうが……。私が作りたいと思ったのは軍学校だ。上級士官中心に育て上げるものだ。軍人として国に半生を捧げてきた私の、残りの半生を捧げる場所を作りたかったのだ」

軍人としての顔を見せた侯爵、ゲーレン・テオデリック・フォン・アイゼンはその言葉を以て話を締めくくった。

* * *

昼前、仁たちは侯爵邸を辞し、ラインハルトの家へ向かっていた。サキはまだ侯爵邸に残っている。どうも侯爵が手放してくれないようだ。

そして帰りの馬車の中には少し意気消沈した仁が。

ラインハルトはそんな仁を元気づけようとした。

「ジン、元気出せ。そりゃ、扶桑島の準備が無駄になったわけだが……」

「いや、それはいいんだ」

俯いたまま仁が答えた。

「……なんというか、自分の甘さが、なあ……」

「……ジン兄はそのままでいいと、思う」

そのぼやきに反応したのはエルザ。

「そんなジン兄だから私はここに、いる」

「……エルザ」

仁の顔が上がった。

「ううん、私だけじゃない。ライ兄も、母さまも、ベルチェさんも。それにここにはいないけど、サキ姉だって、そんなジン兄が、好き」

「……いつも、エルザは前向きだな」

「俯いているのは似合わない。ジン兄は、何かを作っている時が一番、似合ってる」

「……そうかな」

「ん。それこそが 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) だと思う」

「 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) か……」

仁は馬車の窓から空を仰いだ。一筋の雲が流れていく。

「ちょっと焦っていたのかもな。……焦らず、じっくり行こうか」

そんな時である。

礼子が仁の服の裾を引いた。

「お父さま、老君からの緊急通信です。……ハンナちゃんによりますとカイナ村で一大事発生。至急帰って来て、だそうです」

「何! ハンナに何かあったのか?」

ここ10日ほど帰っていなかったカイナ村で何が起きたのだろうか。

仁は馬車にある 転移門(ワープゲート) で帰ることにする。ラインハルトにその旨を告げると、

「わかった。父たちには適当に説明しておく。僕も後から行くかもしれない」

ラインハルトは仁の行動をフォローすると言ってくれた。

「ジン兄、私は?」

「そうだな、エルザとミーネは付いてきてくれると助かるかな」

「うん、わかった」

「わかりました、ジン様」

一旦馬車を停め、仁はスチュワードに指示を出しておく。すなわち、このままラインハルトの家まで帰り、馬車を管理するように、と。

「ジン様、お気を付けてくださいましね」

「ありがとう、ベルチェ。それじゃ、行ってくる」

仁、礼子、エルザ、ミーネ、エドガーの3人と2体はしんかい経由でカイナ村へと転移していったのである。

大至急ということで、工房地下の転移門に出た一行。

仁は急いで階段を駆け上がる。そこにはハンナが待っていた。

「おにーちゃん!」

ハンナは無事なようだ。ちょっとだけ安心する仁。

「ハンナ、何があった?」

しかし次の瞬間には、村に何が起きたのかが気になる。

「セラさんがくるしんでるの!」

セラ。ライナスの妻で、妊娠9ヵ月とちょっとくらいだったはずだ、と仁は思い出した。

「まさか、お腹の赤ちゃんに何かあったのですか?」

ミーネが言う。

「とにかく、行ってみましょう」

ライナスとセラの家は村長ギーベック宅の裏手になる。

仁たちは走り出した。