軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

12-58 失望

「さあ、 魔導人形競技(ゴンクレンツ) 、第3種目! 舞台は水上に移ります!」

ここでも、かつてポトロックで行われたゴーレム艇競技のように、 魔導監視眼(マジックアイ) と 魔導投影窓(マジックスクリーン) の組み合わせにより、トスモ湖上が映し出されている。

「今度は負けぬのだろうな……」

観客席でゲオルグ・ランドル子爵は呟いた。その隣に座るエルザは、口には出さないが、心の中で『それは無理』と返事をしていたのである。

「あれ、見ろよ……」

「あの子…… 自動人形(オートマタ) 、あの格好で泳ぐつもりなのか?」

「靴まで履いたままだぞ……」

広場外れ、桟橋の上に並ぶ2体の 自動人形(オートマタ) と3体のゴーレム。礼子を除き、服を着ているものはない。

辛うじて、マルカス・グリンバルトの 自動人形(オートマタ) は水着らしきものを着てはいたが。

「ジン殿、あれでよろしいのか?」

気を使って、審判のクリストフが仁に尋ねるが、仁は無言で頷いてみせた。

「そ、それでは、第3種目、遠泳を開始します。トスモ湖対岸の櫓の下に、参加者それぞれの名前を記した板が置かれています。それを持って戻って来てもらいます。もちろん、一番早かったものの勝ちとなります」

こちらからは見えないが、目印になる櫓が組んであり、そこから名前が書かれた板を持ってくる、というわかりやすく、不正のしづらいルールである。

「それでは位置について……3、2、1、スタート!」

5体は一斉に飛び込んだ。そして猛スピードで泳いでいく。後には白い泡の軌跡が残る。

トスモ湖往復、約10キロの遠泳である。時速20キロで泳いだなら30分で帰ってくることになるわけだ。

が、1体だけ、途轍もない速さで泳ぐ 自動人形(オートマタ) があった。

もちろん礼子である。服を着、靴を履いたままだというのに、その速度は時速50キロを超える。これでも礼子は本気ではないのだ。

かつて、行方不明の仁を捜し、世界各地に転移した際、礼子は海に落下したことがあった。

その時は20キロを超える荷物を背負いながら、時速100キロ以上を出した礼子である。あの時の倍以上の性能に改良された今、礼子はごく少ない出力しか出していなかった。

「うおおお!?」

「な、なんだ、あれ……」

「嘘、だろ……」

魔導投影窓(マジックスクリーン) を通して、礼子の泳ぎを見ていた観客は言葉を失っていた。

その泳ぎ方は基本的に潜水泳法。息継ぎをしなくていい 自動人形(オートマタ) ならではだ。

なまじ人間の真似をして泳ぐと、波ができる。これは造波抵抗と言って、大きな抵抗となるのだ。

礼子以外の4体は水面を泳いでおり、その蹴立てる波は大きく、後ろには白い泡が航跡となっている。

だが礼子は、方向確認のため時々水上に顔を出すが、それ以外は水面のすぐ下を潜水艦の如く突き進んでいた。

「な、なんという 自動人形(オートマタ) だ」

思わずそんな呟きを漏らす父親に、エルザは同情を禁じ得ない。

(……狭い世界しか知らないと、こんなもの。私は、ライ兄、ジン兄のおかげで、広い世界を知ることが、できた)

見る間に礼子は対岸に泳ぎ着き、櫓の下から仁の名前が書かれた板を持ち出した。

それは50センチ四方もあるような大きな板で、軽そうだ。しかし軽いと言うことは水に沈まないわけで、それを持って泳げばかなりの抵抗になりかねないことが見て取れる。

が、礼子はその板をビート板のように使い、泳ぎだした。

潜水泳法ではないが、それでもかなりの速さである。

帰路4分の1ほどで、礼子はマルカスの 自動人形(オートマタ) とすれ違った。そしてトスモ湖中程で3体のゴーレムとすれ違う。

「レーコちゃん、凄まじいな……」

ラインハルトは礼子の泳ぎっぷりを見て溜め息をついていた。水中に特化したローレライよりも速そうだと感じたからだ。

「速い速い! ジン・ニドーの 自動人形(オートマタ) 、レーコ! 15分足らずで戻って来てしまいました!」

司会者の声は悲鳴に近い。目にしたものが信じられないのだろう。

そして2位以下に大差を付け、礼子がゴールインした。

もちろん新記録である。

礼子から遅れること10分でマルカスの 自動人形(オートマタ) が。そして更に10分後、3体のゴーレムが前後して帰って来たのである。

「何ということだ……」

頭を抱える父親を見て、エルザは少しだけ哀れに思った。それで思わず気持ちを口にしてしまった。

「父さま、世界は広い。ジンに……ジン君は、とても素晴らしい 魔法技術者(マギエンジニア) 。それは認めてあげて」

だが、ゲオルグは聞く耳を持たない。

「マルカス! 次こそは勝て!」

それだけ言って、席でふんぞり返る。その姿を見たエルザは、

(父さま、って、こんな人だった、の? ……ジン兄、ライ兄と比べても……ううん、それ以前の問題。人として、何かが足りない)

