作品タイトル不明
過去篇 伍 アドリアナの流離い篇 0006 移動
「ふうん、さすが『 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) 』ね!」
「さすがです、アドリアナ様!」
シオンとマリッカは絶賛状態だ。
「この時、先代の弟子は500人を超えていたらしい。その中でも高弟と呼ばれる者が20人ほどいて、事実上は彼等が、小群国の魔法工学の先駆者といっていいんだろうな」
「え? 高弟が先駆者……って、アドリアナ様はどういう扱いになるわけ?」
その質問に、仁は少し辛そうな顔をした。
「ああ、それがな……」
「なによ、はっきりしないわね」
そんなシオンに、仁は真実を話すことにした。
「……先代はこの後、少しずつ疎まれるようになっていくんだよ」
「何よそれ! いったいどうして?」
「……聞くか? 少し重い話になるかもしれないが」
「聞かせて! 尊敬する初代『 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) 』、アドリアナ様のことですもの」
仁の問いに、シオンは即答した。
「わかった。……先代が35歳の時のことだ……」
* * *
即位したばかりのアイアルス・ラネース・ガランディア王が突然崩御した。
当然、王国は大騒動になる。
最も問題だったのは、正式な王太子が決められていなかったことによる。
アイアルス王には子供が4人おり、うち2人が男子であった。
長男のジャッキ・タイジェ・ガランディアは体が弱く、寝たり起きたりの生活であった。
対して次男のレオガー・ライエ・ガランディアは聡明で才気に溢れているともっぱらの評判。
どちらも20代後半で、次期国王には問題のない年齢。
長女・次女はすでに降嫁しており、王位継承とは無関係な立場にいた。
当然、王城内は2つに割れる。
長男派と次男派である。
煩わしい政争が大嫌いなアドリアナ・バルボラ・ツェツィはどちらにも与せず、中立を守った。
研究に没頭して無視していたともいえる。
そして年が改まる頃、この政争に決着が付く。
体の弱かった長男ジャッキが 薨去(こうきょ) したのだ。
父と兄の喪に服しつつ、レオガー・ライエ・ガランディアは、体制を変えていった。
長男派だった者たちを粛清したり降格したりし、政治の舞台から追い出したのである。
その余波はアドリアナにも及んでいた。
中立、ということはすなわち無視されたということだ、とレオガーは考えたのである。
予算を削り、弟子たちには数々の嫌がらせをした。
そんな中、アドリアナの下を訪れた人物がいた。
「セインさん、ご無沙汰してます」
「ええ、アドリアナさん、引き継ぎで忙しかったものですから」
「引き継ぎ……って、お辞めになるんですか?」
「はい。もう私もいい歳ですし、今度の王は私のことが気に食わないようですから」
「……」
セインももう70歳、普通なら楽隠居していておかしくない歳である。
「ハロドルフ王、アイアルス王と2代に仕えてまいりましたが、そろそろ引退しようかと」
「……セインさんに声を掛けていただかなかったら、今の私はありませんでした。改めてお礼を申し上げます」
「いえいえ。アドリアナさんのように優秀な方でしたら、遅かれ早かれ頭角を現されていたと思いますよ」
「それで、引退後はどうなさるのですか?」
「実は、私の出身はガランドーラ王国なのです。そちらに息子と孫がおりますので世話になろうかと思っています」
「ガランドーラ王国ですか……」
アドリアナは先年の会談を思い出した。
「私も行こうかしら……」
その言葉に、セインはにっこりと笑った。
「それでしたらご一緒しますか? アドリアナさんほどの方なら、すぐに登用されますよ」
セインも立場上、アドリアナが最近冷遇されていることを知っていたので、好意的な言葉を掛けたのである。
アドリアナの辞表はすぐに受理された。その話は弟子たちにあっという間に伝わり、50人を超える者が一緒に付いてくることになったほどである。
それから4日後。
「先生、お元気で」
「先生、お世話になりました」
「俺は付いていけないが先生をよろしく頼むぞ」
ガランディア王国に残る弟子たちに見送られ、アドリアナはセイン、そして55人の弟子たちと共にガランディア王国の首都、ラカポーを発ち、西へと向かったのである。
この時に伴をしたゴーレムはM−010とF−010の2体であった。
* * *
「なんていうか……勝手な王様ね。あ、まだ王になっていないんだっけ」
仁が一旦話を区切ると、案の定怒りを露わにしたシオンである。
「そうなんだが、こういう人間って一定数いるんだよな」
ブラック企業時代のことを思い出す仁。
「周りが見えなくなるというか、自分が、自分が、という気持ちが強すぎるとなあ……」
少し遠い目をする仁であった。
* * *
十数日掛かって、一行はガランドーラ王国に辿り着いた。
彼等のことは既に伝わっており、国境には出迎えの使節が待ち構えていた。
「ようこそ、『 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) 』、アドリアナ・バルボラ・ツェツィ様、そしてお弟子の方々」
「我がガランドーラ王国は貴殿たちを歓迎いたします」
「お世話になります」
アドリアナたちを出迎えたその中に、マリオーサ・ド・フォーレスもいた。
マリオーサは今ガランドーラ王国の内務卿を務めているのだという。
彼の父親はアドリアナの父、シュウキ・ツェツィに直接学んだ世代である。
その娘であり、『 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) 』であるアドリアナは、ガランドーラ王国でも歓呼を持って迎えられた。
「よかったですね、アドリアナさん」
「これもセインさんのおかげです!」
「いえ、貴方のお力ですよ。それでは、またいつかお会いしましょう」
セインはにこやかに告げると、一行と別れ、息子の住む町へと向かったのであった。
数日後、首都フーダルスに一行は辿り着いた。
そこには、既にアドリアナの居場所が用意されていたのである。
「ここがあなた方の工房です」
「こ、こんなに?」
マリオーサ・ド・フォーレス自らがアドリアナと弟子たちを工房に案内した。
そこは、下手な貴族の屋敷など問題にならないほどの広さがあった。
「教室も建て増ししますので、お弟子さんを育てていただきたく」
「はい、それはもう」
「明後日、今上陛下に挨拶をお願いします」
「は、はい」
ここに、アドリアナ・バルボラ・ツェツィは再び安息の地を得、後進の育成に励むこととなる。
それと同時にガランドーラ王国の隆盛も始まるかと思われた。