軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

過去篇 伍 アドリアナの流離い篇  0010 最期

およそ半年で研究所が完成した。

「できたわ。なかなか立派ね」

自画自賛的な言葉を独りごちたアドリアナは、書斎を綺麗に整えると、一番奥にシュウキの形見の『折り鶴』を安置したのである。

「お父さま、魔法工学が根付くかどうかは、50年、100年経たなければわからないでしょう。でも私はお父さまに恥じないよう、精一杯やって来たつもりです」

手を合わせたアドリアナは、心機一転、この研究所で思う存分研究をすることにした。

食糧や衣服など足りないものは 転移門(ワープゲート) を使って手に入れることができたので、今やアドリアナは 誰憚(だれはばか) ることなく、研究に全力を傾けることができたのである。

その成果の1つがゴーレムと 自動人形(オートマタ) 。

特に 自動人形(オートマタ) は、偶然見つけた『 地底蜘蛛(グランドスパイダー) 』の糸を利用した『 魔法繊維(マジカルファイバー) 』を使い、『 魔法外皮(マジカルスキン) 』と『 魔法筋肉(マジカルマッスル) 』を合成したことで、外見はより人間らしくなり、力は従来の10倍を超える程となった。

そして。

「……できたわ」

そしてその集大成として、彼女の最高傑作といえる 自動人形(オートマタ) が完成したのである。

身長130センチ。父シュウキ・ツェツィと同じ黒い髪、黒い瞳の少女型 自動人形(オートマタ) だった。

「おちびちゃん、これからよろしくね。私のことは『お母さま』と呼んでちょうだい」

「ハイ・オカアサマ」

言わずとしれた、礼子の前身である。

そしてアドリアナは『おちび』を助手に、もう1つの研究を進めていった。

それはかつてシュウキ・ツェツィの妻となった『アドリアナ・ティエラ』が研究していた『異空間へのアクセス』である。

「……難しいわね……少なくとも、星1つを消し飛ばすくらいの 魔力素(マナ) が必要になりそうね」

空間同士を繋げるには途方もないエネルギーが必要だと言うことはわかった。

そしてさらに。

「『 自由魔力素(エーテル) 』を介して伝わる波…… 自由魔力素(エーテル) 波は空間を超えるかもしれないわ」

そんな可能性を見出すこともできた。

これは、父シュウキの亡き妻、アドリアナ・ティエラが研究していたテーマでもある。

だが、年月は彼女の上に容赦なく降り積もっていく。

アドリアナは、すっかり白くなった髪を 梳(と) かしながら、ふと昔を思うことが多くなってきていた。

「あたしも随分といろんなことを好き勝手やってきたねえ……。まあ、悪い人生じゃなかったとは思うけどね」

そんなアドリアナではあるが、ここを魔法工学の聖地にする、という夢だけは叶うことがなかった。

その理由は日記には記されておらず、今となっては推測もできない。

ただ、

『私は魔法という事象と、道具を結びつける研究を続けてきた。その集大成がこの研究所だ。悲しいことに、私の研究は仲間の魔導士たちに受け入れてはもらえなかった』

という文が残るのみである。

仁は、教会からの圧力と選民思想により、庶民のための魔導具開発が行われなくなったのだろう、と考えている。

そのため、アドリアナがこの研究所に招きたい、という魔導士が見つからなかったのであろう。

そしてある日。

「後継者がいないのは、やっぱり寂しいねえ」

そんな呟きを漏らしたアドリアナは、何日か掛けて、己の知識の全てを魔導具に記録させることを行った。

「透明な水晶球にあたしの姿を映すようにして、本の形にした魔導具に知識を記録。『 知識転写(トランスインフォ) 』で知識を移行したあとは自壊させる、と。ふふ、面白いねえ」

父シュウキから、魔女と言えば水晶玉、と聞かされたことをふと思い出したアドリアナの茶目っ気であった。

悪戯っぽい笑みを浮かべながら、アドリアナは後継者のための魔導具を作製していった。

「『ようこそ、我が 後継者(サクセッサー) 』……」

芝居がかったセリフで、まだ見ぬ後継者へのメッセージを記録していくアドリアナ。

「『私の名はアドリアナ・バルボラ・ツェツィ。魔法使い、魔導士だ。そして世界に只一人の 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) だ』……」

一仕事終えたアドリアナは、未来を見通すかのように、遠い目をしながら、

「ふふふ、いつか、これを託せる後継者が出てきたら嬉しいんだけどねえ。魔導士も貴族も平民も差別しないような、そんな後継者が」

と、呟いたのであった。

そしてまた月日は流れて。

「オカアサマ・オカゲンハ・イカガデスカ」

「ああ、おちびかい、今日はとても気分がいいよ。海が見たいね……」

「ワカリマシタ・オマカセクダサイ」

自動人形(オートマタ) 『おちび』は生みの母アドリアナを軽々と抱え、研究所の屋上へと上った。

「ああ、いいお天気。海が青いねえ。空も真っ青できれいだ……」

そうやって、『おちび』とアドリアナは、仲睦まじく暮らしていた。

そして、2432年12月25日。

「あたしは……もう……いけないようだ……」

アドリアナは掠れた声で『おちび』に告げる。

「……いいかい……この研究所と……あたしの全て……を託せる誰か……」

「……」

自動人形(オートマタ) 『おちび』は黙ってそれを聞いている。

「……その誰かを……なんとかして……見つけて……おくれ……」

アドリアナの声がさらにか細くなった。

「……頼んだ……よ……」

声が途切れる。

「ハイ・オカアサマ」

稀代の 魔法工作士(マギクラフトマン) 、『 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) 』アドリアナ・バルボラ・ツェツィはこうしてその生涯を終えたのである。

* * *

「……それから礼子の前身、『おちび』は、およそ1000年という歳月を費やして俺を見つけ、この世界に呼び寄せてくれたんだよ」

仁の話は終わった。

シオンとマリッカは、アドリアナ・バルボラ・ツェツィの最期を聞き、目を潤ませていた。

仁のそばに佇む礼子も、心なしか少し悲しそうだ。

「……ありがと、ジン」

少し鼻声で、シオンは礼を言った。

「敬愛する初代『 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) 』、アドリアナ様のことがわかって、嬉しいわ」

「そうか」

「……ぐすっ、でもレーコさんは、当時『おちび』って呼ばれていたんですね」

マリッカも鼻を啜りながら感想を述べた。

「ああ、そうだな。例えば、いくら大事にしていても、馬車に人間の名前は付けないだろう? 当時はそういう時代だったんだろうな」

「そういう時代……ですか」

「うん。300年前でさえ、 自動人形(オートマタ) に愛称は付けても名前は付けないようだったからな」

アン、ロル、レファ、ティアなど、当時の 自動人形(オートマタ) のことを簡単に説明する仁。

「俺は別の世界から来たしな、そんな縛りはないから、『礼子』と名付けたわけだけど。な、礼子」

「はい、お父さま」

「そういうわけね。よくわかったわ。ありがとう」

そこへエルザが新たにお茶を淹れてくれた。

「お疲れ様、ジン兄」

「やあありがとう、エルザ」

お茶を一口すすり、仁はもう一度過去に思いを馳せた。

「先代は……幸せだったんだろうか」

その呟きに答えたのは礼子。

「はい、お父さま。お母さまのお顔はとても穏やかでした。きっと満足してらしたと思います」

「そうか。そうだといいな」

「はい」

外はすっかり暗くなっており、夜空には昔と変わらない星が明るく瞬いていた。