軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

12-13 知識転写

「布団か……」

エルザが言っているのは『 魔綿(まわた) 』で出来た布団のこと、とすぐに仁は気がついた。

「でも布団ならとっくに用意してあるんじゃないか?」

「ん。それはその通り。でも、あの布団以上のものが用意されているとは思えない」

魔綿(まわた) を 魔絹(マギシルク) で包んだ布団、その品質はエルザのお墨付きである。

「なるほどなあ。……あ、でも、ベッドとサイズが合わなかったらどうしよう?」

「ならベッドも作ってあげればすむこと」

今日のエルザは鋭い。いや、仁がちょっと鈍いのかも知れない。

「わかった、それはいいな。ありがとう、エルザ」

エルザに礼を言うと、仁はハンナに向き直った。

「ハンナ、歯は大丈夫かい? 痛くないか?」

どうやら、ハンナのことが心配で今一つ集中できなかったようだ。

「うん、ほにーひゃん。らいひょうふ」

所々空気が抜けた発音になっているのは仕方ないだろう。上下の前歯が1本ずつ抜けていたのだから。

「そういえば、エルザは虫歯って無いのか?」

「ん。ない」

「ジン様、エルザには小さい時から、ちゃんと口の中を清潔に保つよう教えていましたから」

ミーネもそんな補足を入れた。

「先日来、村の子供たちにも指導してます。幸か不幸か、お砂糖を使った料理を余り食べないせいなのか、それとも体質なのかはわかりませんが、虫歯の子はいないようです」

「この村で虫歯ってあんまり聞かないねえ」

マーサも口の中を見せて笑った。彼女の歯も、32本全部きれいに揃っている。

「うーん、何か理由がありそうだけどな……」

とりあえず、カイナ村における虫歯の心配は小さそうだ、と安心する仁。

それで本命の布団作りに取りかかることにする。

「一般的な布団の大きさって教えてもらえるかな?」

仁はミーネに尋ねる。

「はい、新婚の夫婦が使うとすれば……」

そこで言葉を切ったミーネは一瞬辛そうな顔をした。過去のことを思い出したのだろう。

「長さ2.2メートル、幅2.2メートルですね。敷き布団と掛け布団は同じです」

現代地球ならキングサイズと呼ばれる大きさに近い。

「ありがとう。……ごめん」

「何を謝ってらっしゃるのですか?」

ミーネは笑って仁に言ったのだった。

* * *

「さて、布の加工だが」

仁は、エルザを連れて蓬莱島へと来ていた。

この機会に、布の加工も教えておこうと思ったのである。礼子に言って、サンプルを並べてもらう。

「 魔絹(マギシルク) は、見ての通り、織り方や糸の太さによって、何種類もあるんだ。まず憶えて欲しい」

現代地球で言えば、平織り・綾織り・ 繻子(しゅす) 織り。 経糸(たていと) と 緯糸(よこいと) の比率が、それそれ順に1:1、1:2( 経糸(たていと) に対し、 緯糸(よこいと) が一本置きに飛ばされている)、1:3( 経糸(たていと) に対し、 緯糸(よこいと) が二本置きに飛ばされている)となっている。

生地の種類としては、シフォン ・オーガンジー・チュール・羽二重などに相当するものがあった。

「……」

エルザは、その種類と手触りにうっとりしている。

「いいか?」

「う、うん」

念を押す仁に、エルザは我に返ったように慌ただしく頷いた。

「まずはサイズ通りに切り出すこと。 分離(セパレーション) を用いるんだが、インゴットから必要量を取り出す時と決定的に違うのは、重さや量の代わりに、大きさをイメージすることだ」

