軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

10-31 好きだから

春4月も終わり、夏が近づく5月となった。今日はその2日。

「はい、これが文字です。A、B、C。読んでみましょう」

「えぃー、びぃー、しぃー!」

今日はミーネとエルザの勉強会の日である。

ぼんやり横で聞いている仁は、あらためてこの世界のアルファベットが地球のそれと良く似ていることを思っていた。

(まあ、俺だけじゃなく、大昔に召喚された人間がいたのかもなあ)

考えても答えは出ないので、仁は昨夜話したラインハルトとの通話を思い出す。

『セルロア王国首脳部もようやく機能するようになったらしく、やっと通行許可が更新されたよ。久しぶりに馬車に乗った』

「よかったな」

『ああ。ベスやドリーも早く家族に会いたいだろうしな』

「ラインハルトもだろう?」

『はは、まあな。1年以上祖国を離れていたのだから、郷愁の念はみんな同じだよ』

「明日はどこ泊まりだっけ?」

『朝ここフォルトを発って、おそらくボロロンまで行く。みんな旅の再開を待ち望んでいたから元気なものだ』

「こっちはいろいろあってな、クライン王国の辺境にある村を租借地として向こう50年間借り受けることになった」

『何だか面白そうだな』

「ああ、実は……」

そんな会話である。

(ショウロ皇国か……行ってみたくもあるがなあ)

一所懸命に字の練習をしているハンナを見ていると、また旅に出るとは言い出しづらい仁であった。

そんな仁に、エルザは何か感じていたようである。

勉強会が終わり、エルザはハンナと手を繋いで帰る、その道すがら。

「ハンナちゃん、ジン兄のこと、好き?」

「うん、おにーちゃん、だいすきー!」

エルザとハンナは仁の話をしていた。

「そう。私も、好き」

「いっしょだねー!」

「あのね、ハンナちゃん。ジン兄が旅行に出掛けること、どう思う?」

「えー、やだー。さびしいもん」

当然の答えが返ってきた。

「うん、そうね、さびしい、ね。でもね、この前、3人でお出掛けして、どうだった? 楽しくなかった?」

「たのしかった!」

エルザは頷いて、ハンナの頭を撫でる。

「そう、ね。楽しかったね。で、ね。ジン兄は、行きたいところがあるの」

「おにーちゃんが?」

ハンナは足を止めて、エルザの顔を見上げた。

「そう。ジン兄は、ショウロ皇国という国を見に行くのを楽しみに、していたの」

「…………」

しゃがんだエルザは、俯いたハンナの顔を見上げるようにする。

「ジン兄が好きなら、ジン兄のやりたいこと、させてあげよう?」

返ってきたのは沈黙。たっぷり3分間ほどそうやっていた2人だったが、ついにハンナが口を開いた。

「……うん」

エルザはハンナを抱きしめた。

「ハンナちゃん、えらい、ね。良く決心したね」

そう言いながら、潤んだ目をしたハンナの背中をさする。

「でも、大丈夫。ジン兄なら、ちゃんと、時々帰ってきてくれるから」

「うん、……そうだね」

* * *

その日の午後、仁は蓬莱島で、昨夜のうちに設置された監視用の 魔導監視眼(マジックアイ) を確認していた。

「ふんふん、これなら、少なくとも人間が攻めてきた場合は十分に対処する時間を取れるな」

本来のカイナ村エリアから最長で10キロ、最短でも2キロ離れた場所を監視出来ていた。

「監視専用の補助頭脳を作っておくか」

老君の小型版、のようなものである。機能的には老君の100分の1程度であるが、人間でいったら100人分くらいの処理能力はあるはず。

一度老君を作った経験もあり、それは30分ほどで完成。

「起動」

『よろしくお願いいたします、お館様』

「よし、お前は『 庚申(こうしん) 』と呼ぼう」

このネーミングには複雑な背景があった。

仁が昔読んだマンガで、

『人間の体内にいる虫が、 庚申(かのえさる) の夜になると身体を抜け出して天帝にその宿主の悪事を告げる。天帝はそれによって寿命を削るので、虫が抜け出さないように庚申の夜は眠らないでいる』

という民間信仰が書かれていたのを憶えていたのだ。うろ覚えだったが、仁はその『監視する』という1点から、『 庚申(こうしん) 』と名付けたのである。

『はい、今より私は庚申です。お館様の御為に監視業務をあい務めます』

「頼んだぞ」

そして仁がカイナ村に戻ったのは午後3時前。

2階の書斎に行くと、ハンナが待っていた。

「おにーちゃん、おかえりなさい」

「ん、どうした、ハンナ?」

俯いてもじもじしていたハンナだったが、やがて顔を上げると、きっぱりとした口調で言った。

「おにーちゃん、行きたいところがあったら行ってきていいからね?」

「え?」

いきなりのことに仁も面食らっている。

「このまえのおでかけ、すっごくたのしかった。おにーちゃんも行ってみたいところ、あるんでしょ? なら、行ってきていいよ。あたし、いい子でまってるからね」

「ハンナ……」

確かに、昨夜ラインハルトと話をしてからというもの、ショウロ皇国へ行ってみたい気持ちが膨れ上がってきてはいた。

それをハンナに気づかれたのか、と仁は思ったが、すぐに、エルザだな、と思い当たったのである。ショウロ皇国へ行く予定を知っているのはエルザとミーネだけだからだ。

だが口には出さない。代わりにハンナの頭を撫でる。

「ありがとな。それじゃ、近いうちに出掛けるかも知れない。でも、時々戻ってくるよ。約束する」

「うん!」

仁が時々戻ってくる、と約束してくれた。それだけでハンナは嬉しかった。

そんなハンナが愛おしくて、仁は長々とハンナの頭を撫で続けていたのである。

* * *

その日の夜、ラインハルトからの定時連絡。

『ようやくボロロンに着いたよ』

「良かったな。俺も明日あたり、そっちに行くかも知れない」

『何? ジン、大丈夫なのか?』

「ああ、俺一人だけどな。エルザはまだ無理だろう?」

『うむ。フリッツは元に戻ったようだが、実家の方はまだわからないからな。ああ、そうそう。エルザ付きだったアドバーグとヘルマンを見つけて、保護したよ』

「アドバーグは執事で、ヘルマンは護衛だっけな。あと一人は?」

『下男のオットーは不明だ。ヘルマンに聞いたところ、解雇された時、すぐに別れて別行動したと言ってるから、ショウロ皇国に帰らない気かも知れない』

「そうか、仕方ないな」

『エルザは元気にしてるんだろう? それがわかればいいさ』

「ああ、今度は俺一人で馬車を飛ばして追いかけるよ」

『わかった。明日は多分ガニーズ、そして明後日はトスコシアだ。トスコシアまでには追いついてくれよ?』

「まかしとけ」

『はは、ジンならそう言うと思った。それじゃあ、再会を楽しみにしてるよ』