軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

12-43 ラインハルトの船

6月18日、技術博覧会前々日。

仁は時間調整をし、昼前にショウロ皇国バンネへ戻ることにした。エルザとミーネは後ほど連れて行く予定である。

戻る直前に、老君から仁への報告と、何やら 魔結晶(マギクリスタル) が渡される。

「ようやく、重力魔法について、少しですが解析が終わりました。詳細はその 魔結晶(マギクリスタル) に記録してあります」

老子からそれを受け取った仁は顔を輝かせた。

「よくやってくれた、老君。引き続き頼む。……それじゃあ、行ってくる」

「はい、 御主人様(マイロード) 。行ってらっしゃいませ」

そして仁は 転移門(ワープゲート) をくぐった。

「やあジン、3日ぶりかな?」

サキが家の前で出迎えた。サキとは3日前に蓬莱島で会っていたのだ。

「ああ、そうだな。論文は完成したのかい?」

「うん、ばっちりだ。ゴーレム写本も済ませた」

ゴーレム写本とは、その名の通り、ゴーレムに書き写させる技術である。

印刷技術がまだないため、 畢竟(ひっきょう) 手書きとなる。人力での写本は大変なので、ゴーレムが使われているわけだ。

人間より筆記速度が速く、間違いも起こさない。また、休憩もしないため、総合的に見ると3倍近く早いと言われていた。

蓬莱島のゴーレム筆写なら更にその3倍以上早いのだが、それを口にするほど仁も愚かではなかった。

サキに案内され、家の中へ入った仁は、見違えるほどきれいになっているのに気が付いた。正直にそれを口にすると、サキは照れくさそうに笑って言った。

「くふ、アアルのおかげで、壁も床も天井もきれいになったよ。傷んだところは張り替えたり塗り直してくれたしね」

そして真顔に戻る。

「ボクも余裕が無かったんだね。見習いから早く一人前になりたくて焦っていたんだ。着るもの食べるものに無頓着、生活習慣は滅茶苦茶。思えば馬鹿だった」

そこで一呼吸入れるサキ。ちょうどアアルがお茶を持ってやって来た。サキはそれを一口飲み、話を続けた。

「エルザを見ていてわかったよ。あの子、料理もできるようになったし、子供たちに勉強を教えてもいる。にも関わらず、 魔法技術者(マギエンジニア) …… 魔法工作士(マギクラフトマン) としてあれ程の成長を見せている。ほんと、敵わないな」

