作品タイトル不明
12-33 独り立ちの条件
「 魔法技術者(マギエンジニア) としての独り立ち?」
聞き返したラインハルトだが、次の瞬間には仁の意図するところを掴んでいた。
「なるほど、エルザをショウロ皇国に認めさせ、帰国出来るようにしたいんだな?」
「え」
ラインハルトのセリフに、当のエルザが真っ先に反応した。
「ああ。今のままだと、エルザには帰国する機会が巡ってこないだろうからな」
「ジン兄。……私……」
悲しげな顔をして何か言いかけたエルザを、仁は遮って説明する。
「勘違いするなよ、エルザ。なにもエルザを追い出そうとかそういうことじゃない。ただ、いつまでもこそこそしているというのは良くないからな」
「ふうん、なるほど。ジンも考えたものだね」
感心したようなサキの声。
「ああ。サキのお父さんが、駆け落ちしたあと、錬金術師として大成したからこそ、結婚を認められたと聞いてさ」
「ふ、なるほどね。少なくとも一流の 魔法技術者(マギエンジニア) なら、子爵令嬢よりもずっと、自分の意志を尊重してもらえるだろうからね」
そこへベルチェの声が入る。
「そうですわね、一流の 魔法技術者(マギエンジニア) ともなれば、国からの援助も期待できますし、爵位のない貴族よりも社会的基盤はしっかりしますわ」
仁はサキとベルチェの発言を聞き、自分の考えが間違ってないことに確信を持った。
「ジン兄……」
「エルザ、今のエルザは逃げ出したままだ。堂々と帰国し、堂々とここへ帰ってくればいい」
仁はエルザに微笑みかけた。エルザも仁の意図を理解できて、ようやく愁眉を開いた。
「……うん、わかった」
「それにしても、ジン様」
少しだけ顔を顰めたベルチェが仁に話しかけた。
「今の言い方は良くないですわ。状況から見て、エルザさんに何の相談もなく、ジン様が決めて、いきなり今、口にされたのでしょう?」
「う、うん」
「……それではエルザさんが誤解しかねませんわ。自分が邪魔になって追い出されるのか、と思ったとしてもおかしくない流れでしたもの」
「……」
返す言葉もない仁。
「はあ、ジン様には、女心をもう少しわかって欲しいものですわね」
「……ごめん」
今は謝るしかない仁であった。
「わたくしにではなく、エルザさんに謝って上げてくださいまし」
言われた仁はエルザにも謝ったのである。
「……ごめん、エルザ。言葉が足りなかった」
「ううん、ジン兄が私のこと考えてくれてたからこそだから」
今のエルザは亡命者だ。犯罪とまでは行かないが、己の意志で国を捨てたという扱いになる。
ショウロ皇国の法によれば、確固とした理由があったことを証明しない限り、帰国は許されない。
もし帰国すれば、その者に待っているのはーー国外永久追放の刑である。
利己的な理由で国を捨てたのだから当然の処遇と言える。
だが、エルザが、その才能を伸ばすため、仁という 魔法技術者(マギエンジニア) ー 名誉魔法工作士(オノラリ・マギクラフトマン) に弟子入りし、国に貢献できるだけの技術を得るためだった、と証明出来たら。
亡命は許され、エルザは晴れて 魔法技術者(マギエンジニア) と認められる。そうなれば、家のためという理由で無理矢理嫁ぐ必然性は無くなるのだ。
「うん、だから、必要なら、俺がバックアップする。堂々と帰国して、皇帝陛下に謁見しろ」
「え、え?」
いきなり皇帝陛下、という単語が出てきてちょっと面食らうエルザ。だが、ラインハルトは仁の言葉を更に補足する。
「そうだな。高性能な 自動人形(オートマタ) を作れるというならもう一流だ。今のエルザなら、間違いなく陛下のお言葉を賜ることが出来るだろう」
「……」
いきなり話が進められて、困惑するエルザ。そのため、何を口にするべきかわからないでいた。
「エルザ、あなたはまだ若いのですから、国を捨てる、という悲しいことをいつまでも続けていてはいけませんよ。ジン様もラインハルト様もお力を貸してくれると仰っています。それに応えるのがあなたのすべきことですよ」
「でも……母さまは?」
「私は……もういいのです。元々私はエゲレア王国の出身ですしね。今更ショウロ皇国に帰った所で……」
それを遮ったのはやはり仁。
「いや、ミーネだって大丈夫さ。ミーネは、イカサナートでエルザと共に『 統一党(ユニファイラー) 』に攫われた。ラインハルト脅迫の道具にされかかったんだな。で、逃げようと暴れたため、ミーネは頭を殴られ、腹部をナイフで刺されてアスール川に投げ込まれた。それを俺が救って、面倒見ていただけだ。……ほら、何も問題無いだろう?」
「ジン様……」
