軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

10-15 王女の憂愁

「待たせたな」

そう言ってリースヒェン王女がやって来た。いつの間にか着替えたらしい。

「わあ、おうじょさま、きれい」

ハンナがうっとりした声を上げた。

先ほどまでの外出着ではなく、ゆったりしたドレス姿。全体の色は桃色で、白いレースがあしらわれている。

「 妾(わらわ) としてはこういう服装は好まんのだがな」

苦笑してそんなセリフを口にする王女。しかしその仕草は洗練されており、付け焼き刃ではないのが容易に見て取れる。

「まもなく夕食の仕度ができる。マナーとか気にせず、楽しんで欲しい」

「はい、ありがとうございます」

そう答えるより無い。そして間もなく、侍女2人、 自動人形(オートマタ) 2体が夕食を運んできた。

いや、運んできたのは 自動人形(オートマタ) で、それをテーブルに並べていくのが侍女2人である。

そしていかにも侍従長、といった年配の男性が部屋の隅で全体を監督している。

(あー、こっちの 自動人形(オートマタ) も大分くたびれているなあ……)

自動人形(オートマタ) の動作を見て仁はそんなことを思った。見ただけで仁にはわかるのである。

(勝手に直すわけにも行かないし)

気になるものは気になるのである。職人のサガと言えようか。

並べられた夕食は適度に豪華なもの、無駄に贅沢をしていないことが感じ取れるような献立である。

ポトフのような、いろいろな野菜を煮た小鍋が置かれている。

一口サイズのステーキに、霰に切った赤や黄色の野菜が乗り、ソースが掛けられている。

鮭のような色合いの魚を使ったマリネ。

ラスクのようでラスクでない、パンを小さく切り、砂糖を塗って焼いた物。

プレーンオムレツ。

そして生野菜たっぷりのサラダ。

飲み物にはペルシカのジュースが出てきた。

「普段 妾(わらわ) が食べているような献立じゃ。まあ、不満もあろうが、食べて欲しい」

「うん! いただきまーす!」

ハンナが真っ先に食べ始めた。仁と同様、ハンナも好き嫌いはない。エルザはコカリスクの肉が苦手なようだが、今回は出されていない。

ということで、3人とも普通に食事を楽しんでいるのだが、王女が不思議そうな顔をして尋ねてきた。

「その『いただきます』というのはエゲレア王国式のマナーなのか?」

それに答えたのは仁。

「いえ、違います。俺の家に伝わる食事前の挨拶みたいなものです」

それを聞いた王女は興味深そうな顔をする。

「ほう、ジンはかなり特殊な家の生まれのようじゃな。差し支えのない範囲でいろいろ教えてもらえると嬉しいぞ」

そんなことを言う。更に、いろいろな国のいろいろな風習、いろいろな風俗を知りたいのじゃ、と言って笑った。

仁は、生まれや育ちには触れる事はせず、王女の興味を惹きそうな話題を振る。

それはずばり、 自動人形(オートマタ) の話である。

「王女殿下は 自動人形(オートマタ) をかなりお使いになってるようですが、製作者はご存じなのですか?」

「いや、 妾(わらわ) は知らんのじゃ。父上から与えられるだけでのう」

「そうですか。お見受けしたところ、エゲレア王国製、次いでセルロア王国製が多いですね」

仁がそう言うと、ほう、見ただけでわかるか、と王女は感心する。更に、

「なんとのう、みなの動きが悪うなっておる気がするのじゃが、どう見る?」

それを聞いた仁は、この王女もわかっているな、と感じた。それで、

「仰る通りです。整備がなされていないように見受けられます」

と正直に言った。更に、整備に必要な資材や、それの出来そうな者を呼ばないといけないだろう、とも進言する。が、それは藪蛇であった。

「おお、そうなのか! 資材は今夜中に準備させる。ジン、今日はゆっくり休んでくれ。そして明日、みなを整備してやってくれ!」

横で聞いていたエルザは少し呆れる。さっきは、余計な事を言うからここに泊まる羽目になった、と言う視線を送ってきたくせに、自分はもっと余計な事を言っている。

でもそんな仁をエルザは嫌いではない。少し心配なだけである。何せ、人形やゴーレムに対する仁の愛情は並ではない事を知っているから……。

「ハンナ、それが気に入ったか。ほれ、 妾(わらわ) のも食べよ」

「わあ、ありがとう、おうじょさまー」

サラダに乗せられていたペルシカを、王女に分けてもらってご満悦なハンナ。

仁はと言えば、ペルシカ=桃なので、何故今ごろあるのかという疑問が頭に浮かんでいる。

蓬莱島は詳しい調査はまだであるが、地中の 自由魔力素(エーテル) がなにかしているようなのだが、ここクライン王国は……?

