作品タイトル不明
12-44 帰郷
『スカーレット・トレイル』は速すぎて荷物を積んだ後続の船が付いて来られないため、自由航行水域になると、ラインハルトはいろいろなテストを行うことにした。
操縦性や、加減速、そして安定性。
「うーん、安定性を除いて十分すぎるくらいだな」
通常の舵と、外輪のコントロールにより、かなり小回りも利く。
ただし、安定性が今一つ、というか、ローリングと呼ばれる横揺れが予想より大きかった。
これは、船の幅を狭くしたことによる弊害と言えた。
傾いた船体を元に戻す力が大きいと、戻りすぎて反対側に傾く。そしてまた元に戻す力が働く。この繰り返しである。
「そうか! 船にもダンパーの役目を果たす何かを付け加えればいいんだ」
考え込んでいたラインハルトは、一つの解決法に行き着いた。さすがに船については発想が柔軟である。
ビルジとかビルジキールと呼ばれる張り出しを、船の両側吃水下に斜め下へ向けて設けるのである。これにより、水中でのローリング時の抵抗が増し、揺れが抑えられるのだ。
「向こうに着いたら早速やってみよう」
加減速、特に減速に関して、外輪は優秀であった。
そして。
「うーん、ローレライの後押しが無いとこの位か……」
純粋な外輪だけでの駆動にした場合、最高速は時速20キロくらいと、先程の半分という結果であった。
いかにローレライが卓越した遊泳能力を持っているかがわかる。
そんなこんなでいろいろ試験を行い、更には船の上で軽食を食べたりもしたため、コジュに着いたのは荷物を積んだ船より少し早い程度の時刻であった。荷物の受け取りを考えるとこれはこれで都合がいい。
湖上の遊覧も楽しめて、ベルチェはじめ、仁たちも文句は無かった。
「宿舎はこちらでございます」
無事荷物を運んできた、ラインハルトの執事、クロードは、一行を宿舎へと案内していく。
それはコジュの中心街近くにある高級ホテルであった。すぐ隣は迎賓館である。
「博覧会は、新設された港近くの多目的施設で行われます」
コジュは首都ロイザートにほど近く、トスモ湖の表玄関としてこれからの発展が見込まれるため、こういった施設が作られたそうだ。
仁は、幕張とか有明とかにある建物群を思い出していた。行ったことはなかったが。
仁とラインハルトは、展示物を携えて多目的施設へと向かい、指定の場所に配置していく。
それが済むともう夜であった。
ホテルに戻った2人は、ベルチェやサキと合流し、豪華な夕食を楽しんだ。
「いよいよ明日開幕か」
その後、自室で食後のお茶を飲みながら期待を込めた言葉を呟く仁。
仁の部屋は居間の他に寝室が2間あるもので、一つは助手用にと用意されたもの。どちらの寝室も2人用である。これは都合がいい。
明日朝早く、エルザを連れてくる予定である。
コジュの夜は静かに更けていった。
* * *
コジュとカイナ村の時差は3時間半くらいである。コジュの朝5時はカイナ村8時半。
仁は礼子を伴い、ホテルに預けてある馬車内の 転移門(ワープゲート) からカイナ村に飛んだ。
「おはよう、ジン兄」
「おはようございます、ジン様」
話はしてあったので、エルザとミーネはもう仕度をして待っていた。
エルザはカイナ村に来てから作ったよそ行き。クライン王国首都アルバンに行った時に着ていた服だ。ミーネはいつもの侍女服である。
「ミーネにはこれも渡しておく」
エルザと同じ 守護指輪(ガードリング) を渡した。
「それから、エルザはこれとこれ」
焦茶色のかつらである。魔法染料では髪の長さを変えられないから今回はかつらを使った。
セミショートがセミロングになる、というだけでかなり印象が変わる。
そして保護眼鏡。人相もかなり変わる。但し眼鏡をしているのはサキくらいだろうから、かえって目立つかもしれないが。
そう思った仁は自分も保護眼鏡をかけておくことにした。
「よし、行こう」
「うん」
「……」
故国へ帰るということで若干緊張している2人。その肩を安心させるように軽く叩き、仁は工房地下の 転移門(ワープゲート) をくぐった。2人も続く。そして礼子、エドガー。