「ああ、そうだな。僕も証言できるよ」
「ラインハルト様……」
2人からの温かい支援に、ミーネは目頭を押さえた。
「そうそう、もし証人がもっと必要なら、ミーネを治療してくれた治癒師、『サリィ・ミレスハン』を連れてきてもいいし」
とうとうミーネは嬉し泣きを始めてしまった。
静寂が漂う。それを破ったのは幼い声。
「おばちゃん、だいじょうぶ?」
ハンナだった。静かに涙を流すミーネを心配して掛けた言葉。それを知っているミーネは微笑んだ。
「大丈夫よ、ハンナちゃん。悲しくて泣いてるんじゃないから。嬉しくて泣いてるの。あなたのお兄さんの優しさが嬉しくて」
そう言ってハンナの頭を優しく撫でるミーネであった。
しかし、エルザとミーネが故国に帰るとしても今日明日の話ではない。
準備も色々とあるだろうし、出来ればショウロ皇国内での根回しもしておきたい。
それより何より、今回はラインハルト夫妻の新婚旅行なのだから、深刻な話は一旦切り上げることにした。
今後、仁とラインハルトで詰めていくことになる。
* * *
「ほう、変わった城だなあ!」
仁と共に二堂城へ移動したラインハルト夫妻。サキとエルザも一緒である。
今は、1階にある食堂で軽い食事を済ませた後、2階を見ているところ。
「ジン様、本当に珍しいお城ですわ。これって、クライン王国式なんですの?」
ベルチェも興味津々に尋ねてくる。
「いや、これは俺の郷里の城なんですよ」
「ジン様の郷里っていいますと、どちらですの?」
「ニホン、といいます」
「ニホン……」
ラインハルトとエルザは知っているが、ベルチェとサキは初めて聞く国の名である。
「ジン、ボクも寡聞にして知らないな。どの辺にある国なんだい?」
仁はどう答えようか、と少し考えた末に、少しおどけた調子で言った。
「うーん、そうだな。とても遠い場所にある国、かな。行こうとしたら1000年くらいかかるほどに」
「くふ、それは遠いね。とてもとても遠いね」
サキも仁の表現が冗談だと思い、調子を合わせて言った。
3階に登り、執務室、そして図書室へ。サキにもまだ見せていなかったため、ラインハルトと2人して本に引き付けられていた。
子供向けの本もあるのだが、工学魔法についての本や、素材について解説した本を手にとって興奮している。
「ジン、こ、これは!? すごい内容だ! 初級篇と書いてあるが、上級篇の間違いじゃないのか!?」
「ジン、この本って、いったい誰が書いたんだい? 半分以上……いや、大半がボクの知らないことばかりだよ!」
老君がそれらしくでっち上げた本だ、と言うわけにもいかず、
「えーと、師匠が遺してくれた本の写本だよ」
などと誤魔化さざるを得なくなった仁であった。
「5階は俺の寝室とかがある、プライベートフロア。6階は展望台になっている」
階段を登りながら仁が説明。若干息が切れている。
「4階は?」
「うーん、何と言ったらいいかな。いざという時のための予備というか……」
トラップフロアと言ったら引かれるのではないかと思った仁は言葉を濁した。
そんな仁の様子を見て、話しづらいのだろうと察したラインハルトはそれ以上尋ねてくることはなかった。
5階はさらっと済ませ、6階へ。
「おーっ、これはいい眺めだ!」
東西南北それぞれに窓があり、四方を眺められるので、ラインハルトとベルチェは子供のようにはしゃいだ。
何度目かになるエルザとサキも、やはりここからの眺めは気に入っており、窓から窓へ、変わる景色を楽しんでいた。
「あれがエルメ川、その向こうがトーゴ峠。西は針葉樹の森だな。東は広葉樹の森で、花も咲けば実も生って、村になくてはならない場所さ」
「ふむふむ、畑だけじゃないんだな」
頷くラインハルト。いずれ治めることになる村のことを考えているのかも知れない。
「北がカイナ村だな。その向こうの低い山は薬草が採れる。その向こうに行くと土系統の 魔結晶(マギクリスタル) が採れる場所がある」
「ジン様、奥の山に光って見えるのは氷河ですの?」
意外なことにベルチェは氷河のことを知っていた。ショウロ皇国からは氷河を 抱(いだ) くような山は見えないのに。
そうだ、と返事をしながら、ちょっと意外そうに思う気持ちが顔に出ていたのか、
「以前本で見ましたの。実物をこの目で見られて嬉しいですわ」
と、ベルチェは仁に言った。
夕暮れが近付くまで一同は展望台からの眺めを楽しみ、話に花を咲かせていたのである。
夕食は二堂城の食堂で。
クライン王国風料理に舌鼓を打った後は、例のペルシカジュース。
「ううむ、これは美味い!」
「美味しいですわ、ジン様!」
和気藹々と、カイナ村の夜は更けていった。