作品タイトル不明
10-26 租借地カイナ村
「ふむ、カイナ村とな」
仁がそう言うとクライン王国国王、アロイス3世は愉快そうに微笑んだ。
「それだけで良いのか? もっと広い領地を要求しても良いのだぞ?」
「いえ、カイナ村だからいいのです」
仁の心は変わらない。
「ふむ、それならよろしい」
アロイス3世は書記官に命じ、契約書を作らせる。
『カイナ村を、 魔法工作士(マギクラフトマン) ジン・ニドーに租借地として貸与するものとする』
これが大綱だ。
以下、カイナ村の定義とか、範囲とか、貸与期間など、細かい条文が続く。
貸与期間は本日より50年間となった。
仁が作ったようなゴーレムの相場は1体500万から800万トール。20体なら1億トールから1億6000万トール。材料費はおおよそ8000万トール。
仁の手間は、出来から言っても8000万トールは下らないだろう。
加えて剣もあるが、今回は全部で5000万トールで請け負っていた。差額は3000万トール以上。
一方、カイナ村の税収が麦で5トンとして、約45万トール、50年で2250万トールである。
褒美としての分を考慮したらどう見ても釣り合わないため、アロイス3世はもっと広い領地でも良い、と言ったのである。
更に条文が読み上げられて行く。
仁がクライン王国の利益に反する行為を行った場合はこの契約は無効となる、などの条文もあった。
当然、カイナ村内は治外法権とされる。
仁自身は書記官が読み上げる条文を全部は記憶出来ないため、礼子を通じて老君に記憶させ、同時にチェックも行わせた。
その上でやはり問題となるのは、『クライン王国の利益に反する行為』であると、礼子が小声で仁に囁いた。
「どうかな、ジン殿?」
一通り条文が読み上げられた後、パウエル宰相が仁に尋ねてきた。
そこで仁は、礼子を通じて老君から指摘された点を口にする。
「そうですね、『クライン王国の利益に反する行為』、これがやや曖昧ですね。例えば、例えばですよ、クライン王国に属するどなたかが、カイナ村周辺で問題を起こしたとして、それを俺……私が咎める、といった場合に、どこまで許されるのか、ですね」
暗に、昨年のワルター伯爵の強引な態度とそれを押し止めた仁の行為を指していると王は気づいた。
「うむ、そうだな、宰相、何か意見は?」
「はい、それでしたら、先に示した地域内を損なうような行為があった場合、地域内における自衛権を認める、というのはいかがでしょう」
難しい言葉を使っているが、カイナ村を攻撃した場合、カイナ村内での反撃は『クライン王国の利益に反する行為』にならないと言っているのだ。治外法権であれば当然と言えよう。
逆に言えば、カイナ村の外まで追いかけていく事は駄目という事でもある。
「この場合のカイナ村というのは、実質的な村ではなく、エリアとして見た時の境界線ということでいいのでしょうか?」
「具体的にはトーゴ峠より北、エルメ川と北方の山に囲まれた地域ですな」
トーゴ峠というのは納税の際に越えた小さな峠の事らしい。北方の山というのは、薬草を取りに行く山でなく、更に北にある、 百手巨人(ヘカトンケイル) のいた山の一帯を指すとのことだ。かなり広い。
簡単な絵図も加えて、曖昧な点が無いようにしたのは仁の意見だ。
他にも何点か確認する。
その段階で最後に加えられたのは、『カイナ村に属する者が、カイナ村の外で危害を加えられた場合、加害者の処罰はカイナ村側で決定する事が出来る』、というものだった。
これで老君からもOKが出たので、仁は契約書に署名し、手形を押した。
契約書は2通作られ、クライン王国と仁がそれぞれ保管する事になる。
「これで我が国とジンの繋がりが出来たわけだ」
そう口にしたアロイス3世に仁は、
「陛下、確認しておきたい事があるのですが」
「うむ、何だ?」
「フランツ王国との紛争が終了したようですが、徴兵の命令はどうなっておりますでしょうか?」
「宰相?」
仁の質問を、王は宰相に振った。
「確かに、領地を持つ貴族たちに、徴兵の命令は出しました。が、今朝、撤回しておりますので、それぞれ解散している、もしくは解散するはずです」
宰相の説明に仁は胸を撫で下ろす。カイナ村の男衆も、間もなく村へ帰れるだろう。
「それを伺って安心しました。最後に、カイナ村一帯を治めるワルター伯爵と軋轢が生じないようご配慮願います」
「わかった」
最後の条文、『カイナ村に属する者が、カイナ村の外で危害を加えられた場合』に相当しないよう、配慮してくれということである。
これで全て済んだ、と仁はほっとすると共に、カイナ村がこれで平和になると思い、嬉しくなる。
国王は国王で、
「ジンと繋がりが出来たこと、まずは目出度い」
そう言って、グラスを2つ用意させ、自らワインをそこへ注ぎ、1つを仁に勧めた。仁も素直に受け取る。
「では、これからの良き関係のために」
「良き関係のために」
「乾杯」
王女は自分が見つけ出した仁が王である父に認められた事で、宰相は得がたい人材との繋がりが出来た事で、それぞれ喜びを顔に浮かべていた。
