作品タイトル不明
10-29 オーナー仁
馬車が出たのは、崑崙島の館ではなく、館前広場端に建てられた車庫、その中に設けられた 転移門(ワープゲート) であった。
「いつの間に作ったんだ……」
仁はそう呟いた。仁がこの前崑崙島に来たのは26日、今日は30日。そんな短期間で老君はいろいろな施設を整備しているようだ。
そのことについては後ほど褒めるとしよう、と、仁はエルザ、ハンナと共に馬車を下りた。
「わあ! ここ、おにーちゃんのおうちだ! すごいすごい! どうなってんだろう?」
ハンナは一瞬で場所が変わった事に驚いている。
「ハンナちゃん、ジン兄はすごい。だからこんなことも出来る」
「うん! おにーちゃんはすごい!」
ハンナに何と説明しようかと仁が考えていたら、エルザが先んじてハンナを納得させてくれていた。
「よーし、カイナ村に帰るぞ」
「うん!」
今度は館の地下にある 転移門(ワープゲート) で蓬莱島へ。ここ蓬莱島でも 転移門(ワープゲート) の維持管理と警護をしているバトラーが10体に増えていた。
そして蓬莱島からカイナ村へ。煩わしいが、安全のためである。
出た場所は仁の工房の地下。
階段を勢いよく登って、ハンナは自分の家の前に出た。
「わーい、かえってきたー!」
王女に歓迎されていたが、やっぱり自分の生まれ故郷が一番らしい、そう思わせるようなハンナのはしゃぎようである。
そして家に飛び込む。
「おばーちゃーん、ただいま!」
声を聞きつけてマーサが出迎えていた。
「ハンナ、お帰り。楽しかったかい?」
「うん! あのね、おうじょさまにあったの! ふくももらったの!」
「え?」
さすがに王女、という単語を聞いて、マーサの顔が少し引き攣った。
「エルザ、お帰り」
「ただいま、母さま」
ミーネも出てきて、エルザを出迎えた。
「ジン兄と一緒だといつもとんでもない事が起こるけど楽しかった」
と報告。
仁は一番最後にゆっくりと地下から階段を登ってきた。
「お帰りなさいませ、ジン様」
「お帰り、ジン」
「ただ今帰りました」
お帰り、と言って貰える事は嬉しい事だ。自分の居場所がここにある、ということをしみじみと感じる事が出来る。
だが仁には、まずしなくてはならない事があった。
「村長さんと、マーサさんたちには話しておかないといけませんね」
「何だい? 何かあったのかい?」
仁は、村長の家で話すから、と言って、エルザ、ハンナ、マーサ、ミーネ、そしてもちろん礼子も伴って村長宅へと向かった。
「どうした、ジン?」
村長のギーベックは在宅で、仁たちを中へと招き入れた。
「報告する事がありまして」
そう切りだした仁は、ハンナたちと行ったクライン王国首都アルバンでの話をした。
リシアの剣の話やグロリアの依頼はさらりと流して、王女殿下に出会った事や、 自動人形(オートマタ) を修理した事、そして国王から依頼を受けた事。
その報酬として、カイナ村を租借地として借り受ける事が出来たと言う事まで。最後に契約書を広げて見せた。
「そ、そうなの、か」
さすがに、ギーベックもその内容に顔が引き攣っている。マーサやミーネも驚き顔だ。
「す、すると、向こう50年、この村の実質上の支配者はジンということになるのか……」
だがその言葉を仁は否定する。
「いえ、俺は支配者なんかになる気はないです。そもそも、徴兵で人手を取られたという話を聞いて思いついた事ですしね」
「……耳が早いな。確かに、一昨日、徴兵命令が届いて、ロック、ジェフ、デイブ、ハワード、リックの5人が村から連れ出された」
やはり、と仁は思った。
「でもこれでもう大丈夫です。そもそも、徴兵命令は撤回されていますし、この先はもう心配ありませんし」
