作品タイトル不明
11-06 一旦仁が
「ベーレ!」
隣にいた少女が倒れたのに気が付き、慌てて助け起こすバロウ。
仁も見ていられなくなり、2人に駆け寄った。
「熱があるじゃないか」
バロウが抱き起こしたベーレの顔が赤かったので、その額に仁が手を当てると、火のように熱かったのである。
ベーレはもう意識が朦朧としているようで、呼吸も浅く、不規則である。
「ベーレ! ベーレ!」
抱き起こしているバロウは意識を呼び戻そうとその肩を揺さぶって必死に呼びかけるが、ベーレはただがくがくと頭を揺らすだけ。
何やら考えていた仁はゆっくりと立ち上がると、
「ラインハルト、この2人は俺に任せて貰っていいか?」
と問うたのである。
(「ああ、それはかまわない。ジン、連れていくのか?」)
ラインハルトは仁にだけ聞こえるような小声で返事をした。同じく小声で仁も答える。
(「うん、見てられないし、俺にも責任の一端くらいはあるからな」)
(「そうか。……関所を通過してしまってショウロ皇国に入れば、通過許可証なんて用無しだし、身分証明だっていらない」)
最後の一言は、仁がこれから何をしようとしているのか、薄々勘付いているかのような発言であった。
「わかった。じゃあ俺は今夜も馬車でいいや。明日はまた8時かい?」
これはみんなに聞こえるような声。それに答えるラインハルトも同様、
「ああ。8時になったら馬車を出す。……じゃあマテウス、行こうか」
と言い残して歩みを再開した。マテウスは慌ててそれに続き、その肩を掴んで尋ねた。
「ラ、ラインハルト、いいのか? ジン殿は?」
「ああ。今夜はセルロア王国で過ごす最後の夜だ、ぱーっといくか?」
ラインハルトはそう言いながら、ちらと後ろを振り向き、仁に目配せをした。
仁は親指を立ててそれに答えたのである。
* * *
「しっかりしろ! ベーレ!」
意識の戻らない少女を抱え、途方に暮れるバロウの肩を仁は叩いて、
「君、ともかくその子をそのままにしておいちゃいけない」
「え!?」
バロウは顔を上げて仁を見た。
「さっきの貴族様と一緒にいた人?」
ようやく仁がいることに気が付いたようだ。仁は頷く。
「ああ。そして彼から君たちを任された。どうする? 一緒に来るかい?」
「は、はい」
もはや藁にも縋る思いで、バロウはベーレを抱きかかえて立ち上がろうとした。が、その足がよろける。
「やっぱりな、君も体力の限界に近いようだな。礼子、女の子を抱いていってくれ」
「はい、お父さま」
「お父さま!?」
実際は21歳だが、童顔のためどう見ても仁は20前に見える。その仁を、12、3歳に見える女の子が『お父さま』と呼んだことにバロウは驚いた。
そんなバロウを尻目に、礼子は軽々とベーレを横抱きにして持ち上げた。そして馬車へ向かってすたすたと歩いて行く。
「あ、ま、待ってください!」
仁にも置いていかれそうになり、慌ててバロウは後を追った。
縺れる足を懸命に動かして、バロウは仁たちの後を追った。
(信用出来るのかどうかなんて分からない。でも、もう自分たちには、後がないんだ……)
バロウの頭の中を巡るのはそんな思いだけ。それだけを頼りに、気力だけで進む。そしてついにそんなバロウにも限界が訪れる。
仁が乗り込んだ一風変わった馬車。その手前で、バロウも気が遠くなってしまったのである。
「あー、こっちも限界だったか」
振り返った仁は、悪い事をした、と頭を掻いた。
昨日ガニーズで見た、足が悪い振りをして施しを貰う子の印象が強かったので、仁は彼等を試すようなことをしてしまったのだ。
「礼子、それじゃあ順に運んでくれ」
* * *
「おかえりなさーい、おにいちゃん!」
「ただいま」
仁はカイナ村に帰ってきていた。お土産はなし。何せまだ仁は街中へ一度も足を踏み入れていないのだから仕方ない。
今は夜の6時。トスコシアとカイナ村の時差は2時間くらい、仁が作業場の地下室から顔を出した時、ちょうどマーサ宅では夕食を終えたところだった。
「で、あの2人をしばらく頼みたい、って言うんだね?」
今、仁はマーサ、ミーネ、エルザ、ハンナらとマーサ邸の食堂で話をしている。
2人は仁の家2階の居間に布団を敷いて寝かせておいた。
「はい。できれば、エルザとミーネに面倒をみて貰えると」
そう言ったらエルザが、どうして? と言う風に首をかしげた。
「あの2人、ショウロ皇国出身だって言ってたんだ」
仁は、簡単に2人との出会いを説明する。
「そうですか、仕えていた貴族が没落して、解雇されたというんですね」
「そうなんだ。国に帰りたくても関所が通れなくて、ラインハルトに泣き付いたんだよ」
仁がそう言ったところで、エルザが口を挟んだ。
「で、ライ兄はなんて?」
「通行許可証がないなら無理だ、ってね。で、俺が任された」
簡単に仁が答えると、エルザはちょっと残念そうな顔で言った。
「ライ兄、冷たい」
「はは、そうでもないさ。『関所を通過してしまってショウロ皇国に入れば、通過許可証なんて用無し』だって言ってたぞ」
「?」
そう言われてもエルザは理解できなかったようだ。仁は更に説明を加える。
「つまりな、当面俺が預かって、ショウロ皇国に入ってから向こうに連れてきてくれ、ということさ」
「……それならわかる。でも、ジン兄とライ兄は、そんなやりとりで通じるの?」
「うん、まあ、なんとなく、な」
「……そう」
エルザの目が妖しい。仁はその目つきに憶えがあった。人形愛の趣味があるのではないかと疑っていた時だ。まさかマテウスに続いてエルザも同じ疑惑を……?
「そ、そういえば、エルザはマテウスの事どのくらい知ってる?」
なんとかエルザの気を逸らそうとする仁である。
「よく知ってる。小さい頃良く遊んでくれた。ライ兄のフィアンセ、ベルチェさんの兄」
「あの人って、地質とか鉱物とか好きなんだってな」
それはエルザも知らなかったらしい。
「え? そう、なの?」
「ああ。トスコシアの城壁が砂岩だったからあそこが海の底だったって言ったら食い付いてきた」
「海の底? なに、それ?」
「ジン、どういうことだい? 陸地が海の底だって? わけがわからないよ」
エルザだけでなく、それまで黙って聞いていたマーサも聞いてきた。仁は、ああ、やっぱり知識欲って言うのはみんな持っているんだなあ、とあらためて実感する。
「えーっとな、砂岩って言うのは川とかが運んできた砂が海の底に積もって……」
マテウスに説明した内容をもう一度繰り返す仁。
「……へえ」
「……なるほど」
「……そうなんですか」
「?」
ハンナ以外は理解してくれたようだ。
「ジンって、ほんとに、いろんなこと知ってるねえ。感心するよ」
と、マーサが言う。仁は内心、
(こういう雑学的な話をするのもいいな)
等と考えていた。仁自身でなく、仁の知識を転写したゴーレムか 自動人形(オートマタ) に話させるという手もある。
その時。
「お父さま、2人とも気が付きました」
バロウとベーレの容態を見ていた礼子がそう言った。