こうして、契約手続きが全て終わった時間は午後5時半、もう1泊することになりそうである。リースヒェン王女はここぞとばかりに誘いを口にした。
「ジン、良かったな。夕食はまた 妾(わらわ) の所で摂るがいい。父上、良いでしょう? そうだ、パウエルも来るか?」
アロイス3世は微笑んで頷く。
「うむ、リース、お前が饗応役だからな、任せよう。パウエル、そなたも行くが良い」
* * *
離宮の大食堂には豪華な料理が並べられた。
参加しているのはリースヒェン王女、パウエル宰相、ボールトン男爵、グロリア女性騎士隊副隊長。
そして仁、エルザ、ハンナ、礼子である(礼子は飲食しないが)。
ハンナは王女から貰ったドレスを着ている。エルザも、王女のではないが、ドレスを1着貰い、それを着ていた。仁は 名誉魔法工作士(オノラリ・マギクラフトマン) のハーフコートである。
ハンナを除き、軽い果実酒で乾杯が行われる。ハンナだけはジュースなのは仕方がない。
「ああ、これで肩の荷が下りた気分だ」
乾杯を終えた宰相がほっとした声を漏らした。仁との繋がりが出来た事で気が楽になったのだろう。まだ何か考えているかも知れないが、その実力を知った今、仁に直接手を出すことはないだろう。
仁はエルザとハンナに顛末は簡単に説明していたが、エルザはともかく、ハンナは多分理解出来ていない。
それでも仁が褒美を貰った、というのは理解出来ているとみえ、
「よかったね、おにーちゃん」
と言ってくれた。
食事をしながら、会話が弾む。一番喋っていたのは何と言ってもリースヒェン王女だ。
「 妾(わらわ) の目に狂いはなかった!」
とか、
「いつまでもここに留まってくれて良いのじゃぞ!」
などと大はしゃぎ。
グロリアはグロリアで、
「ジン殿に作ってもらったこの剣、生涯大切にする!」
などと大げさな事を言う。
その父、ボールトンに到っては、
「ジン殿、今度、出来たらで良いから、私にも1振り、剣を作って欲しいのだが……」
と仁にこっそり耳打ちしてくる始末。(とりあえず保留にした)
こうして楽しく語らいながら、夜は更けていった。
* * *
一方、アロイス3世はというと。
「ジンの問いに宰相はああ答えたが、徴兵命令の撤回は何時なされていた?」
念のため、秘書官に確認していた。信用を大事にしたいと思ったのである。
「は、大丈夫です、間違いなく今朝、撤回命令を早馬で各地へ送っております」
「そうか、それならよい。まったく、前回は僅かな手違いから、あれほどの逸材をみすみす他国へ渡してしまったのだからな」
ワルター伯爵の勇み足を苦々しく思い起こすアロイス3世。
「それに、エゲレアにリースを嫁がせるに当たっても、よい知己が出来たというものだ」
遠交近攻、という思想で外交を勧めているクライン王国として、エゲレア王国との繋がりが強化出来るという事は望ましいことである。
リースヒェン王女が仁から聞いたところによれば、相手と考えているアーネスト第3王子はなかなか出来の良い王子らしいし、王ではなく父親として、それは喜ぶべき事であった。
「ワルター伯爵は今どうしている?」
一部とはいえ、伯爵の領地を削る事になるのであるから、きっちりと説明はしておきたい、そう思っているのだ。
秘書官はそれに答える。
「はい、ガァラで自軍の編成を行っているはずです。徴兵された兵達は間違いなく解散しているかと」
「よし、明日一番で早馬を出す、カイナ村に関する決定も伝えよう」
* * *
「老君、 魔素接続(リンケージ) の調子はどうだ?」
『はい、上々です』
その夜、ベッドの上で、仁は周りに盗聴者がいない事を確認した後、念には念を入れて礼子を通して老君とやり取りをしていた。
『少し感度を上げれば、そちらのニック1から20ですか? 彼等の見たもの、聞いたものを感じ取ることができます』
そう、仁はクライン王国を完全には信用していなかったのだ。そのための『保険』がゴーレムにはいくつも施されている。
だから、瞳にはややオーバースペックと思われる光属性の 魔結晶(マギクリスタル) を使った。
余力は全て、老君との 魔素接続(リンケージ) に回されている。そのための 魔導式(マギフォーミュラ) は微細で、しかも漢字を交えて構成してあるため、解析出来るものはいない。
風属性の発声装置も、実のところ、余力は全て老君との 魔素接続(リンケージ) に回されており、老君はその気になればゴーレムの話した事、聞いたことさえも知ることが出来る。
他にも、 制御核(コントロールコア) には、仁と蓬莱島、崑崙島、そしてカイナ村に対する攻撃ができないようリミッターが掛けられているし、いざとなった場合、老君が制御を奪い取ることも可能に構成してあった。
これは仁と礼子、老君だけの秘密である。
「あと一つ頼みがある。老君、以前俺が作ったゴーレム馬車と同じものを、明日朝、アルバン付近に届けてくれ」
仁は、翌日、おそらく見送りが付いてくるものと考え、出来る限りの誤魔化しを老君に指示していた。
「これでなんとかなるだろう……」