「うむ、だといいのだが」
そこで村長は話を戻し、
「で、では、ジンはどうするつもりなんだ?」
と、仁が村をどうするつもりかという話題に戻した。
「別に、今まで通りでいいと思いますが……あ、もう税を納める必要は無いですからね」
「うむう、だが、そういうわけにもいかん。領地だろうが租借地だろうが、税を受け取らない支配者なんて前代未聞だぞ」
だが仁は困ったように首を振って、
「ですから、俺は支配者なんかじゃないですって。強いて言うなら、そう、一時所有者、ってところですかね」
と答えた。村長は溜め息をつく。
「呼び方を変えたところで中身は変わらんよ。でもまあ、言いたい事は何となくわかった。では、ジンはこの村の持ち主。私は代官としてこの村の村長役。それでいいのか?」
村長が理解してくれたようなので仁は喜んだ。
「はい、それでいいです」
「だが、税は取るべきだ。そしてその税で村のためにいろいろしてくれ」
仁もそう言われて、ようやく納得した。
受け取った税で、村のためになるものを作る。それが仁のあり方だ、と。
「わかりました。じゃあ、税は今まで通りとしましょう」
「うむ」
「受け取るのは俺一人ですから変な事になりそうですよ。マーサさんの家に一緒に住んで、受け取った税をマーサさんに渡して料理してもらう、なんて。その税の一部はマーサさんが納めたものなのに」
それを聞いたマーサは笑った。
「なんだい、そんなこと考えてたのかい。まったくジンらしいね!」
その笑い声を聞いた仁は、何となく力みが抜けた気がした。
「あたしゃあ、ジンが何になったって気にしないさ。たとえ貴族になったと言われてもね! ハンナもそうだろう?」
「うん! おにーちゃんはおにーちゃんだもんね!」
そう言われた仁は、なんだか目頭が熱くなる。
マーサとハンナは変わらない。
「わかりました、それじゃあ村長さん、今まで通りに村の面倒をお願いします」
「わかった。これからはジンの代官としてこの村の面倒をみるとしよう」
そう言ってギーベックは笑った。
「しかし、あのジンが、これほど出世するとはな、世の中というものはわからないものだ。いや、『ジンだから』こそだな」
「しかし、正直なところ、あたしだって驚いた事は驚いたさ」
今、仁たちはマーサの家で昼食を食べているところだ。久しぶりの家の味に、ハンナは夢中。
王宮で御馳走三昧だったものの、それと比べてもカイナ村の食生活は決して貧しくはない。やはり慣れ親しんだ家庭の味に回帰することになる程度のレベルと言える。
「まあ、税が楽になるという事は、頑張れば自分たちの手に入るものが増えると言う事だからね、やり甲斐もあるさ」
そう言ってマーサは笑った。
仁は仁で、これで本格的にカイナ村防衛網を設置する事が出来る、などと構想を練っていた。
* * *
「……ということであるから、知り置くように」
王宮では、ガァラから呼び付けられたワルター伯爵が、アロイス3世から直々に、カイナ村が領地から切り離されたと言う通達を受けていた。
「な、なぜですか! 私がどんな失敗をしたというのです! 僅かとは言え、領地を縮小されるなんて!」
国王に食ってかかるワルター伯爵。
「どんな失敗をしたか、だと?」
アロイス3世の目がぎらりと光る。
「どの口でそれを言うか。そなたの早合点と勇み足で、あれほどの 魔法工作士(マギクラフトマン) をみすみす他国に取られてしまったのだぞ!」
「そ、それ、は……」
「わかったな、以後50年間、カイナ村はジン・ニドーの租借地となる。それから、徴兵した者達は可及的速やかに村へ帰すように」
「は、はい……」
その場はそれで引き下がったワルター伯爵であるが、その目に剣呑な光が宿っていた事に気づく者はいなかった。