軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

07-11 閑話6 エゲレア王の憂鬱

エゲレア王国国王、ハロルド・ルアン・オートクレース=エゲレアは憂鬱であった。

「王、いかがいたします?」

財務卿、ブラオロートが疲れた顔で手元の書類に目を落としながら尋ねた。

「3年分の国家予算が飛んだ、か」

先日のゴーレム 園遊会(パーティー) 事件、その後始末がようやく終わった所である。

壊れた城の修復、破壊された(主に礼子に)ゴーレムの補充、新造ゴーレムへの対策、国内外来賓への慰謝料、国外への情報伝達……いくら金があっても足りない状況だった。

それに加え、

「父上、おはようございます」

「陛下、おはようございます」

第3王子、アーネストの事があった。今日もお気に入りの侍女ゴーレム、ロッテを伴っている。

エゲレア王国第3王子、アーネストは、エゲレア国王の正妃の子ではなく、妾腹の子である。ゆえに王位継承権は叔父である国王弟の次となっていた。

だが当の本人は一向に気にすることなく、自由奔放に育っていた。それを見て可愛いと思うのが父親であり、頭が痛い、というのが国王としての正直な所であった。

「うむ、おはよう。アーネスト、今日の予定は何であるか?」

「はい、父上。午前中は学問と行儀作法、午後は馬術と剣術の稽古です」

「そうか、しっかりやれ」

「はい」

忙しい国王は、愛息子と短い言葉を交わして、また執務に戻った。

「ロッテとあの馬車のこともあったか……」

頭の痛い原因を更に思い出す国王。

人口が少ないことによる人手不足をゴーレムなどで補い始めたのが12年前。生まれて間もないアーネスト王子も、そのお付きの乳母以外はゴーレムに置き換えられていた。

王家の者の世話をさせる者には第一に信用が必要である。そういった者は少なく、優先的に上の王子たち、そして国王や王妃に付くこととなる。

王位継承権4位というアーネスト王子が後回しにされたのは仕方のないことであったと言えよう。

その所為でアーネスト王子はゴーレム好きになってしまっていたのである。

「だが、あやつが一番出来がいいとはな」

第1王子は人がいいばかりで頼りなく、第2王子は喧嘩っ早く、政治向きではない。弟はまあ国王の器であると思うが、親でもある現国王としては、血を分けた我が子に王位を継がせたいと思うのは人情であろう。

アーネスト王子は利発で、性格もいい。周りの兵士や騎士たちにも好かれていた。

今のところは血筋と年齢による継承権が与えられているだけで、王太子を正式に決めてはいないのだ。アーネスト王子が15歳になった時、子供たち全員の資質を見極めて太子を指名するつもりであった。

「……あのゴーレム偏重だけはいただけぬ」

王の義務の一つに、血統の維持というものもあるのだ。王位継承を巡ってのお家騒動は最も避けたいものである。自ら播いた種とはいえ、今のままではアーネスト王子の将来が心配であった。

「ロッテのモデルとなった娘がいるということだが、庶民だというし、クズマ伯爵の婚約者だというしな」

13歳ゆえどこまで本気だったかは推測の域を出ないが、そのビーナという娘にアーネスト王子はいきなりプロポーズをしたという。

「人間の女に興味がないというわけでも無さそうなのが救いか」

そこまで考えたエゲレア国王は、一度頭を振って、目の前の書類に意識を戻した。

* * *

「あー、疲れた」

「殿下、お疲れ様でした」

そのアーネスト王子は家庭教師による勉強の時間を終え、ロッテに淹れて貰った お茶(テエエ) を飲んで寛いでいる所であった。

「まだこの後、行儀作法の先生が来るんだよ」

「そうでしたね。しっかりお勉強なさって下さいね」

「うん、ありがとう」

* * *

「何? 出来ない?」

「はい、申し訳ございません」

魔法相ケリヒドーレは配下からの報告を聞いて息を呑んでいた。

それは仁がアーネスト王子に贈った馬車とそれを牽くゴーレム馬のコピーを作る事が出来ないという内容である。

「目の前に元となるゴーレムがあるのに、か?」

「はい」

仁が作って置いていったゴーレム馬。大きさ、形は普通の馬とそっくり。そこまではまあいい。一番の驚異はその動きである。

四足歩行というのは単に右と左を交互に動かせばいいというものではない。高速度カメラが使える現代地球なら動作解析も出来るが、この世界の魔導士、 魔法工作士(マギクラフトマン) たちには出来なかったのだ。

因みに、魔導大戦前には仁が良く使う『 知識転写(トランスインフォ) 』がかなり一般的であった。これを用いる事で実際の馬からも動作情報を取り出すことが出来ていたのだが、その魔法は失われて久しい。

