軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

13-06 転送機

6月25日。

朝一番でエルザは父ゲオルグに 完治(ゲネーズング) の治癒魔法を施した。

それでもゲオルグの容態は変わったようには見えない。

「す、ま、ん、な」

今までの傲岸さはどこへやら、たどたどしい言葉しか発せられなくなった父を見たエルザはいたたまれなくなって部屋を飛び出した。

そこで出会ったのは仁。

「あ、ジン、兄」

「……やっぱり駄目か?」

涙を溜めたエルザの目を見て、治療がはかばかしくないことを仁は察した。

「脳の障害は気長にやらなきゃ駄目らしいからな。まずは侯爵への対応からだ」

「……うん」

朝食後、エキシのランドル家を一旦辞した仁たちは、仁の馬車に乗り、エッシェンバッハ邸へ。

そこの納屋に隠した 転移門(ワープゲート) で、蓬莱島へと移動した。

『お帰りなさいませ、 御主人様(マイロード) 。いらっしゃいませ、皆さん』

いつもと変わらない老君の声に出迎えられた仁たちは、まず食堂へ。なぜ食堂かというと、適当な会議室が無いからである。

「あー、思わぬ所に問題点があったな」

大勢で会議など、先代の時代には考えられなかったので、そういう部屋が用意されていなかったのである。

それはのちほど整備させるとして、仁は『 扶桑(ふそう) 島』の構想を改めて話し合った。

「基本的に 転移門(ワープゲート) を置くのはその国の首都となるだろうな」

ラインハルトが切りだした。

「うん、できれば王城内とかが望ましいんだがな。国が認めた人間ということになれば、安全性というか、信用できるといっていいだろうからな」

少なくとも、1段階目の安全措置となり得るだろう。

「施設は研究所と住居棟を考えてる。蓬莱島は研究所内に住居もあったけど、扶桑島では別にしたい」

「いいと思いますわ。研究と生活のけじめを付けるというのはとてもいいことですから」

ベルチェが、隣に座るラインハルトをちらりと見て言った。

「温泉やトイレ、お布団も整備する、の?」

これはエルザ。その3つは譲れないようだ。

「ああ、温泉とトイレはいいとして、布団はどうするかな。素材が特殊だから、もう少し一般的なものにした方がいいかもしれない。それはちょっと置いておこう。考えていることがあるんだ」

「考えていること?」

「ああ。できれば、サキもいるときに話したい。素材に関する話だから」

仁がそう言ったので、一同も、それ以上詮索することは止めた。

話題は扶桑島に戻る。

「老君の小型版になるような管理魔導頭脳も設置して、島全体を管理させたいんだが、どう思う?」

「いいんじゃないか? 助手になるゴーレムとかも欲しいな」

「大勢の研究者が来るなら、家事をするメイドゴーレムも、必要」

いろいろと意見が出た。仁は、とりあえずの進捗状況を聞いてみることにした。

「老君、進み具合はどうなってる?」

『はい、60パーセントといったところです。具体的には、研究所棟は完成。住居棟の建築に着手したところです。畑、港、島内道路の整備はほぼ終了。資源の確認は未了』

「おお、けっこう進んでいるな。今俺たちが話していたように、管理体制も検討しておいてくれ」

『承りました。管理用小型魔導頭脳、メイド、バトラーの準備をします』

扶桑島整備は老君に任せるとして、仁はエルザに、 自動人形(オートマタ) を作るよう勧めた。

「侯爵に贈る、ため?」

「そうさ。礼子を可愛い、と言っていたからな。言うなれば、矛先を逸らすためだ」

肝臓に溜まった砒素を除去したとは言え、テオデリック侯爵の肝硬変は完治していない。死滅した細胞は、魔法によっても再生できないのである。

僅かに生き残った肝臓の細胞を最大限に活性化して、少しずつ肝臓を治しているというのが現在の状況である。

健康な肝臓なら、70パーセント切除しても再生すると言われているが、肝硬変というのは肝臓全体が駄目になるので、生き残った細胞は僅かであるし、その細胞も健康とは言い難い。

故に治療には時間が掛かるということになる。

仁の願いにより、エルザを嫁にすることは諦めてくれた侯爵に対し、仁は含むところはない。むしろ、サキの祖父ということで何かしてやりたいくらいだった。

加えて、介護する 自動人形(オートマタ) をエルザに作らせることで、侯爵に毒入り酒を飲ませたのがエルザの父とその配下であると知れた際の、エルザへの怒りを緩和できたらと考えた仁である。

「基本はエドガーと同じでいい。ただ、介護用だから、触覚も搭載した方がいいな」

「……えっ」

いきなりハードルを上げられて驚くエルザ。だが仁は、ちゃんと教えるから、と言ってエルザを安心させた。

* * *

一方、ラインハルトは 黒騎士(シュバルツリッター) に触覚を搭載すべく、改造に勤しんでいた。

いや、正確には改造プランを立てていた。時折老君に助言を受けながら。

「……そうか、やっぱりな。 自動人形(オートマタ) でなくゴーレムだから、 黒騎士(シュバルツリッター) に触覚を搭載するのは難しいか……」

『はい。皮膚に相当する外装の歪みで検知するという方式を採る限りは』

「なるほどな……」

だが、そこはさすがラインハルト。とあるアイデアを思いつく。

「それなら、必要な部位だけに限定したらどうだろう? 具体的には掌と足の裏、に」

必要最小限の部位に、高感度のセンサーを、もしくは多くのセンサーを配置して感度を確保する、というのが彼の苦肉の策であった。

『そうですね、それならかなり上手くいくでしょう』

老君は密かに感心していた。その方法は、蓬莱島のゴーレム全てに対して老君が行っている改造に通じるものがあったからだ。

因みに、老君の改造とは、同じく掌と足の裏に、『 凶魔海蛇(デス・シーサーペント) 』の革を貼り、そこに生じる魔力圧を検知する、というものである。

凶魔海蛇(デス・シーサーペント) は以前ポトロックで仁と礼子が大量に退治していた。その革は水中にあっては腐らないので、老君の指示でマーメイド部隊が海底から回収してきていたのであった。