結局は、サキも国から一人前と見なされたくて、無理をしていたということらしい。

「やめていった人たちに、未払いだった給料も、なんとか全部払ったよ。お詫びに少し多めにね」

「それはよかった」

「おかげですっからかんだ」

「はは……」

それから暫く雑談をしたあと、話題は当然技術博覧会の事になった。

「ジンの荷物、というか作品はどうしたんだい?」

当然のサキの質問に仁は笑って答える。

「ラインハルトが作った船に積んで、もうトスモ湖に浮かべてあるよ」

「ほう、それは驚きだ。いずれボクにもどうやってやったのか、教えてもらえるんだろうね?」

「もちろんだとも」

そんな会話の後、仁は馬車を引き出す。 転移門(ワープゲート) が付いた馬車を、博覧会が開催されるコジュまで持っていくつもりなのだ。

サキの家の納屋の入り口部分は、仁の馬車を出し入れできるほど大きくなかったので、仁は一度壊したあと改造し、簡単に取り外し、また組み立て出来るようにしておいた。

今回もそのおかげで、入り口上の壁を外すだけで馬車を外に引き出すことが出来たのである。

「いつの間にうちの納屋がこんな構造になっていたんだろうね?」

悪戯っぽく笑うサキに、仁は頭を下げて謝った。

「本当に御免! 黙って改造させて貰った。謝る。直せと言うならすぐ元に戻すから」

その言葉にサキは笑って手を振り、

「はは、そんなことは構わないさ。どうせ使ってない納屋だし、『ファミリー』だものね?」

と言ったので仁もつられて笑った。

「ありがとう」

その日の午後、仁とサキ、礼子とアアルの2人と2体はラインハルトの家へ。

「やあジン、サキ。いよいよ博覧会だな」

ラインハルトがにこやかに出迎えた。

一同、ラインハルトの私室に移動する。ラインハルトの父、ヴォルフガングは既にコジュへ発ったそうだ。

「いらっしゃいませ、ジン様、サキさん」

ベルチェが香りがよいお茶を淹れてくれた。

「外輪船はトスモ湖に浮かべてあるからな」

「ああ、老君から聞いた。ありがとう」

ラインハルトには、ずっと 魔素通信機(マナカム) を預けてあるのだ。

預けてあると言えば、リシアとパスコーに、治療の魔導具、回復薬、治療薬、そしてゴーレム馬を預けたままであることを今更ながらに思い出していた。

(まあ、リシアのことだから、悪用や乱用はしてないだろうけどな、近いうちに回収しないと)

その夜はそのままラインハルトの家に泊まり、翌朝コジュへ向かう事になる。

「聞いた話だと、エゲレア王国のアーネスト王子がお見えになるそうだし、セルロア王国からも 魔法工作士(マギクラフトマン) が来るらしい」

セルロア王国はまだ内情が安定していないため、王族が来ることは無いだろうとラインハルトは補足した。

「楽しみだな」

「ああ、まったくだ。今年は 魔法技術匠(マギエンジニア・マエストロ) の称号を受けるものが何人出るかな。まあ、ジンは間違いないだろうが、僕も出来れば欲しいものだ」

魔法技術匠(マギエンジニア・マエストロ) は、ショウロ皇国における 魔法技術者(マギエンジニア) の第一人者に贈られる称号である。1人と限ったわけではないので、優秀と認められれば何人にでも与えられるのだ。もっとも滅多に与えられるものでもないのだが。

(お父さまは、そのような者達よりも更に上のお方なのですが)

そばに控える礼子は、口には出さないが内心でそんなことを考えていた。

* * *

翌19日、仁たち一行は、朝8時にはランドル邸を発った。

前回、コジュから湖を渡ってやって来たときと真逆のルートである。

水路を通ってトスモ湖に着くと、そこに浮かんでいたのはラインハルトが作った外輪船。それを守っているローレライ。船上にはショウロ皇国担当 第5列(クインタ) の1体、レグルス41がいた。

ローレライはラインハルトが作った人魚型ゴーレムで、ポトロックでのゴーレム艇競技に出たあと、人魚型では歩けないため仕方がないが、故国に戻るまでずっと馬車の荷物となっていたのである。

食料と水を積んだ馬車に乗せておいたのだが、ルファート村手前であの『バレンティノ』があやつるゴーレム『アルバス』に襲撃された時に一部破損してしまっていたのである。

それに気が付いたのは何とエルザであった。

ポトロックで共に競技に出たエルザとローレライ、エルザはもう一度動くローレライを見てみたかった。それで、ラインハルトには内緒でローレライを持ち出し、仁と一緒に直していたのだ。