旅をし、いろいろな人と会い、いろいろな経験をしてきた今だからこそわかる、とエルザは思った。

自分の父は、独りよがりすぎる。周囲の声を聞こうとしない。それは自ら世界を狭め、可能性を捨てていると言うこと。

(でも、昔は、そうではなかったような、気も……)

それなりに優しくして貰った記憶もある。エルザは、記憶の中の父親と今の父の姿が一致しないことに少し違和感を抱いていた。

エルザと、その父ゲオルグがそんなやり取りをしている間に、第4種目が始まっていた。

先程の重量物投げで投げた錘を見つけ出してくるというもの。

これが発表されたとき、一部の人間は息を呑んだ。

先程礼子が投げた錘はどこへ飛んでいったかわからなかったからである。

「委員! これまでのルールでは色の違う玉を水中に投げ入れてそれを探すんじゃなかったのか?」

ラインハルトが抗議に近い質問を投げかける。

「今回からはハンデとして、自分が投げた錘を、ということになったのです……」

会場もどよめく。

「だが、それでは……」

「大丈夫だよ、ラインハルト」

抗議を続けるラインハルトを押し止めた仁。

「礼子、行けるな?」

仁の問いかけに、礼子は無言で頷いて見せた。

「それでは、3、2、1……始め!」

トスモ湖の水は澄んでおり、大半の湖底は岩か砂利で、泥の箇所は岸部近くだけなので、探すのも比較的容易であると言える。

が、礼子が投げた錘は確認さえ出来ない遙か遠くへ飛び去り、見つけるのには相当な困難が予想された。

「ジン、レーコちゃんは大丈夫だろうか?」

「ああ、俺は信じているよ」

その言葉どおり、礼子が自分の投げた重さ30キロの錘を競技開始から15分で見つけ出して来た時は、全観客が熱狂的な歓声を上げたものである。

「(エルザ、大丈夫かな?)」

礼子があっさりと自分が投げた錘を見つけてきたので、残る4体の帰還を待つ間、仁は暇であった。

エルザが気になるが、自分がそこへ行くわけにもいかない。

そこで仁は、ラインハルトに頼み、様子を見てきてもらうことにした。

「わかった、任せておいてくれ。僕も気になってはいるんだ」

そこでラインハルトはエルザのいる側へ向かう。

エルザの両脇には 自動人形(オートマタ) の兵士がおり、前後にも子爵の部下がいるのですぐそばに、とはいかないが、声が届くほどの距離には座ることができた。

「エルザ、僕はここにいる」

そう声を掛ければ、エルザは振り返る。

そこに優しくも頼もしい従兄の姿を見つけたエルザの顔に安堵の色が広がった。

* * *

そうこうするうちにも競技は進んでいく。

マルカスの 自動人形(オートマタ) は礼子の30分後に。そして3体のゴーレム達は1時間しても見つけ出せなかったので時間超過で失格となった。

ここまでの戦績は文句なしに仁と礼子がぶっちぎりで1位である。

まあ3体のゴーレムは賑やかしだと思えば、仁とマルカスの一騎打ちといえる。だがそれは仁側のワンサイド・ゲームの様相を呈していた。

「それでは第5種目! 模擬戦であります! 剣と無手格闘の2種で行う最終種目! まずは剣における模擬戦闘!」

最も盛り上がる種目とみえ、会場の歓声が一際高くなった。

この時点で3体のゴーレムは棄権しており、仁とマルカス、つまり礼子と戦闘用ゴーレムの一騎打ちとなる。

仁はあらかじめ用意していた『桃花もどき』を礼子に装備させた。64軽銀で作った、刃のない日本刀と言えばいいか。

対するマルカスの戦闘用ゴーレムは、左手にタワーシールド、右手にグレートソードを装備した、身長2メートルの全身鎧型の剣士ゴーレムである。

両者が向き合って立つと、文字通り大人と子供。いや、巨人と子供と言った方がいいかも知れない。

「礼子、派手な破壊はするなよ」

仁もそれだけを礼子に指示し、席に戻った。

「両者、準備はいいか?」

無言で頷く2体。

「それでは……始めっ!」

審判の手が振り下ろされ、模擬戦が開始された。