軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

11-28 皇帝

広い堀割に架かる橋を渡り切ると、窓から見える風景が一変した。

「おお、面白い」

思わず仁は声を漏らした。

ロイザートには水路が縦横に通って、予想通り交通や運送に使われていた。

水路の上に跨って建っている家もあり、なかなか興味深い。礼子は仁のそうした呟きを聞き、参考資料になると思い、風景などの情報を老君に送り続けている。

仁は実際に見たことはないのだが、江戸の町とイタリアのベネチアを足して2で割ったような街という印象を持ったのである。

だがその水路も、街の中心部に近づくにつれ本数が減り、中心に建つ皇城を取り囲む内堀に繋がっていく。

もちろん途中には幾つも水門があって、簡単には城に近づけないようになっている。

「内堀は10メートルくらいか……」

なんとなく東京にある皇居を思わせる。

橋ではなく、堀の無い部分が1箇所だけ皇城正面にあって、一行はそこを目指して進んでいった。

手前には近衛騎士隊がずらりと並んでおり、手前で停止。そこで初めて馬車から降りることになる。

内堀の中が完全なる宮城ということだろう。

馬車は全て手前にある広い駐馬車場に駐め、馬は担当の者がいる厩舎に預けることになる。仁のゴーレム馬を除いて。

ゴーレム馬は、感嘆の眼差しをもって受け入れられた。

「ジン殿、貴殿はこちらの馬車にお乗り下さい。レーコ嬢もどうぞ」

屋根のない、送迎用の馬車が3台やって来ていた。

ラインハルトは先頭の馬車、仁は2台目の馬車だ。3台目は荷物用らしい。仁は手荷物を預けた。

きれいな石畳の上を3台の馬車が進んでいく。

頑丈そうな門を抜ければ宮城である。

「おお……」

場所柄、大声を上げるわけにはいかなかったが、思わず声が漏れてしまう。

そこには300年の歴史を誇るショウロ皇国宮城があった。

ショウロ皇国宮城。

それは花崗岩で出来た、3階建ての城である。高さよりも横幅が目立つ。

尖塔のようなものは無く、イメージ的にはごつい洋館、と言えば近いだろうか。

騎士、兵士に守られたその城へ、仁たちは足を踏み入れたのである。

* * *

ラインハルトはマテウスと共に復命に行き、仁は応接室に留め置かれた。

仁には2名……男性の執事1人と女性の侍女1人が付いている。

「どうぞ」

出されたお茶の香りを嗅ぎ、仁はおや、と思った。どことなく懐かしい香りだったからだ。

一口飲んでみる。

「……ほうじ茶?」

かなり近い味であった。それで、そばの2人に聞いてみる。

「このお茶って、ショウロ皇国の特産なんですか?」

それに答えたのは執事の方。

「はい、ショウロ皇国南部の特産品でございます」

「製法は知ってますか?」

再度そう聞いた時の反応が、

「……それをお話してよろしいかどうかは私には判断しかねます」

であったので仁はそれと察する。特産なら、秘伝のようなものがあるのだろう。おいそれと外国の人間に話せないということだ。

「わかりました。これは俺の独り言です。若い葉を摘んで、蒸してから乾かす。それを再度、香ばしい匂いがするまで加熱したお茶」

そう言った所、執事の顔色が変わった。

「な、なぜご存じなのですか!?」

「……やっぱり。いえ、俺の故郷のお茶と良く似ていたもので」

そう仁が答えると、執事は落ち着きを取り戻した。

「そうでございましたか。お客様は優れた 魔法技術者(マギエンジニア) と伺っておりましたが、お茶のことまでご存じとは」

院長先生がお茶好きだったのでその蘊蓄を聞かされていただけのことなのだが、それは口にはしない。

「もしかして、葉を摘んですぐに加熱して作るお茶もあったりします?」

代わりに緑茶はないのか、という意味の質問を投げかける仁。

お茶の葉というのは、含まれる酵素で自然に酸化発酵する。乱暴ないい方をすると、発酵するにまかせたものが紅茶、摘んですぐ加熱して酵素の働きを止めたものが緑茶である。

「そ、そんな事まで! それは100年ほど前に考案された『緑茶』の製法です!」

あ、やっぱり緑茶あるんだ、と、仁は嬉しくなった。

蓬莱島で栽培されているお茶は、カイナ村産の『もどき』であるから、やはり若干味の違いを感じていた。

それが、ここのお茶は『そのもの』だったのである。

「おかわりもらえますか」

注がれたお茶を飲み干した仁がそう言うと、侍女はいそいそとしてもう1杯注いでくれた。

「あー、うまい」

そう言いながら仁が飲んでいると、侍女は嬉しそうな顔をした。

「彼女の実家はお茶農家でしてな。美味しいと言っていただいて喜んでいます」

執事がそう言うと、侍女は顔を赤くした。それにしても無口な侍女である。口をきくのを禁じられているのかもしれない。

「やっぱり暖かい地方で栽培されているんですか?」

「よくご存じですね、その通りです。このロイザートあたりは栽培の北限ですね」

この分だと、米もあるかもしれない、と仁は思いきって尋ねてみることにした。

「あの、ショウロ皇国特産の穀物ってありますか?」