そう説明すると、ラインハルトは頭を掻きながらローレライに謝った。

「済まん、ローレライ、直してやるのが遅れて。その揚げ句に僕が直してやれなかったな」

「いいえ、 創作者様(ミア・シェプフェル) 、お気になさらないで下さい。それよりも、船をお渡し致します」

「ローレライ、ありがとう」

ラインハルトはローレライに礼を言うと、外輪船を見やった。

全長15メートル、幅3メートル。トスモ湖の船としては中型に分類される。船体の形状は細長い流線型。波の穏やかなトスモ湖に適した高速型である。

「よし、マック、ミック、乗り込め。マックは右、ミックは左の外輪担当だ」

「 はい(ヤー) 、 創作者様(ミア・シェプフェル) 」

ツインゴーレムが外輪船に乗り込んだ。

「あなた、船の名前はどうなさいますの?」

ベルチェが尋ねた。ラインハルトは待ってましたと言わんばかりに船名を口にする。

「もう決まっているよ。この船の名前は『スカーレット・トレイル』さ」

「ス、スカーレット……ですの?」

スカーレットの意味する所は『緋色』。明るい鮮やかな赤であり、生命力溢れる色である。そしてベルチェの贈り名でもあった。

ショウロ皇国貴族は、名前・姓(家名)・フォン・贈り名の順に名乗るが、最後の贈り名というのは、成人(男子16歳、女子14歳)になると皇族または上位貴族から贈られる名前であり、その意味では名誉ある名前でもある。

ベルチェの贈り名、スカーレットは、先代皇帝の妹で現皇帝の妹でもあるシャルロッテ・アリーナ・フォン・リナール・ショウロ殿下よりいただいたもの。

そう思えば、船体の底部が赤で塗られているのもそのためかとも思われる。

顔を赤らめたベルチェに手を差し出したラインハルトは、

「ベル、この船は君に捧げるよ」

そう言って『スカーレット・トレイル』、つまり『緋色の航跡』へと乗り移ったのである。

「くふ、ラインハルトらしいね」

それを見ていたサキが苦笑しながら呟いた。

「ジン、馬車や荷物はクロードが別の船で運んでくれる。君たちも乗ってくれたまえ」

ラインハルトの声が掛かり、仁も乗り込む事にした。その際、サキの手を取ろうかどうしようかと迷った揚げ句、桟橋の上でバランスを崩す。

「お父さま、危ないですよ」

結局、礼子に支えて貰い、そのまま礼子と共にスカーレット・トレイルに乗り込んだのである。慣れないことはするものではない。

船体は平底なので安定性はよい。

舳先(へさき) にはラインハルトとベルチェ、ノワール、ネオン。中央部左右に外輪が取り付けられており、それを駆動するマックとミック。

船体後部には仁とサキ、礼子、アアル、それにローレライが乗っている。ローレライはいざという時の救助要員だ。

これでおおよそバランスが取れていた。

「さあ、行くぞ。『スカーレット・トレイル』、発進だ!」

ラインハルトが合図をすると、マックとミックが外輪を回し始める。その力強い腕により駆動される外輪は勢いよく水を蹴立て、スカーレット・トレイルは桟橋を離れた。

「おお、かなりの速さだな」

仁も感心する。この大きさの船としては相当なものだ。

そのまま、スカーレット・トレイルはトスモ湖上を滑るように進んで行く。

周囲に他の船が見あたらなくなったと見たラインハルトは、最高速テストを行うことにした。

「よし、全速力だ! ローレライも頼む」

専用に設計されたゴーレム、マックとミックの性能は確かで、水飛沫を上げて回転する外輪は、スカーレット・トレイルを矢のように疾駆させた。

そして、水に入ったローレライが更に後押しをする。これで速くないわけがない。

「おおよそ、時速40キロくらいか」

ポトロックでのゴーレム艇以上の速さである。乗員の数からいって、これは驚異的と言って良い。

「だが、まあ、連続ではちょっと無理なんだがね」

惜しむらくは、 魔力貯蔵庫(マナタンク) と 魔力炉(マナドライバー) が保たないのが難点と言えた。

(ジンの持つ技術なら出来るんだろうが、僕は僕の持てるもので作り上げることに意味がある)

ラインハルトにはラインハルトなりの矜恃があった。

そして、それでもスカーレット・トレイルは1級品以上の船である。

「速いですわね、あなた。トスモ湖最速ですわ」

それは間違いない。仁のハイドロシリーズを除けば、世界最速の部類に入るであろう。

湖面を行き交う船は皆、スカーレット・トレイルの速さに目を見張っていたのだった。