初期の礼子に使われていた 疑似竜(シャムドラゴン) の羽膜よりは性能が若干落ちるが、強度・検出力共に十分実用的であった。

「うーん、センサーには何を使えばいいか……」

ところでラインハルトはセンサーの素材で悩んでいた。

老君は、ここで簡単に教えてはラインハルトのためにならないし、彼自身も喜ばないだろうと、黙って見守ることにしたのである。

ミーネとベルチェは、新しい料理をペリドリーダーから習っていた。

「小麦粉に卵とミルク。そこに……何ですか、この粉?」

「重曹です」

「じゅうそう?」

「はい。カイナ村の更に北にある山奥で取れる……まあ、調味料と言いますか」

以前、カイナ村北にある氷河のかかる山(無名)で発見された重曹泉の水を精製して得られたものである。

プラントが完成した今、日産500グラムの重曹を得る事が出来ていた。

「これを少量入れると、ふっくらとするんですよ」

重曹すなわち炭酸水素ナトリウムは、加熱すると分解して炭酸ガスを発生する。これがパンやホットケーキなどの生地を膨らませるのだ。

重曹やベーキングパウダーなどの膨張剤が無いと、ホットケーキと言うよりクレープに近い食感になりやすいが、これを使うことで、簡単にふっくらしたものを焼くことができる。

「大量に入れると苦くなりますから、ほんのちょっとだけにしてください」

重曹を熱すると、炭酸ガスと炭酸ナトリウムと水になる。この炭酸ガスが生地を膨らませるのだが、残った炭酸ナトリウムは苦いのである。

本来なら、酒石酸などの酸性物質を混ぜて中和し、苦みを消す(ベーキングパウダーである)のだが、まだ酒石酸は手に入っていない。

それはさておき、重曹は金属磨きにも使え台所では重宝するので、この機会にペリドリーダーは、ベルチェとミーネにいろいろと手ほどきをしているのだった。

* * *

「魔力性の外被と、その変形の、検知?」

「そうだ。全身のデータを処理しようとすると大変だから、掌中心にして、他は申し訳程度にしておけばいいと思う」

「……わかった。一番微妙な力加減を必要とする部位に集中させる、ということでいい?」

「そのとおり。すごいぞ」

仁は、魔力性外皮に発生する、変形による魔力ポテンシャルを利用した触覚センサーの原理をエルザに説明していた。

基本ができているエルザは、時折、仁も驚くような理解力を見せる。

「よし、じゃあエドガーを改良してみて、上手くいったらいよいよ 自動人形(オートマタ) 製作に掛かるか。やってごらん」

「うん」

こうして、エルザはまず、エドガーに触覚を持たせる改造に取りかかった。

その間に仁は工房を出て、地下ホールに行き、老君と相談をする。

「マルカスはどうしている?」

『はい、レグルス50に追跡させた結果、なぜか途中で意識不明になっておりました。一応ランドル伯爵領の外と言うことで、北部にあるタキの町で療養させております。そのままレグルス50が付いています』

「知識転写で記憶を調べたとは言ってたが、レベル4くらいだよな?」

『はい、我々ではその辺が限界です』

仁は考え込む。

「うーん、潜在意識とかに何か残っているんじゃないかと思うんだよ。魔族についての情報が今は少しでも欲しいからな」

『でしたら、タキの町へお行きになりますか?』

「できればな」

魔法工学師(マギクラフト・マイスター) である仁なら、潜在意識までコピーするレベル8までを使う事ができるのだ。

『それでしたら、先程『受け入れ側のいらない 転移門(ワープゲート) 』が十分な実用性を持った事が確認できたところです』

「そうか! でかした!」

『ありがとうございます。転送精度を上げるためいろいろ工夫しましたが、決定打となったのは 御主人様(マイロード) がお作りになったミニ 職人(スミス) でした』

仁は老君に命じて、精密工作用の 職人(スミス) を量産させていたのである。

『ミニ 職人(スミス) に指示してインチ 職人(スミス) を、そして更にミリ 職人(スミス) を』

ミニ 職人(スミス) は身長10センチ、インチ 職人(スミス) は2.5センチ。ミリ 職人(スミス) は5ミリほどである。

『それぞれ1000体作りまして、精密部分の製作を受け持たせましたところ、転送精度が十分実用になりました』

「おお、そうか!」

小型 職人(スミス) が各1000体。相当役に立ちそうである。

『ここ蓬莱島からショウロ皇国まで、誤差1メートル以内で転送可能です。3時間ほど前にトスモ湖への転送実験を行い、確認致しました』

素晴らしい精度である。仁は満足した。

これを使って、タキの町へペガサス1と共に赴き、用事を済ませたあと、仁だけ備え付けの 転移門(ワープゲート) で戻ってくれば、時間のロスは少ないというわけだ。

「よし、すぐに行こう。その……『転送機』を使って」