まずは導入部。

「はい、ございますね」

「えーと、麦でなく、豆でもなく、湿地で栽培するのに向いていて、実ると穂が垂れ下がるような……」

と言ったら、またもや執事は目を剥いた。

「どこからそれを!? 南部でのみ栽培される『 禾(のぎ) 』のことでしょう!?」

米らしきものがある、と知った仁は更に嬉しくなった。絶対に苗を入手する! と決心。

「ああ、それでしょうね。それを使った料理は……」

そこまで仁が質問しかけた時、ドアが開いた。やって来たのは若い騎士。

「ジン様、おいでください。皇帝陛下がお会いになるそうです」

仁は礼子を伴って廊下を歩いていた。

礼子を連れて行くことに関しては何も言われなかったからだ。また、置いていくと言っても礼子が承知しなかっただろう。

「皇帝陛下は優秀な方に会うのがとてもお好きです。でも、入室したら、陛下が良いと言われるまで、視線を下げていることです。許し無く顔を上げたりしないよう注意して下さい」

それ以外には礼儀作法などの注意はなく、不敬にならなければ、自分なりの作法で良いと説明してくれた。

そして案内されたのは執務室。頑丈そうな木製の2枚扉が付いており、両脇に兵士が立っていた。

「ジン様です」

案内の騎士がそう言うと、兵士は扉横に付けられた紐を3度引く。呼び鈴のような物らしい。

すると中から扉が開けられた。

「どうぞ、お入り下さい」

との声に、付き添いの騎士に促され、仁と礼子は中へと歩み入る。

「ようこそ、ジン」

そこにはラインハルトがいた。そして、最奥には大きく重厚な机があり、その奥に座っているのがショウロ皇国の皇帝陛下であろう。

「陛下が、是非、じかに話を聞きたいと仰せられてね。さあ、奥へ進みたまえ」

仁は自分ができる精一杯の敬意を表す動作として深いお辞儀をし、それから足を進めた。

1歩、2歩。7歩で皇帝の前にやってきた。視線は足元を見つめたまま。顔は上げていない。

「異国の 魔法工作士(マギクラフトマン) 、ジン・ニドーです。エゲレア王国の 名誉魔法工作士(オノラリ・マギクラフトマン) であり、先日我が国の 魔法技術者(マギエンジニア) 互助会(ギルド) の名誉会員となりました」

ラインハルトが仁を紹介する声が響く。

「歓迎いたします。ジン・ニドー殿。顔を上げて下さい」

声が掛けられ、仁は顔を上げ、皇帝陛下を初めて拝することになった。

そして驚く。

「ようこそ、ショウロ皇国へ。私がショウロ皇国皇帝、ゲルハルト・ヒルデ・フォン・ルビース・ショウロです」

ショウロ皇国皇帝は女性……女皇帝だったのだ。

「ふふ、驚いていますね。初めて私を見た者はみな驚きます。いいのですよ。私は先代皇帝の妹に当たります。そして先代の忘れ形見であるエルンストが成人し、皇位を継ぐまでの繋ぎの皇帝なのですから」

と、内情まで打ち明けたことに仁は驚く。

「ふふ、また驚いていますね? 我が国の国民はみんな知っていることですもの。ただ対外的には知らせていないので、外国の方は知らない人の方が多いでしょうね」

そう言ってにっこりと笑う。仁はその顔に魅せられてしまった。

と言っても、恋愛感情ではない。

目の前の女皇帝は 齢(よわい) 40前後、黒っぽい焦茶色の髪に淡い茶色の目で、小柄。

それはまるで、

(院長先生……)

仁の育ての親と言っていい、二堂孤児院の院長先生に良く似ていたのだ。

もちろん似ているといっても顔立ちは異なる所もあるし、院長先生は白髪であった。が、そのおっとりとした話し方や、優しい眼差し、そして何と言っても纏う雰囲気が。

仁がそんな感情を抱いているとは知らず、ゲルハルト・ヒルデ・フォン・ルビース・ショウロ女皇帝は続ける。

「ラインハルトから聞きました。あなたは素晴らしい 魔法技術者(マギエンジニア) だそうですね。ハタタの町では深い井戸から水を汲み上げるポンプという道具を造り、アンベルクでは掃除機なる魔導具を。それにとどまらず。顕微鏡、ですか? まで……」

「お恥ずかしい限りです」

仁がそう謙遜すれば、女皇帝は誰もそうは思いませんよ、と言った。

「ラインハルトの話ですと『科学』なる学問をご存じとか。もしよろしければ、その一端なりとも我が国に伝授していただければと思います」

そこで女皇帝は言葉を切った。

「私としたことが、少し性急になってしまいましたね。……ジン殿、我が国をゆっくりと御覧になって下さい」

そう言ってラインハルトを指差す。

「ラインハルトは今年一杯、通常公務から外します。そしてジン殿の饗応役を務めさせることにしました」

そう言われたラインハルトは無言で頭を下げた。外交官としての役目を果たした後の休暇と、ベルチェとの結婚式も考慮されているのだろう。

「お気の済むまで、我が国を見ていってください。良い所も、悪い所も。そしてその上で、我が国の事を少しでも好きになっていただけたら」

女皇帝は仁の目を見据え、

「あなたの知識、その欠片でも結構です。この国の、この国の国民のために、その力をお貸し下さい」

と言ってわずかではあるが頭を下げたのである。