作品タイトル不明
12-14 エルザも夢中
「……ジン兄、すごい。ありがとう」
無事、初級篇とはいえ仁の知識を吸収したエルザは珍しくはしゃいでいた。
「……物質がどんな構造をしているのか、なぜ物が落ちるのか、飛行機がどうして飛ぶのか、ようやくわかった」
大体、小学生から中学生レベルの科学知識を得たエルザ。今まで疑問だったことが一気に理解できた喜びで興奮気味だ。
「これでエルザは正式に俺の弟子と言うことになる。言っておくが、あまり吹聴するなよ? 自重するんだぞ?」
「自重……ジン兄がそれを言うの?」
珍しくエルザに突っ込まれてしまった。
苦笑した仁は、頭を掻きながら本来の目的に戻る。
「さーて、ベッドと布団は出来たけど、運べないな……」
馬車の 転移門(ワープゲート) を通らない大きさである。
「お父さま、きちんと梱包して、こっそり運んでおくしかないと思います」
今まで黙っていた礼子が発言した。
「うん、そうか。それしかないよな……」
と、いうことで、夜中に 不可視化(インビジブル) を掛けた航空機で運ぶことに決定。
「トスモ湖あたりにも浮沈基地作るか……」
そんな仁の呟きを聞いた老君は、この後本当に作ってしまうのであるが、それはもう少し先の話。
「さて、これでいいかな?」
ラインハルトへの贈り物としての布団とベッドを眺めながら仁は呟いた。そんな仁にエルザからのお願いが。
「……ジン兄、私もライ兄たちに贈り物、したい」
「ああ、そうだな、エルザだって祝福してやりたいよな。で、何を贈る?」
この問いにエルザはすぐに答える。
「マスコット、を」
「マスコット?」
聞き返した仁にエルザは説明した。
新婚家庭を守ると言う意味で、人形を贈る習慣があること。彼女の兄、モーリッツ・ランドル・フォン・アンバーの結婚の時、ラインハルトの母が贈っていたことなど。
「ノンみたいな人形を作って贈りたい」
ノンはエルザの誕生日祝いに仁が贈った日本人形である。エルザは気に入ってくれて、今もカイナ村の自室に飾っている。
「わかった。やってごらん。素材はなんでも使っていいから」
とはいうものの、それほど使うわけでもない。
「わからない事があったら教えてやるから」
「うん。やってみる」
それで、まずはエルザの自主性に任せ、仁はいよいよもう一つの目的、礼子の改良に取りかかることにした。
「礼子、『アアル』の様子は見ていたな? ああいう『触覚』をお前に加えたい。どうだ?」
礼子は頷く。
「はい。お父さまがわたくしのためとお考えになること、わたくしに否やはありません」
「よし」
そこで仁は、懸命にいろいろやっているエルザに声を掛け、礼子と共に2階の研究室へ向かった。
触覚センサーの素材は、 海竜(シードラゴン) の翼膜である。
ドラゴン種の翼膜を動かしているのは、筋肉ではなく、魔力である。つまり、 魔力素(マナ) によって自在に操れるということ。
広げた時の翼膜は、1ミリほどの厚さにもかかわらず、鋼よりも強い。そして、逆に折り畳む時は抵抗が無いほどに軟らかい。
この特性を利用して、礼子は皮膚を鋼よりも硬くすることもできるし、赤ん坊の肌よりもしなやかにする事も出来るのだ。
更に、翼膜を伸び縮み・曲げ伸ばしさせると魔力が発生する事も知られている。
これはドラゴン種に限らず、翼膜や羽膜を持つ魔獣・魔物全てにいえることである。
もっとも、当時手に入った素材は、 疑似竜(シャムドラゴン) の羽膜や 海竜(シードラゴン) の翼膜よりも更に劣っていたため、発生する魔力は微弱で、さすがの先代も何かに利用する事が出来るとは考えてはいなかった。
だが、仁は、皮膚はそのまま触覚センサーとして使えると思ったのだ。
「うーん、となると、皮膚が変形したときに発生する魔力と、礼子が発した魔力を区別する必要があるわけか」
暫く考えた仁は、礼子の魔力と、皮膚が発生する魔力ではパターンが違うだろうことに思い至った。
「よし、礼子、ちょっとそこに座って、……そうだな、手を握ったり開いたりしてみてくれ」
「はい、お父さま」