考えても答えは出ない。後で 第5列(クインタ) に調べさせようと決める仁。

仁がそんな情緒に欠ける事を考えているとは知らず、エルザの方はここにいる3人の間には、血のつながりこそ無いが、確かに自分の家族だ、ほのぼのとした感情を持っていた。

「ハンナちゃん、これもあげる」

「わあ、お姉ちゃん、ありがと!」

自分の分のペルシカをエルザも分けて上げている。そんな光景を見て、リースヒェン王女は少し羨ましそうな顔をした。

「そなたたちは本当に仲がよいのう。少し羨ましいぞ」

その呟きを聞いたハンナは王女に向かって尋ねる。

「おうじょさま、なかのわるい人がいるの?」

こんな質問が許されるのもハンナの特権か。良くも悪くも、表裏のない村での生活をしていたのだから。

その質問を受けた王女は気を悪くすることもなく、少し寂しそうに笑って答える。

「ふふ、仲が悪い、と言うわけではないのだ。ただ、仲の良い家族がいない、というだけでな」

似ているようで違う表現。エルザには見当が付いた。リースヒェン王女は、王室の中で浮いた存在なのだ。

仁も別の角度から理解した。好きの反対は嫌いではなく、無関心だ、という言葉。好かれているとか嫌われているとかではなく、無視されるというのは地味に堪えるものである。

自動人形(オートマタ) は主人を絶対に裏切らない。だがそれは 自動人形(オートマタ) の意志と言えるのか? そうあるように作られたからではないのか?

そんなことを思うと、虚しくなってしまう。 自動人形(オートマタ) に傅かれて安穏としているのは、自分だけの殻、自分だけの世界に引きこもっているのと変わらないからだ。

「殿下のご兄弟というのは……」

仁がそう言いかけると、王女は何かを察したのか、先取りして答える。

「上の兄上はエドモンド。28になられる。下の兄上はアーサー。26じゃ。上の姉上は30で、公爵家に嫁いでおる。下の姉上は22で、こちらも別の公爵家に嫁いだばかりじゃ」

「……王女殿下のご兄弟は、みな、歳が離れて、いるのですね」

エルザも兄たちとは歳が離れていたので、なんとなくわかることもあった。歳が離れていると、本当の意味で仲良くなりにくいということも世間にはままあるのだ。

「母君、は」

「母上……は、 妾(わらわ) を生んですぐに亡くなった。それもあるのじゃろう、兄上、姉上たちが 妾(わらわ) に冷たいのは」

仁は少し理解できた気がした。クライン王国の現王家は、王妃がいない。30歳の長女を筆頭に、12歳の3女まで5人の王子王女を産んだ王妃は末っ子であるリースヒェン王女出産後逝去しており、それがために王女は兄姉たちから疎まれているのではないか。

「父上だけは 妾(わらわ) に優しくして下さるが、いつもお忙しくてな……」

だが仁には何も出来ない。この聡明で元気な王女が歪まず真っ直ぐに成人してくれる事を願うばかりだ。

いや、せめて、この離宮にいる時くらいは安らげるようにしてやることは出来る、と仁は思い直した。それが 自動人形(オートマタ) による安寧だとしても。

先ほど思った事と矛盾する事に苦笑しつつ、仁は、本気で王女の持つ 自動人形(オートマタ) を修理してやろうと心に決めたのである。

そこで仁は、筆記具を借り、必要になる資材の一覧を書き出し、用意してもらえるように頼んだ。

「うむ、わかった! これだけあれば良いのじゃな。明日の朝までに用意させておくぞ!」

王女は侍女にそれを渡し、指示を与えた。

「明日が楽しみじゃ」

食事の後は、重い話題を避け、エゲレア王国の話を少し語って聞かせた。

これでも仁は、エリアス王国からセルロア王国へ抜ける、エゲレア王国の本街道を馬車で旅したのであるから。

「ほうほう、噂は聞いていたが、ゴーレム騒ぎはそれほど酷かったのか」

中でも王女が一番興味を持ったのは、ゴーレム園遊会での騒動の話。当事者だったことを巧みにぼかし、仁とエルザはあらましを語って聞かせたのである。

そのうちハンナがうつらうつらし始めたのを見て、王女は興味深い話を聞かせてもらい感謝する、と言って席を立つ。

代わって、侍女の1人が仁たちを寝室に案内してくれた。

この時の侍女は話し好きの侍女ではなく、物静かな年配の女性であった。

「お客様、本日はありがとうございました。姫様のあんなに楽しそうなお顔、久しぶりに拝見致しました」

そう言って下がっていった。

3人とも同じ部屋、とはいえ、20畳くらいもある広い部屋で、ベッドにはそれぞれカーテンが下げられていて、プライベート空間が確保されるようになっていた。

ハンナをそんなベッドの1つに寝かせたあと、仁はエルザ、そして礼子に告げる。

「思ったよりあの王女はいい子だった。明日、俺はここの 自動人形(オートマタ) を綺麗に直して帰ろうと思う」

「ん。ジン兄ならそう言うと思った」

「お父さまのお心のままに」

エルザも礼子も反対はしない。それで仁は礼子に指示を出す。

「礼子、老君に連絡を取って、修理用の素材を少しこちらに送らせてくれ」

そして必要そうな素材を数え上げていった。それらは陰ながら仁に付いている 隠密機動部隊(SP) の誰かが受け取ってくることになるだろう。

それほど大量に必要にはならないだろうが、目立たないよう手荷物に見えるように荷造りすることも指示しておいた。

「よし、全ては明日だな」

仁はそう言ってベッドに身を投げ出した。

「街見物のはずが、何だかこんなことになっちまったな」

「ううん、これはこれで面白かった」

エルザも自分のベッドに腰掛けて答える。

「ジン兄は、人間だけでなく、 自動人形(オートマタ) やゴーレムにも優しいのを知ってるから」

そのセリフを聞いた礼子は、ほんの少し、柔らかな笑みを浮かべた。