作品タイトル不明
09-20 ハンナちゃんご招待
仁が久しぶりにカイナ村で迎えた朝。
「ああ、懐かしい匂いだ」
青い麦畑の匂い。家々の炊さんの匂い。木々の匂い。風の匂い。仁はそれらを胸一杯に吸い込んだ。
マーサ宅での朝食後、仁は昨日決めたことを切りだした。
「これから、エルザを送って一旦研究所へ帰ろうと思うんだ」
すると最初に反応したのはハンナ。
「おにーちゃん、帰っちゃうの……?」
そう言われるかもしれないと思っていた仁はすぐに補足する。
「ハンナも一緒に来るかい?」
それを聞いたハンナは飛び上がらんばかりに喜んだ。
「え、ほんと!? おにーちゃんのおうちにつれてってくれるの?」
「ああ、マーサさんがいいって言ってくれればね」
その言葉が終わるか終わらないうちにハンナは息せき切ってマーサにお願いした。
「ねえねえおばあちゃん! おにーちゃんのおうち、行ってきてもいいでしょう?」
マーサは微苦笑しながらも、
「ああ、いいよ。でもジンに迷惑かけちゃダメだからね?」
「うん! おにーちゃんの言うこときくもん!」
というわけで、ハンナも連れて蓬莱島へ帰ることとなったのである。
「それじゃあハンナ、可哀想だけど、着くまで目隠ししていて貰えるかな?」
「うん、いーよ!」
どうやって行ったのか、などを知ってしまうと余計な詮索の手がハンナに伸びるかもしれない、という仁の老婆心からの提案であるが、ハンナはそれも含めて喜々として受け入れた。
目隠ししたハンナを仁が背負う。それだけでハンナは嬉しいようで、
「おにーちゃんのおうち。たのしみだなー」
などと仁の背中ではしゃぎ通しであった。横を歩くエルザもそんなハンナを見て目を細めている。
そうこうしているうちに村の境界を出、 転移門(ワープゲート) のあるシェルターまでやって来た。
「ここから、私も来たはず。なのに、出てきた場所が見つからなかった」
エルザはそう言って、当日の様子を説明する。仁は済まなそうにそれに答えた。
「ああ、それはな、不用意に誰かが迷い込まないように結界が幾重にも張ってあるんだ」
「そう、なの?」
「そうさ。入り口を隠す結界。侵入者を防ぐ結界。魔法に探知されなくする結界。中から出る時には無効なんだけどな」
仁のその説明にエルザは小首をかしげ、
「でも、それじゃあジン兄も入れない」
と疑問を口にする。それも仁が解説する。
「俺の魔力パターンだけは別なんだ。魔力パターンは千差万別で、まず同じ人間はいない。だから俺と、俺が作ったゴーレムや 自動人形(オートマタ) 以外は利用できないんだ」
そう言って仁はさも当然のように、一見何も無いように見える場所に手を伸ばし、扉を開いて見せた。
とは言えエルザには見えていない。ブローチに込められた魔力だけでは不足なのである。そこで仁はエルザの手を掴む。
「あ」
それは、驚きのために発せられた言葉。
仁に手を握られた瞬間、エルザの目の前に開いた扉が現れたからだ。一昨日自分が出てきた扉。探しても探しても見つからなかった帰るための扉。
「さあ、帰ろう」
仁はそう言ってエルザの手を引いてシェルターへの扉をくぐった。礼子もそれに続く。そして見えないが、ハンナ専用の 隠密機動部隊(SP) 、イリスとアザレアも続いた。
* * *
転移門(ワープゲート) でまず蓬莱島に出た一行は、続いてすぐに崑崙島へ跳ぶ。
外に出て初めて、仁はハンナの目隠しを取った。シェルターに近づいてからずっと黙っていたハンナが、再び口を開いた。
「わあ! ここがおにーちゃんのおうち?」
「ああ、そうさ。どうやってここへ来たか、は内緒だ。いいね? そしてマーサさん以外の誰かに教えちゃ駄目だぞ? 約束できるならこれからも連れてきてやるからな」
「うん! やくそくする! だれにも言わない! おにーちゃんとあたしのひみつ!」
ハンナは嬉しそうに約束してくれた。
「エルザ! ジン様!」
と、そこへミーネが駆け出してやってきた。何だかんだ言ってもエルザが心配だったのであろう。
「だれ?」
怪訝そうなハンナ。
「エルザのお母さんさ」
そう仁が教えるとハンナはびっくりする。
「え? じゃあおにーちゃんのおかあさん?」
「いや、俺とエルザは義理の兄妹だから血は繋がっていないんだ。だからミーネはエルザだけのお母さんさ」
「ふーん……」
どこまで判ったのかハンナは一つ頷くと、エルザと、エルザを抱きしめているミーネの方を食い入るように見つめていた。
そのミーネはエルザと何か話していたが、ハンナの方を向くと、
「ハンナちゃん、ね? あたしはミーネ。エルザの母親です。うちのエルザがお世話になったようですね、どうもありがとう」
そう言って軽く頭を下げた。ハンナは少し赤くなって、
「ど、どういたしまして」
と答えたのだった。
「それで、俺はちょっと仕事を済ませて来たいんだ。1、2時間で戻るから」
館前で仁がそう言うと、ミーネが口を開いた。
「ジン様、エルザがご迷惑おかけしました。ハンナちゃんは私が責任持って面倒見ます」
礼子に頼もうと思っていた仁は渡りに船と、
「じゃあ頼めるかな?」
とミーネにハンナのことを頼んだ。そしてハンナには、
「ハンナ、悪いけど、少しだけ、少しだけ仕事してくるから待っててくれるかい?」
と心配そうな顔で言ったのである。ミーネはそんな仁の様子を珍しそうに見ていた。
言われた当のハンナは、
「うん! だいじょうぶ! あたしまってる!」
と元気よく答えた。仁もほっとする。
「ジン兄、だいじょうぶ。私もついてる」
エルザもそう言ってくれたので、仁は安心して蓬莱島へと戻ったのである。
* * *
「セルロア王国軍はエゲレア王国軍を押し込んでいます」
「フランツ王国軍はクライン王国軍を圧倒しつつあります」
戦場からもたらされる情報。
「ふふ、こちらの筋書き通りだな」
そこに別の声が響く。 魔素通信機(マナカム) に似た通信手段らしい。
『衰退した今の王国が、 古(いにしえ) の技術に勝てるものですか』
「おお、エレナか。そちらは何かあったか?」
『いえ、何も。只、今私がいるこの都市に興味深い者がいます』
「ん? 誰だ?」
『ショウロ皇国の 魔法工作士(マギクラフトマン) 、ラインハルトです』
「何? 一度はマルチェロが確保したという 魔法工作士(マギクラフトマン) か?」
『はい。昨日ここアスタンに着いた模様です』
「ふむ。そちらにはドナルドもいたのだな?」
『ええ、一緒です』
「それならなんとかして、エレナ、そ奴に会ってみてもらえないか?」
『可能でしょう。ラインハルトの使用人の誰かに 暗示(セデュース) を掛ければいいだけですから』
「ならばやってみてくれ」
『わかりましたわ。拉致しますか?』
「その判断はエレナに任せよう。利用価値があると思ったなら拉致せよ。そうでないと判断したなら……消せ」
『承知致しました。利用価値があるとよろしいですわね、ラインハルトにとっても、私たちにとっても』