作品タイトル不明
10-13 青い髪の自動人形
「直してほしい 自動人形(オートマタ) ですか」
「そうじゃ。情けないが、我がクライン王国にはろくな 魔法工作士(マギクラフトマン) がおらん。みな匙を投げよる」
リースヒェン王女は残念そうにそう言った。
「何でも僻地の村に優秀な 魔法工作士(マギクラフトマン) がおるとか言う話じゃったが、ワルター伯とかいうアホのせいで逃げられてしもうた」
「え?」
どこかで聞いた話であった。
「うん? お主も聞いたことがあるのか。……まったく、古い貴族どもというのは、己の利権を守ることだけに汲々としおって、国の利益、民の利益を考えておらん」
そう言いながら王女は隣のジェシカを眺めやり、
「このジェシカも新貴族じゃ。まったく、貴族共を総入れ替えしたらと時々思うことがある」
「王女殿下、その辺で……」
ジェシカがやんわりと遮った。
「うむ、そうじゃな。他国からの客人に愚痴を聞かせるというのもな。……ということでじゃ、ジン、これから 妾(わらわ) と一緒に王宮へ行ってもらうぞ」
最早拒絶できる段階では無さそうである。仁は諦めて承知した。だが、
「材料が無かったら直せるものも直せないのですが」
と言っておくことは忘れない。すると王女は、
「うむう……何が必要になるのじゃ?」
と難しそうな顔をした。仁は解説する。
「どこが傷んでいるかによります。こればかりは診察してみないと」
とにかくまずは診察、ということで、一行を乗せた馬車は出発した。両脇には近衛騎士4名が随伴。
王女、ジェシカ、仁、エルザ、ハンナ、礼子を乗せてなお余裕のある室内。
それもそのはず、4頭立ての馬車である。但し乗り心地はあまり良くない。が、道が石畳なので助かっている。主に仁が。
その馬車が向かったのは中央通りを突き詰めた先にある建物、すなわち王宮である。
「我々が一緒に行っても大丈夫なんですか?」
と仁が聞いてみると、これにはジェシカが答えた。
「向かっているのは王宮だが、同じ王宮でも、離宮に相当する場所だから、警備や管理は本宮に比べて緩い。ましてやこの馬車は王族専用であるから、確認も簡単だ」
そしてリースヒェン王女も補足説明をする。
「 妾(わらわ) は第3王女じゃ。上には兄が2人、姉が2人おる。しかも成人していない王女には王位継承権も無い。じゃから王族とは言っても扱いが軽いのじゃ」
アーネスト王子も妾腹だったな、と仁は思い出した。なんとなく、そういう王族の方が出来が良さそうな気もしているがさすがに口には出せない。
離宮というのは王宮正面に向かって左、つまり西の端にある建物であった。仁のイメージする離宮とは少し違うが、世界が違えばそんなものかも知れないと納得する。
ハンナは初めて乗った馬車なので、窓から外を見るのに夢中である。エルザは少し興味があると言った顔で、窓の外を見ていた。
「着いた、ここじゃ」
馬車の扉が外から開かれ、降りるための踏み台が用意される。
まずは礼子が降り、警戒する。もちろん何事も無い。
仁はハンナの手を引いて降り、エルザは少しそれを羨ましく思いながら、一人で降りた。
「ジェシカ、ご苦労じゃった。もう下がって良いぞ」
王女はそう言ったが、ジェシカは首を振る。
「いえ、本日は最後までお付き致します」
「真面目な奴じゃのう、これで魔法の扱いが上手かったらのう……まあよい」
王女はそう言いながら、離宮とはいえそれなりに巨大な造りの入り口をくぐった。
仁たちはジェシカの先導で後に続く。そのジェシカは王女の一言で少ししょげていた。
思ったより 人気(ひとけ) はない。やはりここも人手不足のようだ。
目に付いたのは 自動人形(オートマタ) 。侍女服を着ており、人手不足を補っているのがわかる。だが。
「うーん、なんでこんなにガタが来ているんだ?」
侍女 自動人形(オートマタ) 達を見た仁の感想である。エルザも、
「ジン兄、ここの 自動人形(オートマタ) 、なにか動きがおかしい。ぎくしゃくしている」
と言った。蓬莱島や崑崙島で仁の作ったゴーレムを見慣れているので、その動きの違いがわかるようになったのだろう。
そんな会話が聞こえているのかいないのか、王女は黙々と歩き、一つの部屋の前で立ち止まった。
「ここじゃ」
扉に手を掛け、振り向きつつ王女は、悲しげな声を出す。
「ジン、頼む、 彼女(・・) を直してやって欲しい」
そして扉を自ら開いた。
その部屋の壁には花や蝶が描かれたタペストリーが掛かり、床には柔らかな若草色の絨毯。雰囲気からみて子供部屋のようであった。
「わあ、かわいいへや」
ハンナも同じ印象を受けたのだろう、そんな言葉を発した。
「そうじゃ、ここは 妾(わらわ) が小さかった時の子供部屋なのじゃ」
そう言った王女の瞳は心なしか潤んでいた。
「靴は脱いで入ってくれ」
そう言うと、王女はきちんと焦茶色の靴を揃えて脱ぎ、絨毯を踏んだ。仁たちも続く。ジェシカだけは入り口を守るように立っていた。
柔らかな絨毯の感触を足裏に感じながら部屋を見回す。片隅にベビーベッドが置かれ、その傍らに座る影が一つ。
「あれは……」
「……アン?」
仁とエルザがほぼ同時に声を出す。
そこに座っていたのは青い髪をした 自動人形(オートマタ) 。一目でアンと同型であることが見て取れた。
「アン?」
その呟きを聞きとがめた王女。
