軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

13-14 サリィ

ドアが開いて、サリィ・ミレスハンが顔を覗かせた。ロックとライナスの顔を交互に見て、

「セラの亭主のライナスってのはどっちだい?」

怒気を含んだ声で訪ねた。

「ライナスは俺ですが」

そう答えたライナスにサリィはつかつかと近寄って、その頬をぱあん、と勢いよく叩いた。

「痛え! 何すんですか!」

文句を言うライナスだが、サリィに睨み付けられて言葉が出なくなる。

「この馬鹿亭主! あんたがちゃんとしてないから奥さんが苦労するんだよ!」

更に怒鳴られ、ライナスはわけがわからないまま小さくなった。

「いいかい、妊婦はお腹を冷やしちゃいけないんだ。それを何だね! 川に入って魔石砂採りだって? そりゃあ逆子になるよ!」

母体の中での胎児は、初めはみんな頭が上の逆子だという。それが7ヵ月(約30週)を過ぎると、頭の重さで自然に頭が下になるらしい。だが、下腹部が冷えると、胎児はそれを不快に感じて頭を上にするように回転してしまうという。

セラは、その7ヵ月を過ぎても、エルメ川に入って魔石砂を採取していたため、逆子になってしまったようだ。

「す、すんません……」

平身低頭、というのが相応しいくらいに頭を下げるライナスだが、サリィは、

「謝るなら相手が違うよ。奥さんに謝ってあげなさい」

ライナスの頭をペちっと叩いた。

「てっ! ……それじゃ、セラは」

「ああ、無事だよ。赤ん坊も産湯を使ったところだろう。中に入っていいよ。奥さんを労って、赤ん坊を見てやりな」

「は、はい!」

脱兎の如く、ライナスは家に飛び込んだ。

* * *

「ふう、緊張したよ」

村長ギーベック宅でサリィは寛いでいた。今夜、サリィは村長宅に泊まる事になったのである。

二堂城という話もあったが、ライナスの家に近い方がいいと言う理由から、こちらになった。

「いや、サリィさん、助かりました」

村長が頭を下げる。

「いや、助けられたのは私の方かもしれません」

「は?」

「実は……」

サリィは、テルルスでのことをかいつまんで説明した。

「そうでしたか……。まあこの村はジンがいるので大概のことには驚きませんな」

ギーベックは、血を精製して薬を作ると言う話にもまったく動じなかった。サリィはほっとすると同時に少々呆れる。

「あ、の……ジン君というのは、それほどに?」

「ええ、あそこに……といってももう夜でしたね。二堂城を数日どころか一晩で作ってしまったり、いつのまにかここカイナ村を租借地にしていたり」

一晩で作ったというのは少々大袈裟だが、ギーベックの脳内ではそうなっているのである。

「は、はあ……えっ? 租借地?」

「そうなんですよ。何でも、王様直々に許可してくれたとかで」

「えーと……ここは何と言う国なんでしたっけ?」

「クライン王国ですが?」

「はあ? ……ああ、そう言えばそんなことを……」

サリィは、そう言えば 古代遺物(アーティファクト) を使ってクライン王国へ案内する、と言っていたことを思い出した。

「詳しいことを聞きそびれたな……まあいい、明日聞いてみよう」

その夜、サリィは充実感で満たされ、久しぶりによく眠ったのである。

* * *

翌朝、サリィは勧められて温泉へと出向いた。同行するのは村長の姪、バーバラ。

サリィ48歳、バーバラ17歳。親子以上に歳は離れているが、バーバラは母を亡くして長いので、なんとなく母親の匂いのするサリィが好きになっていた。

「ほう、これはいい。この村の人たちは皆、ここに入れるんだね?」

「ええ、ジンさんが作ってくれて、それ以来」

「ジン君か……。何者なんだろう?」

「ニホン、と言う国から来た 魔法工作士(マギクラフトマン) 、ですね。それ以上のことは私には」

「ふむ、そうか。ところで話は変わるが、バーバラ、と言ったね、君、何か悩みでもあるのかな?」

「え? ど、どうしてわかるんですか? ……じゃなくって、どうしてそう思うんですか?」

慌てふためくバーバラを見たサリィは苦笑した。

「……もう自分でばらしたようなものじゃないか。私は治癒師だからな。君が何か心の中に悩みごとを抱えているのは見ればわかるよ。……というのは半分冗談で、ギーベックさんから聞いたんだ」

「叔父からですか……」

「ああ。そわそわしていたかと思うと沈み込んでいる、と言っていたぞ?」

見ていないようで見ているんだな、と、バーバラは叔父に少し感謝すると共に、気を付けよう、とも思った。

「……いえ、なんでもないので」

「ふふ、彼氏の悩みかな?」

「な、何でわかるんですか!?」

「はは、君くらいの年頃の娘さんが悩むというのは十中八九、恋の悩みと決まっている」

「……」

お湯の中で真っ赤になるバーバラ。

「まあ、昨日今日会ったばかりの私には話しづらいだろうから無理には聞かん。だが、心配してくれている者がいる、ということだけは頭に入れておくことだ」

「……はい」

ちょっと雰囲気が暗くなりかけたところに、明るい声がやって来る。

「あ、バーバラおねーちゃん。と、せんせー!」

「え? このおばちゃんがせんせーなの? ……せんせー、きのうはありがとうございました!」

ハンナとパティだった。

「ん、昨日?」

「先生、パティはライナスとセラの娘さんなんですよ。昨日は他の家に預けられていたんです。多分今朝、話を聞いたんでしょう」

そう、昨日は、パティはロックの家に預けられていたのである。今朝になって、何があったか説明されたのだ。

パティ自身はサリィの顔を知らなかったが、顔を知っていたハンナに教えられ、母親が危ないところを救ってくれたサリィにお礼を言ったのだ。

「そうか、君はセラさんの娘か。……どういたしまして。それが私の仕事だからな」

そう言うサリィの顔には陰がなかった。テルルスでの一件は、もう気にしていないらしい。

きゃっきゃとはしゃぐハンナとパティを見るサリィの顔には、慈母の笑みが浮かんでいた。

「助けられたのは私も、だしな……」

その呟きは誰の耳にも届くことはなかった。

* * *

「ふうん、バーバラがそんなことを」

仁は二堂城の居室で、カイナ村についての報告を老君とバトラーから久しぶりに受けていた。

『実は、エリックさんのいるラグラン商会はカイナ村に支店を出す予定があるんですよ』

「ああ、なるほど。それならエリックを支店長にしてしまえば一番いいな」

『そういうことです。商会長を 第5列(クインタ) により上手く焚きつけまして』

「はは、バーバラのためにもなるし、エリックなら村に来てもらってもいいな」

仁は、エリックが店を出すなら建物はこっちで用意しよう、と言い、老君に指示を出しておく。

「俺がいなくても、村長さんと相談して進めておいてくれ。バトラーも頼むぞ」

「承りました」

「あとは、サリィ先生だな……」

仁は、彼女にこの村で開業してもらいたかったのである。

その時、そのサリィ本人が二堂城を訪問してきたとの知らせが入る。

礼子とバトラーを伴い、仁は1階へ下りた。

「やあジン君、おはよう」

「おはようございます」

「君に色々聞きたいことがあるんだが、いいかな?」

仁からも話があったので、ちょうど良い。

「ええ。先生、朝食はお済みですか? まだでしたら、一緒にいかがです?」