作品タイトル不明
09-19 閑話9 古の国
少年がいた。
そこそこ裕福な商人の家の3男として生まれたため、比較的自由に育てられた。
祖父母も健在で、彼を主に育てたのは両親でなく祖父母であったと言えよう。
少年は昔話が大好きだった。祖父母から良く話してもらった。
魔導大戦。魔族との一大決戦。
聞かされた少年の胸は躍った。
15歳になった時少年は旅に出る。
それほど遠方まで行ったわけではない。国内の、10日もあれば行って帰って来られるくらいの場所。
片道4日から5日で行けるそこには遺跡があった。
噂に聞いていた、魔導大戦の遺跡である。
そこは大きな湖を見下ろす高台にあった。
観光地として開発されており、湖の観光と併せて見物していく人がほとんどだった。
だが少年は湖には興味を示さず、ひたすら遺跡を見て回った。
「これが遺跡か……」
遺跡は半ば崩れた城址のようなものであった。崩壊の心配の無い部分が観光客に開放されている。
それ以外の部分は立ち入り禁止とされ、時折許可を得た考古学者が調べに来るのみ。
「きっと、あそこにはもっと面白いものがあるに違いないんだ」
少年はそう考えた。そして観光客がいなくなる夜を待って立ち入り禁止区域に足を踏み入れる。小さな魔導ランプ1つを持って。
それが少年の人生を変えた。
突然足元が崩れ、穴が開いたのである。
今まで何十人と歩いていても穴が開いたことなど無い、その場所に。
それは運命だったのだろうか。
「あいたたたた……」
厚さ1メートル以上もある石材で出来た床に開いた穴。そこから少年は落下した。
一緒に落下した石材に潰されなかったのは運がよかったといえる。石材の最も大きなものは2メートル四方もあり、その下敷きになったら少年などただの肉塊になってしまっていたであろう。
「ここは……」
痛む身体に鞭打って少年は立ち上がった。
今いる場所は広間のようだった。落ちてきた穴は途中から垂直でなく斜めになっていたようだ。そうでなければ少年は落下の衝撃で命を落としていただろう。
しかし、落ちてきた筈の穴は、後から崩れてきた石材で塞がれてしまっており、とてもそこから脱出出来そうもなかった。
「困ったな」
少年は呟くが、その言葉ほどには困った顔ではない。
なぜならば、今少年が立っているのは、観光客が知る由もない場所であり、考古学者でさえ足を踏み入れたことのない場所と思われたからだ。
ここはかつて魔導大戦の時、将軍や騎士達が闊歩していた城の内部に違いないと考えると、少年の胸は否応なしに高鳴るのであった。
「さて、どっちへ行こう」
その広間らしい場所には2つの出入り口があった。1つは大きく、1つは小さい。
小さい方はちょうど普通の家の玄関くらい。大きい方は高さも幅も5メートルはあった。
悩んだ末、少年は小さい方へと向かう。
歩き始めて、少年は何故か周りが見えることに気が付いた。今は夜の筈、しかも持ってきた魔導ランプは石材の下敷きである。なのに周りが見えるのだ。
それは壁が薄明るく発光しているからだった。
それなりにいろいろなものを見てきたつもりだった少年だが、こんな明かりは見たことがなかった。
「これが昔の技術なのかな」
その明かりに導かれながら、少年は小さい方の出入り口をくぐった。
その先は通路になっており、緩やかにカーブしながら長々と続いている。しかも僅かに下っており、更に地下深くへと少年は進んでいった。
10分ほど進んだ先には扉が一つ。鉄製で、赤く錆び付いていた。
「開くかなあ?」
渾身の力を込めて扉を押すと、音を立てて軋みながらも扉は少しずつ動いていった。そして人1人が通れるくらいまでなんとか開いたので、少年はその扉の向こうへと足を踏み入れた。
思えばこの時が引き返す最後の機会であった。
だが最早怖れとか躊躇いというものは少年の中から抜け落ちていた。ただただ少年は未知の場所に惹かれ、進んでいたのである。
扉の向こうにあったもの、それはおびただしい数の魔導具であった。
壊れてしまっている物が多かったが、それでも3分の1は、少なくとも見かけ上は無事に見えた。
そんな中に一際少年の目を惹いた物がある。
「あれは……人形?」
それは1体の人形。姿形は少女。だが生気はなく、床に座り壁にもたれかかっている。
人形と断定したのにはもう一つ理由がある。
その左手は壊れていたのである。ちょうど肘関節のところからもげて無くなっており、残った部分から何か紐状のものがぶら下がっていた。
その様子は少なくとも人間の肉体ではない。
「……綺麗だ」
だが、その人形は美しかった。
髪の毛は正に黄金の輝きを持ち、手触りは最上級の絹糸のよう。肌は白磁の白さを持っており、顔立ちは正に天使だった。
「もう動かないのかなあ」
少年はそっと人形に触れてみる。
冷たい。体温が感じられない。
「……やっぱり人形、か」
手でその頬をなぞる。
「やわらかい……」
まるで人間のような手触り、だけど冷たい、そんな違和感。
「目も閉じているんだな」
その瞳はどんな色だろう、と少年は思わずにいられない。これだけ美しい人形なのだから、きっと瞳も美しいに違いないと。
「どうして動かないのかな」
肩をつかんで軽く揺すってみる。金の髪がふわふわと揺れるが人形が目を覚ますことはなかった。
途方に暮れた少年は祖母から聞いた一つの昔話を思い出した。
それは塔に幽閉され、眠り続ける姫君のお話。
古の王国、その唯一の血を引く姫君は、ただ眠り続ける。王国の復活するその日まで。
その眠りが醒める時は、古の王国が復活する時。
そんな話である。
姫君の目を覚まさせたのは、1人の勇者。勇者の口づけで姫君は目を覚ます。
そして目を覚ました姫君は勇者と結ばれる。それこそが王国の復活。すなわち勇者が王に、姫君が女王になるということだった。
「口づけ……か」
少年はまだ恋をしたことがなかった。もちろん女の子と付き合ったこともない。
これを恋と言っていいのなら、この人形が少年の初恋の相手であった。
少年は誰も見ていないにもかかわらず周囲を見回すと、そっと顔を寄せていく。
そして何度も躊躇った後、その桃色の唇に口づけたのである。
真っ赤になって少年は人形から離れる。
照れるように俯き、そして顔を上げてもう一度人形の顔を見た少年の顔に驚愕が走った。
「!?」
人形の目が開いてた。
それは真っ赤な血のような色をしていた。だが少年はそれを綺麗だ、と思った。
「あなたが……私を起こしたの?」
その声は鈴を転がすようで、少年を魅了した。
少女はゆっくりと立ち上がる。
「ずいぶん長いこと眠っていたみたいね。あら、左腕が壊れたままだわ」
そう呟いた少女は歩き出す。
「少しガタがきているわね。でもまあ、動くのに支障はないでしょう」
一歩一歩人形は歩き、少年の前に立つ。
「ありがとう。もし良かったら私に名前を付けてくれる?」
そう言われた少年は、驚きでほとんど働いていない頭で、それでも名前を口にする。
それは人形を見たその瞬間に頭に浮かんだ名前。
「エレナ」
少年がそう言うと人形はにっこりと笑い、
「はい、私はエレナです。これからよろしくお願いしますね、我が君様」