軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

過去篇 伍 アドリアナの流離い篇  0007 宗教

「ああ、よかったわ。アドリアナ様が歓迎されていて」

ガランドーラ王国でアドリアナが受け入れられたと聞いたシオンとマリッカは胸を撫で下ろしていた。

「ガランドーラ王国に腰を落ち着けた先代は、また弟子を集め、多くの優秀な技術者を生み出したそうだ。どういうわけか、その間のことはあまり詳しく書かれていないんだ」

「そうなの?」

「うん。ただ淡々と記述が綴られているだけだったんだ」

特記事項がないということは変わり映えのしない日々、よく言えば穏やかな日々だったのだろうかと仁は想像していた。

「だけど、先代はまたしても騒動に巻き込まれていくことになるんだ」

「え? ど、どういうこと?」

「先代がガランドーラ王国に腰を落ち着けて5年目のことだった……」

* * *

それは2381年に唐突な始まり方をした。

「教会……ですか?」

「そうなんです、先生」

アドリアナの工房に教会関係者が来たことが発端であった。

「本日は、アドリアナ様に入信していただきたく、まかり越しました」

「はあ……」

来たのは年配の司祭と若いシスターの2人。

「神は天から舞い降り、地上を作られ……」

「天使はこの地上を見守って下さって……」

「祝福とはすなわち魔法です……」

司祭とシスターが代わる代わる熱弁を振るった。

要は、魔法は神からの恩寵である。魔法が使えるということは祝福されているということ。裏を返せば魔法が使えない者は神に見放されている証拠である。

だから、魔法を使えない民を必要以上に助けるのは神の御心に逆らうことである、というのだ。

「アドリアナ様は優秀な魔導士であると聞き及んでおります。どうか我が教会に入信していただき、教会のためにその技術を振るっていただきたいのです」

「アドリアナ様なら、すぐに上位の神官になれますよ」

「……はあ」

わざとらしく大きく溜め息をつくアドリアナ。

「魔法はただの能力ですよ。足が速いとか、目がいいとかいうのと同じです。神? いるかもしれません。いないかもしれません。我々人間には感知できない上位の存在、それが神様でしょう。神を語る貴方たちこそ恥じなさい」

シュウキ・ツェツィの薫陶を受けた彼女だからこそ言える言葉であった。

「宗教は心の拠り所となるべきものであって、人を縛るものではありません」

だが、それを聞き、司祭の顔色がみるみる変わる。

「『 賢者(マグス) 』と同じことを言うのですね、貴方は……!」

「『 賢者(マグス) 』ですって? ……ああ、お父さまならそう仰るでしょうね」

この言葉で、さらに司祭は顔を歪めた。

「あ……貴方……いや、お前は『 賢者(マグス) 』の娘なのか!」

「ツェツィ、という姓でわかるでしょう?」

少し呆れるアドリアナだったが、それは実は的外れである。

一時、『 賢者(マグス) 』シュウキ・ツェツィが訪れた後、彼に憧れてツェツィ姓を名乗った有力な庶民や、分家貴族が大勢いたのである。

「シュウキ・ツェツィの関係者だったとは……! 我々の誘いを断ったこと、後悔しないように……!」

そんな捨てゼリフを残し、2人は帰っていったのである。

「……はあ」

再び大きな溜め息をつくアドリアナ。

「宗教は……面倒ね……昔、お父さまもそんなこと仰っていたわ」

宗教戦争の話を聞かされたことのあるアドリアナは、押しつけがましい宗教を嫌っていたのである。

「私は私でやっていくだけ」

そう呟いたアドリアナは研究に戻ったのである。

そんな頃、ガランドーラ王国でアドリアナのよき理解者であったマリオーサ・ド・フォーレスが突如失脚した。

予算を私物化し、着服していたという罪状である。

「そんな馬鹿な……」

アドリアナは驚いた。マリオーサは、父シュウキの孫弟子であると自ら言うだけあって高潔な人物だと知っていたのである。

「もしかして陰謀……?」

だが、技術者であるアドリアナには、彼の無罪を証明する手立てがなかった。

そしてこれを境に、ガランドーラ王国は急速に宗教色を強めていったのである。

* * *

「宗教……ね。あたしたちは『天使』を信じて恐れているけど、押しつけられたものじゃないわ」

そんなシオンの言を、仁は修正する。

「シオンたちのそれは宗教というより信仰じゃないのかな」

「あ、そうかも」

シオンは仁の説明を肯定した。

「でも、だからこそそういう『宗教』の押しつけはいやよね……」

「俺のいた世界……つまり、『 賢者(マグス) 』のいた世界では、宗教と権力が結びついて戦争にまで発展した過去があったんだよ」

「……ほんとにいやね」

「人の数だけ正義がある、なんてことも言われていたっけなあ」

「……ちょっといい言葉にも聞こえるけど、なんだろう、争いがなくならない言い訳にも聞こえるわ」

仁はそんなシオンの意見に微笑んだ。

「シオンたちからしたらそう感じるのかもな」

「そ、それで、アドリアナ様はその後どうなさったんですか?」

横道に逸れていた仁たちを、マリッカが引き戻してくれた。

「ああ、ごめん。……実際の所、この先のことは、簡単に書かれているだけなんだ」

日記である以上、書きたくないことは詳しく書かなかったんだろう、と仁は考えていた。

* * *

それから2年、アドリアナはガランドーラ王国に留まっていたが、教会からの風当たりが強くなってきたので、また旅に出ることにした。

随行を希望した弟子34人と、新型ゴーレムM−017とF−017を連れ、首都フーダルスを発ったのは、2383年10月初旬のことであった。

一行は西へと進む。

今のセルロア王国アスタンに相当する町に半年ほど留まった後、更に西へ。

現ショウロ皇国に当たる土地を横切り、ハリハリ沙漠の南端を横断したのは2384年夏のことであった。

そのころになると、同行している弟子たちの数は、当初の半分以下の15名に減っていた。

そしてついに異民族の地、ミツホに入った一行。

「なんと!『 賢者(マグス) 』様のお嬢様ですと!」

アドリアナの父、シュウキ・ツェツィを未だに覚えている人々が、一行を歓迎してくれた。

「ああ、これほどまでにお父さまを慕ってくれる人たちがいたのね」

ミツホの人たちの人情に触れ、アドリアナのささくれだった心も癒されたようだった。

そして、ミツホに落ちついたアドリアナは、フソーにも足を伸ばしつつ、この地の人たちのために尽力した。

首都であるミヤコに父シュウキたちが作った半自動の工場を、3年かけて増改築したのもこの時である。

また、教導役として作られた『アキツ』という 自動人形(オートマタ) も整備したのだ。

大サハラ沙漠の中にあるアキツの拠点へ行き来するための『 転移門(ワープゲート) 』を最新型と置き換えたのもこの頃のアドリアナであった。

こうして、アドリアナはミツホで20年を過ごすことになるのである。