「彼女はそんな名ではない。『ティア』という。 妾(わらわ) の……乳母の一人じゃ」
その声に悲しげな響きがあったのを仁は聞き逃さなかった。それで、『ティア』のそばに行ってみる。
それは間違いなく、アンと同型の 自動人形(オートマタ) 。保存状態はアン発見時よりはいくらかましである。
だが、停止している。原因を調査する前に、仁は王女に質問を投げかけた。
「リースヒェン王女殿下、このティアは、どのようにして手に入れたものですか?」
それを聞いた王女はぴくっと反応した。
「ジン、誰から、ではなく、どのようにしてと聞くか。そうか、お主にはわかるのだな? 確かにティアは最近作られたものではない。遺跡から発見されたものだそうじゃ」
それを聞いた仁はやはり、と思う。
「ティアは 自動人形(オートマタ) じゃが、 妾(わらわ) の乳母でもあった。幼い頃、 妾(わらわ) は彼女の乳を含んだりもしていたと聞いている」
確かに、アンの同型機であれば、乳首も備えてはいるのだろう。授乳機能があると言う事は、カスタムものかも知れない。
「 妾(わらわ) が物心ついた頃、ティアは、話すことは出来ても動けなくなってしまっておってな。それでも、いろいろな話や歌を聴かせてくれたものじゃ。じゃが……」
俯く王女。
「3年前、ティアは突然動かなくなってしもうた。我が国の 魔法工作士(マギクラフトマン) に見せたが、構造が今の 自動人形(オートマタ) とは違っていて直せないと言われたのじゃ」
その目には涙が光っている。
「我が国は 自動人形(オートマタ) やゴーレム技術では後進国じゃ。エゲレア王国はその点、ゴーレムや 自動人形(オートマタ) を多用していると聞いておる。現にここで働いている 自動人形(オートマタ) の多くはエゲレア王国から買い入れたものじゃしな」
そう言いながら、王女は動かなくなったティアの頬にそっと触れた。
「憶えておる。ティアは、ティアの身体は温かかった。他の 自動人形(オートマタ) は冷たくはないが、温かくもない」
そして王女はジンを見つめ、その手を取ると、
「ティアは特別な 自動人形(オートマタ) だというのはわかる。じゃが、 妾(わらわ) は何としてももう一度、ティアの声を聞きたいのじゃ。のう、ジン。頼む! ティアを直してやってくれ!」
元気いっぱいだったリースヒェン王女が必死になっている姿で、いかに真剣かがわかる。
「おにーちゃん、おうじょさまのおねがいきいてあげて。おにーちゃんならできるでしょ?」
ハンナもそう言って仁を見つめる。エルザは何も言わないが、その顔を見れば言いたいことがわかるほどだ。
仁自身も直してやりたい気持ちに変わりはない。
「わかりました、できるだけの事はします」
そう言って、ティアを調べることにした。
アンよりも保存状態が良かったとはいえ、 魔法外皮(マジカルスキン) は劣化して弾力を失いかけているし、 魔法筋肉(マジカルマッスル) は何カ所か千切れている。
骨格には歪みがあり、関節にもかなりのガタが生じていた。
だが、動作しなくなった最大の原因は、 魔素変換器(エーテルコンバーター) である。
仁の見立てによると、 魔素変換器(エーテルコンバーター) を形成している 魔結晶(マギクリスタル) が劣化し、この時代の 自由魔力素(エーテル) 濃度では低すぎて、 魔力素(マナ) を精製できなくなってしまっていたのだ。
これでは、この国の、いやこの時代のほとんどの 魔法工作士(マギクラフトマン) に修理できるわけがない。
「ど、どうじゃ? 直せそうかの?」
心配そうに聞いてくる王女に仁は笑ってみせ、
「大丈夫です、直せますよ。ただ、全属性の 魔結晶(マギクリスタル) が必要ですが」
と告げた。それを聞いた王女は笑顔になる。
「わかった! 全属性の 魔結晶(マギクリスタル) じゃな! すぐに用意させる!」
そう言って、出入り口に立つジェシカに何事か命じた。そのジェシカは廊下に出て行き、すぐにまた戻ってくる。
他の使用人もしくは 自動人形(オートマタ) に指示を出したのであろう。
魔結晶(マギクリスタル) が届けられるまで、簡単なメンテナンスを行おうと、礼子に命じてティアを床に横たえさせた。
「殿下、ティアを直すため、服を脱がしますが、よろしいですか?」
一応礼儀としてそう聞いてみる。もちろん王女は頷いた。
「エルザが服を脱がしてやってくれないか」
見つめてくるエルザの視線が冷たい気がしたので、仁はそう頼むことにした。
「ん」
短く答え、エルザはティアの服を脱がしに掛かる。服は最近の物と見え、ぼろぼろにはならなかった。
エプロン、ワンピースを脱がすとスリップ状の下着。この世界の通例としてブラジャーは無い。下履きは紐で縛るドロワーズである。
「とりあえずドロワーズはいいや」
スリップを脱がせたところで仁はエルザを止めた。アンと同じだとするといろいろ危ない。
そして胸部の 魔法外皮(マジカルスキン) を剥がそうとした手を止める。
「殿下、これからティアを一部解剖することになります。お見せしていいかどうか、わかりません。殿下に判断をお任せします」
リースヒェン王女は俯いて少し考えていたが、やがて決心が付いたのか顔を上げると、
「見せて貰おう。 妾(わらわ) が頼んだことでもあるし、何より、どんな姿であろうとティアはティアじゃ。 妾(わらわ) は見届けるぞ」