故に魔法相ケリヒドーレも、その先入観により、仁が 王宮隠密侍女隊(ロイヤルシークレットメイド) のリアンナに使用した魔法がまさにそれであったことを彼女から報告を受けているにもかかわらず気が付いていなかった。恐ろしきは先入観である。もっとも、当のリアンナにも、使用された魔法の正体が見当付かなかったため報告内容が若干あやふやだったこともあるのだが。

「うーむ、似たようなもので済ませるしかないか」

アーネスト王子が仁に頼んで作らせたゴーレム馬車、それを見た国王が王族用馬車として数台作ることを命じたのである。

エゲレア国王だけでなく、魔法相も頭を抱える日々が当分続きそうである。

* * *

「そういえば、ジンに付けていた 王宮隠密侍女隊(ロイヤルシークレットメイド) がいたな?」

執務の合間、国王はふと思い出し、ちょうど傍にいた防衛相ジュードルに尋ねた。

「はい、ライラ・ソリュースのことですな?」

「おお、そんな名前だったな。確か、近衛魔導騎士隊のアイリ・ソリュースの妹だとか」

「はい。潜在魔力は姉妹共に大きなものがあります。妹はまだ顕在化していないようですが」

と説明するジュードル。だが国王は手を振ってそれを遮り、

「ああ、そういうことではない。その者をアーネストに付けることは可能か?」

「はい、今のところ 王宮隠密侍女隊(ロイヤルシークレットメイド) の出番はありませんし、その、なんというか、ライラはあまり向いていないようですので」

「うむうむ、それならば問題ないな。よし、早速そのライラ・ソリュースといったか、彼女をアーネスト付きの侍女に任命しよう。表向きは護衛、とでもしておけ」

「はっ、わかりましてございます」

13歳になったと言うことで護衛を増やす。そういう建前の元、ライラはアーネスト王子付きの侍女となることが決まった。

「聞いたわよ、ライラ! おめでとう!」

「すごい出世じゃない!」

仲間の 王宮隠密侍女隊(ロイヤルシークレットメイド) たちも祝福している。

「もしも王子様のお手が付いたら夫人の地位も狙えるじゃない!」

と言ったのはビーナに付いていた 王宮隠密侍女隊(ロイヤルシークレットメイド) 、リーザ。

「あ、あたしなんかがお役目果たせるでしょうか……」

当のライラは喜びよりも不安、嬉しさよりも困惑が先に立っていた。

そんなライラを優しく励ますのは班長であるリアンナ。

「大丈夫よ。王子様はお優しいという話だし、それにこれ、王様直々のご指名らしいわよ?」

だがそれは益々彼女を萎縮させるだけだった。

「ふええ……王様が、何であたしを?」

「さあ、それはわからないけど」

「ふえええ……」

不安を抱えながら、ライラはアーネスト王子の居室へと向かった。

ノックをし、部屋に入る。そこにはロッテにかしずかれるアーネスト王子の姿が。

王子はライラの姿を見ると微笑んで、

「やあ、ライラ。久しぶりだね。顔色が良くないようだけど大丈夫?」

と声を掛けてきた。ライラは王子が自分の事を憶えていてくれたことに驚き、

「で、殿下、私を憶えて下さってらっしゃるのですか?」

と若干慌て気味に尋ねる。実はこれは重大な不敬罪である。挨拶もせずに王子に声を掛けたのだから。

だが王子は一向に気に留めた風も見せず、

「はは、君はこのロッテの服を持ってきてくれたじゃないか。その時以来だろ? だから久しぶりと言ったんだよ」

そう言われてようやくライラは着任の挨拶もしていないことを思い出し、

「あ、あのっ! 本日ただ今をもちまして、アーネスト殿下付きの侍女となりましたライラ・ソリュースでございます! 到らない身でありますが、粉骨砕身努力にあいつとめますのでどうぞよろしくおねがいいたしましゅ……」

必死に言葉を紡いだライラであったが、慣れない言葉を口にしたためか、最後の最後で噛んでしまった。

「あはははは!」

その様子を見てアーネスト王子は朗らかに笑った。

「ライラ、そんなに緊張しなくてもいいよ。父上からはあまり堅く考えずに、話し相手とも相談相手とも考えてやるがいい、と言われているんだ。これからよろしくね」

「はっ、はいい!」

慌ててお辞儀をするライラ。同時にごつんという鈍い音が響いた。

「あうう……」

目の前にテーブルがあることを忘れて深く腰を曲げたため、勢いよくおでこをぶつける羽目になったのである。

「ら、ライラ、大丈夫かい? なんだかすごい音がしたけど」

「ひゃい、らいひょうぶれす……」

ライラの新しい職場での生活はまだ始まったばかりである。