軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

過去篇 伍 アドリアナの流離い篇  0009 晩年

2404年、64歳になったアドリアナは、20年間暮らした異民族の国、ミツホを発った。

目指すは大陸東端、レナード王国。

父シュウキ譲りの科学知識と、治癒魔法とによって、まだまだ健康で 矍鑠(かくしゃく) としている彼女ではあったが、最近、敬愛する父シュウキの記憶が薄れてきたことを時々感じていたのである。

「晩年は……お父さまの眠るあの土地の近くで……」

そんな想いを胸に、ゴーレムM−033、034、035とF−033、034、035の6体を連れ、7月のある日アドリアナは旅立った。

ミツホの人たちから見たら異民族の地へ行くアドリアナである。

ゴーレムの他に伴をする者はいない旅立ちであった。

それでも、ミツホの人々は彼女を温かく見送ってくれた。

「アドリアナさん、またいつか帰ってきてください!」

「いつでもお待ちしてますよ!」

「ありがとうございます。ええ、きっと、また、いつか」

その頃には、彼女の研究成果の1つ『 転移門(ワープゲート) 』がセキュリティも含め、最終形といえるまでに完成しており、設置さえすれば一瞬でミツホを訪れることができるようになっていたのだ。

アドリアナは、目立たないところや、信頼できる友人の下にこの 転移門(ワープゲート) を設置させてもらいながらレナード王国を目指していった。

だが、20年という年月は、世の中が変わるに十分だったようだ。

ガランドーラ王国では、国力は伸びていたものの、それ以上に教会の勢力が非常に強くなっており、教会系の魔導士が幅を利かせていた。

魔法を使えない庶民は虐げられ、搾取されている。

(……だから宗教は嫌いよ……)

声に出さず、アドリアナは心の中で吐き捨てるように呟いた。

「お泊まりですか? ええと、教会の関係者で?」

宿屋の主人はどこか卑屈に、びくびくした態度だった。

「いいえ、私はただの旅人です」

とアドリアナが告げると、少しだけその顔が明るくなる。

(……人々にこんな顔をさせる宗教なんて)

だが、アドリアナには、もうどうにかしてやろうというような気概は残っていなかった。

単に泊まり、食事をし、旅立っただけである。

そして、次に通過したガランディア王国では。

「……何、これ」

町には浮浪者が溢れていたのである。

泊まった宿屋の主人にそれとなく尋ねると、

「安いゴーレムが大量に出回ったため、失業者が続出した」

と教えられた。

「……!」

アドリアナにとっては正に青天の霹靂であった。

(ゴーレムが雇用を奪う……そんなつもりじゃなかったのに)

* * *

「……なーんか納得いかない」

シオンが膨れっ面で呟いた。

「アドリアナ様が悪いわけじゃないじゃない、それ」

仁もそれには同意だ。

「ああ。先代の思いは間違ってはいない。安価な労働力を得た人間が次に何をするか、何をすればいいか。そうした指針を明確にせず、ただ普及だけさせた指導者層にこそその責はある、と思うよ」

現に、ミツホではそうしたゴーレムに頼りすぎることのない社会が作られつつあったのだから。

「そ、そうよね」

「第一、ゴーレムは税金を納めてはくれないじゃないか」

農業、鉱業、工業などの第一・二次産業では安価なストーンゴーレムにより生産性が上がったかもしれない。

が、第三次産業ではその恩恵が受けられず、社会構造が 歪(いびつ) になってしまい、その1つの表れとして都市に人口が集中した結果、失業者が増え、浮浪者となってしまったのだろう。

「このことについては、ほとんど書かれてはいないんだ。気にしていたんだろうな」

「……先代様のせいじゃないのに」

まだ納得していないシオンに苦笑しつつ、仁はその先を語り出した。

* * *

「悲しいことね……」

年老いたアドリアナは、最早己一人の力ではこの現状を変えることはできないと悟り、足早に国々を通過していったのである。

旅をしていれば、いろいろなことがあるもの。

「おお、カモがやってきたぞ。おい婆さん、命が惜しかったら金と荷物を置いて行きな……げふう!」

「誰が婆さんよ!」

お伴のゴーレム6体がアドリアナを完璧に守っているのだ。

「失礼しちゃうわ」

それからも1、2度盗賊に襲われたこともあったが、6体のゴーレムにより難なく撃退することができた。

「……」

まず、レナード王国北部の村を尋ねたが、クルルとマルルのいた村は見つからなかった。

十数年前に戦争が起こり、小さな村は滅んでしまったというのだ。

それ以上にアドリアナを落胆させたのは、その戦争にストーンゴーレムが使われたということだった。

「ゴーレムを戦争に……そんな……」

安価なストーンゴーレムを最前線に立たせて進軍させる。それだけで、人間の歩兵は蹂躙されてしまうのだ。

高位の魔導士でもない限り、ストーンゴーレムの進軍を止めることはできないだろう。

「……疲れたわ……」

そして、友人知人の行方も分からず、重い足を引きずってレナード王国東端の、今で言うマグス岬に辿り着いたのは冬がそこまで来ている11月の下旬であった。

「お父さま……帰って参りました」

シュウキの碑に挨拶したアドリアナは、現在のマグス岬の上から海の彼方を眺めた。そこにはシュウキを葬った小島、今のツェツィ島が見える。

「私も……どこか、離れ小島に住もうかしら」

大海原を見ていると、そんな想いが浮かんできた。

転移門(ワープゲート) があるから、大陸に来ることは問題にならない。

重要なのは、静かに引きこもれる隠居所が欲しいということだった。

あり合わせの材料で船を作り上げたアドリアナは海へと乗り出した。

まずは父シュウキを葬った島に立ち寄る。

「ああ、あなたたち、ちゃんと動いていてくれたのね」

年老いた彼女を出迎えたのは2体の 自動人形(オートマタ) 。

父シュウキ・ツェツィと、若き日のアドリアナ自身を映して作った2体である。

「私も歳を取ったわねえ……」

18歳当時の己の姿をした 自動人形(オートマタ) を見て、アドリアナは寂しそうに笑った。

そして今の自分が持てるすべての技術を用いて再整備したのである。

「私がいなくなった後も、この島を守ってちょうだい。お願いね」

「はい、アドリアナ様」

「頼んだわよ」

そしてアドリアナはここにも 転移門(ワープゲート) を設置すると、島に確保しておいた資材を使い、船を強化整備して再度海へ出た。

海流に恵まれたのか、あるいはゴーレムの力によるものか。船旅は順調に進み、5日後、島影を見つける。

「あの島はよさそうね」

その島こそが今の『蓬莱島』である。

「1人で暮らすには十分だわ。それに、ここの 自由魔力素(エーテル) はなぜか少し濃いみたいだし」

名も無き孤島に上陸したアドリアナは、適当な平地を見つけるとまず小屋を建て、 転移門(ワープゲート) を設置した。

「これで、必要に応じて大陸と行き来できるわ」

これは大きい。アドリアナはここに研究所を建てることにした。

「いつか……そう、ここを『魔法工学の聖地』にすることができたらいいわね……」

そんな日を夢見て、大きな建物を建てることにしたのだ。

人手は問題ない。6体のゴーレムだけでなく、彼女は『ストーンゴーレム』を作る技術があるからだ。

島の地下を調べてみると、鉱物資源が豊富なことが分かったので、石材を切り出すと同時に、資源の確保も行うことにした。

「ああ、楽しいわ。昔を思い出すわね」

研究所を造っていると、希望に燃えていた若き日を思い出すアドリアナであった。