作品タイトル不明
06-10 ブルーランド城内へ
翌朝、早起きした仁は2階中央にあるバルコニーに出てみた。
時は3月になったばかり。遠く海から吹いてくる潮風は春の匂いがした。
「ジン君、おはよう」
その声に振り向くとエルザが立っていた。魔絹の寝間着のままである。
「おはよう。よく眠れたか?」
そう聞くとエルザはうん、と言って、
「畳。布団。とってもねごこち良かった」
と答えたので仁はほっとし、次いで、
「え? 畳?」
エルザはこくりと頷いて、
「私がわがまま言ったらゴーレムメイドが敷いてくれた」
「アクアが? へえ、気が利くじゃないか」
自分で作っておきながら感心した仁。彼女達は仁や礼子と 魔力による繋がり(マギリンク) があるので、少しずつではあるが成長していたようだ。
「ここは、いいところ」
エルザは仁の横に並んで立ち、ベランダから見える風景を見ながらそう言った。
「はは、ありがとう」
そう答えた仁は、エルザが寝間着のままなので、
「寒くないか?」
そう言って自分の上着を脱いで掛けてやった。
エルザは僅かに頬を染めながらそれを受け、
「……ありがとう。……前にもジン君、上着を掛けてくれた」
そう言ったのである。
「今日、朝食を食べたら、ブルーランドへ送っていくから」
「ん。ほんとはもっといたいけど、仕方ない」
そう言いながら、仁に身体を寄せてきた。
「おはよう! ジン!」
元気のいい声。エルザはぱっと身体を離し、振り返る。仁も振り返り、
「お早う、ビーナ。早いな」
「ええ、庶民の朝は早いのよ」
そう言ってちらりと仁の上着を羽織っているエルザを見るビーナ。もう普段着に着替えていたビーナは小声で、
(あたしも寝間着で来れば良かった……)
と呟く。
「え?」
小声だったので聞こえなかったようだ。
「な、なんでもないわ! ここ、いい眺めね」
「だろう? ほら、遠くに海が見えてるんだ」
「あー、ほんとだ。あれが海ね」
朝の平和なひとときであった。
* * *
朝食を済ませた後、仁は再び『コマ』達馬ゴーレムも連れてブルーランドへと転移した。
今度は皆ズボン姿なので、それぞれ昨日から乗っている馬ゴーレムで移動。
1時間足らずで森の端に出た。
「さて、悪いけど、ここで馬から下りてくれ」
昨日ラインハルトに言われた事はしっかり憶えている。不必要な技術の誇示は避けるべきだ。
「名残惜しいがね」
自分で忠告したラインハルトが真っ先に馬ゴーレムから下り、エルザ、ビーナもそれに続いた。
「コマ、ごくろうさん」
仁はそう言ってコマ達を帰らせ、
「さて、じゃあ行こう」
そう言ってブルーランドへ向けて歩き出した。荷物を持った礼子が後に続き、エルザとビーナは急いで仁の両手に飛び付いた。
ラインハルトはその光景を見ながら、1人ゆっくりと歩いて行く。
春の近いブルーランド郊外はそろそろ草が萌え出始め、踏みしめると春の香りがするようだ。
「ジン、今日はあたしの家に泊まる? ナナとラルドの元気になった姿を見てもらいたいな」
と仁の腕を引っ張りつつビーナが言えば、
「ダメ。ジン君はライ兄のお客様。私たちと一緒に泊まる」
とエルザも引かない。
「まあ、とにかくジンもクズマ伯爵のところに泊まるわけだ、ビーナ殿、弟さんや妹さんをジンに引き合わせる時間はあるよ」
見かねたラインハルトがそう言って2人を 宥(なだ) めた。
礼子は意外なことに不機嫌になっていない。昨日仁が2人のことを妹みたいなものだと言ったことで安心(?)しているのだろう。
少し歩くとブルーランドの城壁が見えてくる。
「おお、もう迎えに来ているな」
城壁前に馬車2台と、執事のアドバーグ、乳母のミーネが立っているのが見えた。
そのミーネは一行を見ると、血相を変えて飛んできた。
「お嬢さまああああ!」
短距離走のランナーもかくや、という速さで駆けてきたミーネは、仁の隣に立つエルザを抱きしめ、
「ご無事でしたか! 何もされていませんね!? どうして無断外泊なんか!!」
と矢継ぎ早にまくし立てる。ラインハルトは苦笑して、
「おいおいミーネ、僕が一緒なのに無断外泊はないだろう?」
だがミーネはかぶりを振り、
「いーえ、嫁入り前の婦女子が男性のいる家に外泊などもってのほかです」
と言って譲らない。
「ミーネ、それは取りも直さずお嬢様とラインハルト様を信用していないということです。何度言ったらわかるんですか?」
そう言ったのはアドバーグ。更に続けて、
「ジン様は主家に当たるラインハルト様のお客様です。その方をそうまで貶めると言うことは、ラインハルト様をないがしろにされているということですよ?」
そこまで言われたミーネは悔しそうに俯いて、
「……はい、……申し訳ございません、お嬢様、ラインハルト様……」
と謝ったのである。
「ミーネ、謝るならジン様にも謝りなさい」
アドバーグにそう言われたミーネは唇を噛みしめ、震えながらも小さな声で申し訳ございません、と仁に向かって頭を下げたのである。
仁はさっきから殺気を発している礼子がいつミーネに跳びかかるか心配だったので、謝ってくれてほっとしていた。
「ジン、ミーネも悪気があって言っているんじゃないんだ、これで許してやってくれ。エルザの事となると少々常軌を逸してしまう悪い癖があるだけなんだ」
「うん、そうなの。ミーネはいつも私のことを心配してくれてるだけ」
ラインハルトとエルザがミーネを庇うようにそう言ったが、仁はもう別に気にしていない。
そう言って仁は歩き出す。ビーナを右腕にくっつけたまま。
エルザはそれを見て恨めしそうにミーネを見やったのである。
* * *
ラインハルトとエルザ、アドバーグ、ミーネで1台の馬車、仁と礼子、それにビーナで1台の馬車を使い、ブルーランド城内へと向かう。
初めてブルーランド城内を見る仁は興味深そうにあちこちに目をやっていた。
それを見たビーナは、
「そういえばジンは城壁の中に入るの初めてなんだっけ」
「そうなんだよな」
「中ってね、区域に分かれてるんだけど、中央通りの右が貴族街、左が富裕層と高級商店といった感じかな」
そう聞かされた仁は、あらためて町並みを眺める。
今馬車が走っているのは中央通り、確かに右は邸宅で、左には商店が散見される。
「クズマ伯爵のお屋敷はかなり中心部に近いところよ」
その事からもクズマ伯爵はブルーランドでそれだけ重要な立場にあると推察できた。
「あ、見えた。あそこがクズマ伯爵邸」
そう言ってビーナが指差す先に、ひときわ立派な邸宅が見えてきたのである。