作品タイトル不明
11-05 国境の街
トスコシアはショウロ皇国にほど近い街で、セルロア王国では『国境の街』という通称で呼ばれている。
というのも、ショウロ皇国とセルロア王国は長い国境線を持つにもかかわらず、ショウロ皇国へと通じる街道は一つしか無く、その唯一の玄関口にあたるから、国境の街、で通じるというわけだ。
トスコシアから北は山脈が、南は大河が両国を隔てている。
そして両国はそれぞれ広大な面積を持つ上、人口が少ないという共通の事情も抱えており、なおかつ文化の違いも影響して、国家間交流にはあまり熱心ではなかったのである。
「まあ、先代皇帝がそれではいかん、とおっしゃって、多少の変化はあったんだけどね」
トスコシアに向かう馬車の中でラインハルトは仁にそう説明した。
「外交官という立場上、あまり詳しい国内事情を話すわけにいかないのが残念だ」
「おい、2人とも、トスコシアが見えてきたぞ」
馬車の外からマテウスの声が掛かった。
「お、そうか。ジンは初めてだろう? 見てみるといい」
ラインハルトにそう言われ、仁は正面窓から外を見た。
「おお、すごいな」
トスコシアは国境の街ということで、警備用の砦が隣接している。だが、その砦よりも砦っぽい、といえばいいのだろうか。
北側の山が南に向かって低くなりきった場所に、小さな岩山が盛り上がっている。その岩山を削り、くり抜いて作ったのがトスコシアであった。
そこから1キロほど離れた砦は、普通に石材を組み合わせて作ったため、四角い外観であり、どこにもあるようなありふれた砦だ。
だが、トスコシアはちょっと他では見られない。オーストラリアのウルル(エアーズロック)を小さくして、その周囲を残してくり抜いたような外観である。
「なるほど、これは有名になるわけだ」
仁もこれには感心した。
やがて一行は速度を落とし、指定された駐馬車場に馬車を駐めた。
馬車から降りてみれば、トスコシアの威容が更によくわかる。
仁は、足元に転がる岩の欠片を拾い上げ、街を造る岩と同質なのを確かめた。
「砂岩、か。大昔ここは海の底だったんだなあ」
思わず口から漏れたその呟きを、ラインハルトが聞きつけた。
「何? ジン、今、何て言った?」
「え? 大昔ここは海の底だったんだなあ、ってさ」
「どうして一目見ただけでそんなことが分かるんだ?」
ラインハルトは興奮気味である。
「何故って、これが砂岩だから。これは砂が海底に厚く積もって出来た岩だ。それがこんな陸地にあるから感心したんだよ」
そう言って仁は、トスコシアの街を指差した。
「ほら、あの横縞模様。あれが何よりの証拠じゃないか」
仁は簡単に説明する。
砂は川などから運ばれてくること。
その際、積み重なる礫・砂・泥などは重さによって運ばれ方が変わるから、岸に近く、また底の方に礫が堆積し、順次砂・泥の順に層ができること。
陸地は永遠のものではなく、高くなったり(隆起)低くなったり(沈降)することなど。
もっとも、高校レベルの地学知識であり、地球での話なので、100パーセントこの世界に適用出来るかは不明だが。
「なるほどなあ。それも『科学』ってやつかい?」
「ああ、これは科学の中で『地学』って分野だ」
その時、それまで黙ったまま仁の説明を聞いていたマテウスが口を開いた。
「ジン殿!」
それがあまりにも大きな声だったので、仁当人だけでなくラインハルトも驚いた。
「すばらしい! ジン殿の説明は長年の疑問に答えを与えてくれた! 『科学』ですと? すばらしい学問だ!」
「……マテウス?」
ラインハルトもこれだけ興奮しているマテウスを見るのは初めてだった。
「……いや、申し訳ない。ラインハルト、興奮して済まない」
落ち着きを取り戻したマテウスはそう言って詫びを入れた。
「だが、君は知らないだろうが、このマテウス、小さい頃は学者になりたかったんだ。ほら、トスモ湖のほとりで、石になった貝を見つけたことがあったじゃないか。あの時から、どうしてこんなものが出来たのか、あるいはここにあるのか、知りたくてたまらなかった。だが、周りの者は誰も教えてはくれなかった」