「ん。わかる」

「最初から狙った大きさに出来るとは思わない方がいい。もしずれるなら大きめの方がいいな。材料に無駄が出るが、小さくなってしまった時よりましだ」

詳しく説明した後、仁はやってみせることにする。

「『 分離(セパレーション) 』」

魔絹(マギシルク) の中厚・平織りの生地を加工する。特大サイズに織られた生地には、2.5メートル幅のものがあった。

出来上がり寸法を考え(厚みに取られる)、縦横2メートル30センチでカットする。それを4枚。

「普通なら縫い合わせるんだが、工学魔法『 接合(ジョイント) 』を使えば……」

きれいに縦横の糸が繋がり、封筒状の袋が2組、あっと言う間に出来上がった。

「中に 魔綿(まわた) を入れて……、4方向とも 接合(ジョイント) で閉じれば……」

これで布団が出来上がった。

「このサイズだと、中綿が寄ってしまうから、何カ所か縫い合わせるのもいいな」

その際、表地と裏地がくっついてしまうと保温性が落ちるから気を付けなければならない、と説明し、 魔絹(マギシルク) の糸で縫い合わせた、と言うか接合した。

「どうだ?」

「……すてき。こうやってお布団が出来ていたの」

自分も使っている布団が出来るまでを目にしたエルザは感激していた。

「じゃあ、この 端布(はぎれ) で練習してごらん」

20センチ幅の 端布(はぎれ) をエルザに渡し、 分離(セパレーション) と 接合(ジョイント) の練習をさせる。

「『 接合(ジョイント) 』。『 分離(セパレーション) 』。『 接合(ジョイント) 』、『 分離(セパレーション) 』」

くっつけたり切り離したりを何度もやって、感覚を掴んでいく。

「……難しい」

糸同士がきれいにくっつかないのである。

「はは、いきなりは難しいだろうな。その 端布(はぎれ) を持って帰って練習するといい」

「ん。頑張る」

次いで仁はベッドの作製にかかる。

ラインハルトの家や、クライン王国でリースヒェン王女の離宮に泊めてもらった時などの経験を思い起こしてデザインを決めていく。基本的にシンプルなものだ。

デザインが決まると、次は材料である。エルザには、1日で少々詰め込みすぎになるかも知れないが、木材加工も教えることにする。復習はスミスAがいるので、そちらに任せられることだし、と思いながら。

木材は研究所裏手に新設した木材倉庫にある。乾燥した環境に置かれているのだ。

「こっちからヒノキ、スギ、ナラ、カエデ、ケヤキ……」

この世界での呼び方でなく、自分が馴染んだ名称で呼んでいく仁。

「今回はカエデを使おうと思う」

緻密で弾力性があり、木目がおとなしい。

礼子に手伝って貰い、工房へと運び込んだ仁はさっそく加工に取りかかった。

これも 分離(セパレーション) と 接合(ジョイント) がメイン、それに加えて 成形(シェーピング) の出番である。

エルザは真剣な目つきでそれを見ていた。

大きいだけで工程は単純、たちまちキングサイズのベッドが出来上がる。かなり大きい。

木には、先代が用意してくれていたニスを塗って仕上げとなる。防虫防腐効果が期待でき、人体には無害。これも、工学魔法を使い、均一に塗布するわけだ。

「『 塗布(スプレッド) 』」

均一に染み込ませる魔法。これも均一に、というイメージが大切である。

最後に『 仕上(フィニッシュ) 』で表面を磨き上げて完成だ。

エルザは尊敬の目つきで一連の作業を見ていた。

「ジン兄、前に、モフト村で凧揚げをした時、糸巻きを作ったのもその魔法?」

思い出したように尋ねるエルザ。作るところは見ていなかったのだ。

「ああ、そんなこともあったな」

「……少しでも、ジン兄に追いつきたい」

そう言って真剣な目をしたエルザを見て、仁はあることを思いついた。

「……エルザ、本当に、 魔法工作士(マギクラフトマン) …… 魔法技術者(マギエンジニア) に、なりたいのか?」

「うん、なりたい」

仁の問いにエルザは即答した。

「ジン兄みたいにいろいろな物を作って、人の役に立ちたい。魔法は人を幸せにするためのもの。支配するためのものじゃないと思う」

それは、エルザなりに考えて出した結論だったのだろう。

「よし、わかった」

仁は素材棚から小さい 魔結晶(マギクリスタル) を2個取り出すと、

「『 知識転写(トランスインフォ) 』レベル3」

その1つに自分の知識の幾ばくかをコピーした。

「エルザも 知識転写(トランスインフォ) を使えたな。この 魔結晶(マギクリスタル) には、基本的な『科学』知識などが詰まっている。これを読み取ってごらん」

空の 魔結晶(マギクリスタル) と知識の詰まった 魔結晶(マギクリスタル) とをエルザに手渡す仁。エルザは手の中の 魔結晶(マギクリスタル) をまじまじと見つめた。

人から人への直接的な 知識転写(トランスインフォ) は、基本的に出来ない。個人個人の魔力パターンが異なっているからだ。

しかしこうして一旦 魔結晶(マギクリスタル) に転写したものを自力で別の 魔結晶(マギクリスタル) に転写し、それを読み出すことなら可能。

「……ジン兄の……知識」

「ああ。といっても、初級篇、だからな?」

「わかった。やってみる。…… 知識転写(トランスインフォ) 」

魔結晶(マギクリスタル) に 魔導式(マギフォーミュラ) が浮かび上がり、もう1つの 魔結晶(マギクリスタル) に吸い込まれていった。

「そうだ。出来たな。そっちの 魔結晶(マギクリスタル) は、もうエルザなら直接読み取る事が出来る」

自分の知識を転写した 魔結晶(マギクリスタル) はエルザから返して貰い、『 消去(イレーズ) 』する仁であった。

エルザはもういちど手中の 魔結晶(マギクリスタル) を見つめ、 知識転写(トランスインフォ) を発動させた。