3人と2体は中間基地を経由してショウロ皇国コジュに出た。
「ここはさっきも言ったが、コジュだ。そこの迎賓館隣にあるホテルの馬車置き場だよ」
「……うん、一度来たことが、ある」
おそらく、前回の旅の際、来たのであろう。が、黙り込んでしまったエルザとミーネを見て、仁も口を開くのを控えた。
エルザとミーネの目からは一筋の涙がこぼれ落ちた。
それを手の甲で拭ったエルザは、
「ジン、兄、あり、がとう」
と、感極まった声で仁に礼を言ったのである。
「……ジン様、ありがとうございました」
まだ涙ぐんだままのミーネも礼を言う。
「いや、まだこれからだ」
そう言って、仁は2人をとりあえずホテルの自室へと案内していった。
2つある2人用寝室の1つをエルザとミーネ用とする。
「さて、今日はいよいよ技術博覧会だ。エルザとミーネは打ち合わせ通りホテルに残っていてくれ。エルザ、もう少しだから我慢してくれよ」
「……うん」
「わかりました」
その時ドアがノックされた。礼子が出ていき、ドアを開けると、ラインハルトが立っていた。
「ジン、予定通り連れてきたな」
ラインハルトは片目を瞑って見せ、
「あと2時間で博覧会会場へ行く時刻になる。朝食を食べに行こう」
「わかった」
エルザとミーネはカイナ村で済ませていたので、仁だけが部屋を出る。
「何も予定に変更はないようだ」
「そうすると、今日はまず開会式、そして参加者の紹介、という流れだったな」
「その通り。助手まで出席しろとは言われないから、当分エルザはここで待機していてもらう」
そんな感じで、スケジュールを確認しながら2人は朝食を平らげた。
「そういえば、ベルチェは?」
このところいつもラインハルトと一緒にいるベルチェの姿が見えないので仁は訝しんだ。
「ああ、ベルは、一足先に食事を済ませて、同じホテルに泊まっている知り合いの貴族たちに挨拶回りだ」
「ラインハルトが行かなくていいのか?」
するとラインハルトは苦笑しながら答える。
「おいおい、僕がどんな役割を受け持っているか知ってるだろう? これでもジンの饗応接待役なんだぞ?」
そういえばそうだった、と今更ながら思い出す仁。カイナ村や蓬莱島へ好き勝手に行き来しているので忘れていたのである。
さて、そんな一幕もあったが、仁とラインハルトは食事を終え、それぞれの部屋に引き上げると、最終的に忘れ物がないかどうか確認し、それも終わるとあとは迎えを待つだけ、である。
退屈なので、ラインハルトは仁の部屋に来てたわいもない話を交わしていた。
「そういえば、サキ姉は?」
サキの顔が見えないことでエルザが質問してきた。
「ああ、錬金術師たちは1時間前に一旦集合らしくてね。一足先に食事をして出掛けていったよ」
「そう」
そんなエルザの顔をラインハルトはまじまじと見つめる。その視線に気が付いたエルザは小首をかしげて、『何?』と尋ねた。
「いや、そんな格好しているエルザが新鮮だったからな。黙っていたらエルザとはちょっとわからないよ」
今のエルザの外見は、焦茶色をしたセミロングの髪に保護眼鏡を掛けた姿である。かなり印象が違う。
「そうだな、そうしたらラインハルトにも保護眼鏡掛けてもらった方がエルザが目立たなくなっていいな」
仁はそういって、予備の保護眼鏡を手荷物から出してラインハルトに渡した。
「ああ、そうだな。魔法でほとんどの加工をやるとはいえ、目を保護しておくのは無駄じゃないからな」
保護眼鏡を掛けながら笑うラインハルト。3人、いやサキも入れれば4人、眼鏡をしていることになる。そうすればエルザへの注目度合いも半分になるに違いない。
そうこうしているうちに時間になったとみえ、博覧会実行委員らしき男が呼びに来た。
「よし、それじゃあ行くか」
「おう」
「いってらっしゃい」
立ち上がり、部屋を出る2人と2体。見送るエルザとミーネ。
ラインハルトは自分の部屋に立ち寄り、手荷物を持ち、 黒騎士(シュバルツリッター) ノワールを伴って出てきた。
いよいよ技術博覧会である。