作品タイトル不明
09-23 ラインハルトとドナルド、そして
4月19日。ラインハルトは地方都市アスタンに泊まっていた。
その前日に泊まったタンステンからだとかなりの強行軍であったが、その分、ここアスタンには3泊するというのが彼を護衛している幼馴染みで近衛部隊第3中隊隊長のマテウスが立てた予定である。
と言うのも、ここアスタンには彼等の母国ショウロ皇国の補給基地があったのである。
「兵達も休ませたいから、ここで3泊だ。あとは強行軍になるから十分休んでおいてくれ」
マテウスはそう言ってラインハルトに予定を伝えた。
アスタンに3泊した後は、22日早朝にアスタンを発つ。そして終日急いで、22日夜は地方都市ポロロン泊。23日はガニーズの街、24日は国境の街トスコシア。そして通過許可がすぐに出れば25日にはショウロ皇国に入れる。
「遅くとも、27日には母国の土を踏めるさ」
マテウスは笑ってそう言った。そして、
「言っておくが、絶対に1人で出歩くなよ? 娼館に行くのも駄目だ。あと10日もすればベルチェに会えるんだからな?」
と釘を刺すのも忘れない。執事のクロードに、ラインハルトが一人歩きをする悪癖があるという事を聞いているからだ。
「……わかったよ」
不満そうなラインハルト。しかしマテウスの言うことはいちいちもっともなので反論できない。
「ジンとの旅は楽しかったな」
ベッドに横たわり、そんなことを思い出すラインハルトであった。
明けて20日。
翌日も禁足は変わらない。晴天だというのに部屋に籠もらなければならないラインハルト。
窓からぼんやり外を見たり、ソファにごろりと身を横たえたり、と所在なさそうなラインハルトを見た侍女の1人が、
「あの、御主人様、先ほど耳にしたんですが」
と、ロビーで聞き及んだことをラインハルトに告げる。
「なんでも今、この街にセルロア王国の 王国魔法工作士(ロイヤルマギクラフトマン) で、ドナルド・カロー・アルファという方が滞在されているそうです」
「何!」
それを聞いたラインハルトは寝転んでいたソファから飛び起きる。
『アルファ』。それはセルロア王国の製造職のトップであることを表す。ラインハルトもまだ面識は無かったが、当然その名は聞き及んでいた。
「うーん、何とか会えないかな?」
こちらに来てもらえるなら、問題無いだろう。そう思ったラインハルトは執事のクロードを呼び、相談した。
「承知致しました。とりあえず先方のご都合などを伺ってまいります」
「うん、たのむ」
セルロア王国が自国の 王国魔法工作士(ロイヤルマギクラフトマン) にどのくらいの権限を認めているかにもよるが、ラインハルトは外交官であるから、彼等と少なくとも同等と見て良い。
内心わくわくしながら、ラインハルトはクロードの帰りを待った。
そして小一時間ほどで帰ってきたクロードは吉報を持ってきた。
「ただ今戻りましてございます。先方では、今日の午後伺います、と仰っていただけました」
「おお! そうか! それは楽しみだ! クロード、ベス、ドリー、おもてなしの準備を頼む」
「はい」
執事と侍女達に指示を出すラインハルト。出先で大したことは出来ないが、呼び付けた側として、精一杯のことはしたい。
更にわくわくする気持ちを抑えてラインハルトは午前を過ごした。
* * *
その人物はゴーレムを伴ってやって来た。
中肉中背で、髪は真っ白。だが夢見るような青い眼には知性と、そして僅かばかりの狂気がうかがえた。
「初めまして、私がドナルド・カロー・アルファです。お招きいただき光栄です、ラインハルト殿」
「こちらこそお会いできて光栄です」
2人は握手し、簡単に挨拶を交わすと、まずはラインハルトが勧めてテーブルに付いた。
「そちらがドナルド殿のお作りになったゴーレムですね?」
話をするのが待ちきれなくなったラインハルト、侍女がお茶を出す前に口を開いた。
「さようです。私の身の周りの世話をしてくれている457号です」
457号と呼ばれたそのゴーレムは身長2m。人間そっくりの体形をしていた。
それを見たラインハルトの口から思わず漏れる呟き。
「内骨格型……」
それを耳にしたドナルドは少し驚いた顔をした。
「なぜそれが? もしや、ラインハルト殿も内骨格型のゴーレムをお作りになられるか?」