仁は同時に『 追跡(トレース) 』、『 精査(インスペクション) 』などを使って、魔力の流れを追いかけてみた。
「なるほど……」
仁は、礼子の皮膚が発する極々微小な魔力の流れを捉え、解析を行っていった。
繰り返すこと15分。
「よし、わかったぞ」
この調査で、『流れ』ではなく、『ポテンシャル』の差となって現れることがわかったのである。
変形が大きいほど魔力ポテンシャルが高くなっている。この魔力ポテンシャルを読み取れば、変形量がわかり、その部分に掛かっている力も算出できる、ということになる。
仁は、サーモグラフィーの映像を想像した。あれは温度の高い部分と低い部分が色分けされて見えるが、こちらは魔力ポテンシャルの高い低いが現れるというわけである。
「と、すると、その分布を読み取る 魔導装置(マギデバイス) が必要と言うことだな……」
これまでは、身体の『変形』を読み取るだけで良かった。
それは、 変形(フォーミング) の魔法の流れを逆にするイメージで行えたが、魔力ポテンシャルの分布を読み取るという装置は世界初。
仁にとっても初めての試みであり、 自動人形(オートマタ) に革命をもたらす装置である。
慎重に 魔法制御の流れ(マギシークエンス) を考え、 魔導式(マギフォーミュラ) を組み合わせていった。
「基本は 追跡(トレース) と 精査(インスペクション) だよな。それを応用して、一度取り込んだあと、重み付けと位置の逆算出をして……」
独り言を言いながら、仁はゆっくりとだが新しい 魔導装置(マギデバイス) を完成させていった。
制御核(コントロールコア) に匹敵するような、複雑な 魔導式(マギフォーミュラ) からなる 魔導装置(マギデバイス) である。
「……できた」
さすがに疲れたのか、そう呟いた仁は椅子の背もたれに身体を預けた。
「お父さま、お疲れ様です。……あの、もう夜になっています、今日はもうお止めになった方がよろしいかと」
礼子の言に驚いた仁は窓の外を見る。真っ暗だった。
「もう7時を回りました」
暗くなると自動発光する エーテル発光体(AL) のおかげで、ちっとも気付かなかった。
「わかった。それじゃあ、最後にこれをお前に取り付けさせてくれ」
「はい、わかりました」
礼子への組み込みは1分程度で終わる。
「まだお前の動作とリンクしていないから、動きにくいことはないはずだ。とりあえず、データ収集に努めてくれ」
「わかりました」
礼子は素直に頷いた。仁はあらためて時刻に気が付いた。
「あ、そうだ、エルザは!?」
急いで階下に降りていくと、そこではエルザも夢中でマスコットの試作を続けていたのである。
「おーい、エルザ」
仁が少し大きな声で呼ぶと、我に返ったようにエルザは手を止めて顔を上げた。
「あ、ジン兄」
「俺も今さっき気が付いたんだが、もう7時だ。今日はそれくらいにして、夕食にしよう」
「うん。……お腹すいた」
少し顔を赤らめたエルザは手や身体に付いた埃を払って席を立った。
「……ジン兄やライ兄の気持ちが少しわかった気がする」
ぽつりとそう言って顔を更に赤くするエルザ。
「はは、それはなにより……と言っていいのかどうか」
仁やラインハルトが食事をおろそかにしてモノ作りをすることがあるのを言っているのだ。ついこの前まで、エルザは仁たちを窘める側だったのだが……。
仁とエルザは 転移門(ワープゲート) でカイナ村に戻った。
カイナ村と蓬莱島の時差は約2時間、カイナ村では折からそろそろ夕食の時間。
「お帰りなさいませ、ジン様。お帰り、エルザ。ちょうど仕度ができたところです」
ミーネが出迎えてくれた。
「……ああ、わかった。これが、時差」
科学の基礎知識を得たエルザには理解できたようだ。
エルザなら、その知識をこれから役立てられるだろう、と仁は楽しみだった。
「ほにーひゃん、おかへりなはい」
ハンナもにこやかに迎えてくれる。
ラインハルトとはちょっと違う形ではあっても、ここには自分の『家族』がいてくれる、そう思うと心が温かくなる仁であった。