作品タイトル不明
06-32 ステアリーナとドミニク
「自己紹介するわね。わたくしはステアリーナ。ステアリーナ・ガンマよ」
「あ、仁です」
目の前にいるステアリーナ・ガンマと名乗った女性は、銅色の髪を背中まで伸ばし、赤茶色の瞳をした知的な美女。
仁よりも少しだけ背が高く、プロポーションも抜群である。
「あなたとは一度ゆっくりと話してみたかったの。今、いいかしら?」
ちらりとエルザとビーナを見やってからそう言った。
「え、ええ、いいですよ」
「そう、ありがとう」
そう言って、手にしたグラスからワインを一口飲むと、
「あなたの工学魔法、すごかったわ。いったい誰から学んだのかしら? よければ教えて頂戴」
そう言って赤茶色の瞳で仁を見つめた。仁は探るようなその視線をかわして、
「俺の師匠からですよ」
「その方のお名前は?」
「アドリアナって言います」
仁がそう答えると、
「アドリアナ! 1000年くらい前の大魔導士と同じ名前ね。ああ、あの人にあやかったわけね」
アドリアナの名前を知っている人はラインハルト、エルザに続いて3人目である。そしてあやかった、という誤解をしているのも同じ。
「そっか、きっとかの『アドリアナ』と同じようにすごい方だったのね、あなたのお師匠様は」
少し遠い目をするステアリーナ。それからもう一度仁を見つめて、
「ちょっと耳に挟んだんですけど、あなた、ラインハルト様と一緒にショウロ皇国へ向かっているそうね?」
仁がそうです、と答えると、
「そう、でしたら、セルロア王国を必ず通るわね。その時、もしよかったら家にご招待したいわ」
「ええ、ラインハルトに聞いてみて、時間的な余裕があったら」
「そうね、お待ちしているわ」
それから当たり障りのない話を少しした後、
「あまりジン君を独占していると後ろのお嬢さん達に悪いわね。それじゃあ、また」
そう言ってステアリーナはラインハルトの方へと歩いて行った。
その後ろ姿を見送っている仁にエルザが近づいて来て、
「ジン君も胸が大きい方がいいの?」
と囁いたものだから、仁は驚き慌てて、
「な、何を言ってるんだ?」
「……ずっとあの人の方見てた」
仁は孤児だったので母親というものを知らない。そのせいか、年上の女性に弱いというか、憧れを持つところがあるのだ。
ステアリーナは30代前半くらい、その落ちついた雰囲気になんとなく安心感を憶えていただけなのだが、それをエルザに言うのは恥ずかしいし情けないので、
「ラインハルトの所へ向かっているから気になっただけだよ」
と誤魔化しておく。エルザはそれをあっさり信じ、
「……ライ兄は胸が好きだから」
ぼそっと呟いた。
* * *
「ラインハルト様の 黒騎士(シュバルツリッター) 、凄かったですわ!」
ドミニクはワインで酔ったのか、少し赤い顔で興奮気味にそう言った。
「はは、光栄ですね。あなたの『ロワゾー』でしたか、お見事でしたね」
「あら、お恥ずかしいですわ。でも、あの騒ぎで3羽とも壊れてしまいましたの」
「それは残念。間近で拝見したかったですね」
「そんな、お上手ですわね」
そう言って謙遜しているが、その実嬉しそうだ。
「お見せしていろいろ御意見お聞きしたかったですわ」
残念そうにそう言うと、気持ちを切り替えたのか、
「ところでラインハルト様、どうしてあなた様の 黒騎士(シュバルツリッター) は暴走しなかったのですか?」
そんな問いまでしてくる。やはり 魔法工作士(マギクラフトマン) としては気になるようだ。
この後、仁とラインハルトとで仮称『隷属書き換え魔法』対策を広めるつもりなので、ドミニクにも説明することにした。
「 魔導装置(マギデバイス) を魔法の波動から守る構造にしてあるのですよ」
「まあ、どうしてそんなことを?」
そこでラインハルトは簡単に、以前遭遇した賊が、仮称『隷属書き換え魔法』を使うゴーレムを使役していたのを見たからだ、と説明。
それを聞いたドミニクは、まあ、とやや大げさに驚いて見せた。そして、
「ラインハルト様、もっともっとお話を伺いたいですわ。よろしければ夕食の後、お会いできません?」
と囁くような声で尋ねてくる。それに対し、
「僕はかまいませんが……」
と答えかけた時、
「まあまあ、それでしたらわたくしも是非お話をお伺いしたいものですわね」
そう言いながらステアリーナが会話に割って入った。
「あなたは……」
「はい、ドミニクさんと同じく、セルロア王国の 魔法工作士(マギクラフトマン) 、ステアリーナ・ガンマですわ」
そう挨拶した。そんなステアリーナに、
「ほほう、『ガンマ』ですか。それはそれは」
とラインハルトが答えると、
「あら、ラインハルト様はガンマの意味をご存じでいらっしゃるのね」
「ええ。確か何年か 毎(ごと) に選考会があって、国中の名誉職を決めるとか。その第3位ということで合ってますか?」
と答える。さすが、外交官である。
「よくご存じね。それで、わたくしもお話をお聞きしたいのですけど?」
「ええ、かまいませんよ。それでは、僕の部屋へおいでいただけますか?」
「ええ、それでは今夜、8時に。ドミニクさんもそれでいいですわね?」
「……はい」
僅かに苦々しさをにじませるような声でドミニクも了承した。
* * *
「ビーナは私のことをどう思っているのだろうな……」
クズマ伯爵は1人でちびちびとワインを飲んでいた。そこへ、
「……伯爵様」
当のビーナがやってきた。
「うお!? ビ、ビーナ!?」
手にしたグラスからワインがこぼれ、伯爵の袖を濡らす。
「おっ、と」
「あ、動かないで下さい。あたしが拭きます」
そう言ってビーナはハンカチを出し、急いでクズマ伯爵の袖を拭いた。
「……急いで拭いたんですけど、少し色が残ってますね」
済まなそうに言うビーナに伯爵は、
「ああ、かまわない。戻ったら着替えればいい」
だがビーナは、
「あ、あたしが綺麗にします。『 浄化(クリーンアップ) 』」
工学魔法『 浄化(クリーンアップ) 』は汚れなどを落とす魔法だ。その魔法により伯爵の服の袖に付いたシミは綺麗に落ちた。
「おお、すまんな」
「いえ、あたしなんてぜんぜん大したことないですけど、これくらいなら出来ますから」
少しぎこちない笑顔でそう言うビーナを見て、伯爵は思いを決める。
「ビーナ」
グラスは脇に置き、両手でビーナの手を握り、
「私と結婚してもらえないだろうか?」
とついに言ったのである。