そのドナルドの言葉から、ラインハルトは推測が当たったことを知った。
「ええ、まあ。内骨格にすることでより人間に近い動作をさせられますからね」
そう言うとドナルドは大きく肯き、
「さようさよう。その若さでそれを理解されているとはラインハルト殿は大した御仁だ」
と感心した様に言う。ラインハルトは少し照れる。が、ここで仁の名を出すほど愚かではない。
「僕も最近、ゴーレムの構造に目覚めましてね」
と答えるに留めたのは外交官としての経験であったろう。
「ふむ、ラインハルト殿のゴーレムは 黒騎士(シュバルツリッター) でしたな。確かベータの 金剛戦士(アダマスウォーリア) を破られたとか」
ベータというのは要するにアルファであるドナルドに次ぐ 魔法工作士(マギクラフトマン) の事である。
「もう1年も前の話ですよ。今は貴公の国でももっともっと強いゴーレムを開発しておられるのでは?」
これはエゲレア王国と戦争をしているセルロア王国への皮肉も含んだ発言だったが、ドナルドは全く意に介さなかった。
「ははは、その通りですな。あのベータも 金剛戦士(アダマスウォーリア) に更なる改良を加えたようですし、技術というのは競い合うことでより向上するものですからな」
「その点は同感です」
ただし、戦争は認めません、と続けたくなるのを堪えるラインハルト。
それからも話は弾み、あっという間に夕方である。
ドナルドは明日も来たいと言った。願ってもない事なのでラインハルトはそれを快諾。
そしてドナルドは夕闇の中を帰って行ったのである。
「ああ、楽しいひとときだった」
他国の 魔法工作士(マギクラフトマン) との談話というものは実り多いものである。たとえ、お互いに機密を漏らさない前提で話をしているにしても。
「ようございましたね、ラインハルト様」
「ああ。ベスのおかげだ。ありがとうな」
ドナルドのことを教えてくれた侍女、ベスに礼を言うラインハルト。礼を言われたベスは慌てた。
「そんな、もったいのうございます」
「いや、本心だ。ドリーもだが、お前達は良くやってくれている。2年近く本国を離れて僕に付いてきてくれた。それももうすぐ終わりだ。家族の元に帰れるぞ」
「いいえ、ラインハルト様。家族ぐるみでお世話になっておりますこの身、お世話致しますのは当然のことです」
今度はドリーが答えた。
「それでも、夫と離れ離れというのは辛いだろう。済まないと思ってるよ。だが既婚のお前達を僕に付けたのは父上だからなあ」
婚約者がいるラインハルトが、旅の間に侍女に手を付けないようにと、一応既婚の侍女を付けたのは父親の判断であった。因みに2人とも胸が控えめなのは偶然ではない。そのあたりも考慮した父親の判断である。
「大旦那様には深いお考えあってのことでしょうからな」
横からそう言ったのは執事のクロード。ラインハルトが巨乳好きなのを知っているからこその発言である。侍女2人はそこまでは勘付いていない。
「まあとにかく、あと10日もすれば我が家へ帰れるんだからな」
「はい、楽しみです」
* * *
翌21日の午後、約束通りドナルドがやってきた。
今日はゴーレム457号の他に 自動人形(オートマタ) を伴っている。
その 自動人形(オートマタ) は絹糸のような金髪を長く伸ばし、肌は白磁の如く白く、その瞳は燃えるような深紅であった。人間であると言われても信じそうな出来である。
「エレナと申します」
自動人形(オートマタ) は自ら名乗った。声も美しい。澄んだソプラノは小鳥の声のようである。
ラインハルトは返事も出来ずに見とれていた。我に返ったのはドナルドの声で、である。
「ラインハルト殿、いかがですかな? エレナは素晴らしいでしょう」
はっと気が付いたラインハルトは、若干顔を赤らめた。
外交官という立場上、美しい女性を見る機会は多い。王族、貴族令嬢、夫人、その使用人、そして娼婦達。
だが目の前のエレナという 自動人形(オートマタ) はその全てを凌駕する美しさを持っていたのである。
「エレナ殿、よろしく。ショウロ皇国の 魔法技術者(マギエンジニア) 、ラインハルトと申します」
ラインハルトがショウロ皇国式の呼称、 魔法技術者(マギエンジニア) を名乗ったのはささやかな矜恃だったのかもしれない。