トスモ湖はラインハルトやマテウスの実家のそばにある巨大な湖である。
「ある者は魔法で石にされた貝だと言うし、またある者は石のような貝だと言う。だが俺にはどちらも正しいとは思えなかった」
「貝の化石ですかね?」
仁が横から口を挟んだ。
「カセキ? ……石と化した、という意味なのかい? それじゃあやっぱり、魔法で石にされた貝なのか?」
「いえ、違いますよ。それなら、貝の中身も残っていないとおかしいでしょう? その石の貝には中身はなかったんじゃないですか?」
「た、確かにそうだ。見たところ、貝の中身はやはり石だった」
仁はそれを聞いてやはり、と頷いた。
「おそらく、中身は軟らかいから、長い年月の間に置き換わったんでしょう」
「長い年月か。1000年くらいかな?」
「いえ、何千万年、もしかすると何億年」
仁がそう言うと、マテウスだけでなくラインハルトも驚いた。
「そ、そんなにか!」
そして自分の言葉にはっとするマテウス。立場を思い出したとみえ、背筋を伸ばし、咳払いを一つする。
「こほん、もっと貴殿の話を聞いていたいが、まずは宿へ行くとしよう。部下が申請を済ませているはずだから、すぐに街に入れるはずだ」
そう言って、先頭に立ち、街の入り口へと向かった。
仁とラインハルト(と礼子や、ラインハルトの執事、侍女たち)もそれに続いた。
その時である。
「貴族さま! お願いがあります!」
との声と共に、土下座した者があった。
(土下座ってやっぱりあるんだ)
などと、仁は見当外れの事を考えていたが、『貴族さま』と呼ばれた当のラインハルトは面食らっていた。
「君たちはショウロ皇国の住民かい?」
土下座、と言う習慣は、セルロア王国、エゲレア王国、クライン王国、フランツ王国、エリアス王国などの小群国にはない。ショウロ皇国独自の礼法である。
「はっ、はい! 僕はバロウ、こっちはベーレと申します」
バロウと名乗ったのは14、5歳に見える少年。その隣で頭を下げたままのベーレはやはり同じくらいの少女だった。
「僕とベーレは、ボロロンで貴族様にお仕えしていたんですが、先日その貴族様が粛正されまして、職を失ったんです」
それを聞いた仁はぎくりとした。おそらく、 統一党(ユニファイラー) 絡みで、セルロア王国首脳部が下した改革の一つだったのだろう。
だがその結果、職を失った者もいたのである。この事は、老君を通じて、 懐古党(ノスタルギア) にきちんと対処させる必要がありそうだ。
が、今は目の前の二人である。
「僕は執事見習い、ベーレは侍女見習いでした。ですから大抵のお仕事は出来ます! どうか、一緒に祖国へお連れ下さい!」
「うーん……」
ラインハルトは難しい顔だ。
「君たち、関所の通過許可証は? 無いんだな?」
それは質問と言うよりも確認。
「……はい……」
それまでずっと顔を上げていたバロウも項垂れた。
「やはりな。だから、貴族の従者として関所を通過しようと思った訳か」
「で、でも! 僕とベーレは間違いなく、ショウロ皇国出身で! 家だってちゃんと!」
必死さが伝わってくるような顔で、バロウは食い下がった。だがラインハルトは冷静だ。
「実家はどこなんだ?」
「マギルーツです」
「ふむ、クライムヒルデの隣の町か」
「い、いえ! 違います! モントの北にある町です!」
するとラインハルトはにやりと笑った。今の質問は引っかけだったらしい。更に続けてラインハルトはバロウに、
「そうか。『ダーハイム イスト ダーハイム』と言うからな」
と言ったのである。仁は一瞬何の事か分からなかったが、
「はい、家が一番です」
とバロウが答えたのを聞いて、何かショウロ皇国の者ならわかるような言葉だったんだろうと見当を付けた。(事実、それは『我が家が一番』と言うようなことわざであった)
「ふむ、君がショウロ皇国出身であることは間違いなさそうだ。だが、我々も帰国を急いでいてね」
2人の通関許可を得るまでここで足止めを喰らうわけにはいかない、とラインハルトは答えた。
「そ、そんな! お願いです、何でもします! ですから!」
バロウがそう言った瞬間、隣で頭を下げっぱなしだったベーレが、音もなくくずおれた。