作品タイトル不明
33-08 緊急連絡
事前に入った情報によると、遙か西方で、『暴食バッタ』の発生が認められた、という連絡が入ったとのことである。
「ハリハリ沙漠のさらに向こう、『ミツホ』という異邦人の国からの情報だそうだ。要注意、とのことだった」
「そ、そう」
もうその問題は仁が解決した、と言いたいが言えないエルザ。
「あともう1つあるらしいが、それは鳩便には書かれていなかった」
鳩便は速いが、運べる重さが極々限られているので、情報量が少なくなってしまうのが欠点だ。
「その詳しい情報を持った特使が午後来るらしい」
そんな話をしていたところへ、執事が来客を告げる。噂をすれば影、である。
「わかった、今行く。……エルザ、じゃあな」
「……」
残されたエルザは少し難しい顔をし、なにやら考えていた。
「おっ!」
そこに、珍しくモーリッツが上げた声が聞こえてくる。
「兄さま、一体何が!?」
思わずエルザも、声の聞こえた来た方——玄関へと向かい、目を見開いた。
「兄さま?」
そこには、次兄フリッツが立っていたのである。
「兄上、久しぶり。エルザも来ていたのか。……ジン殿は?」
「今回は私だけ。里帰り」
「そうか。……兄上、緊急の連絡があるんだが」
「あ、ああ、わかった。中へ入れ」
兄妹3人は、モーリッツの執務室へ向かった。
「私もいて、いいの?」
建前上は部外者となるため、念のためエルザは尋ねたが、フリッツは笑って答える。
「ああ。意見を聞かせてもらえると助かるかな」
「いったい何がどうしたっていうんだ? 『暴食バッタ』のことか?」
「それはもう解決したらしい、と連絡が入ったそうだよ」
ロイザートにはいち早くそうした情報が届けられたようだ。
「……エルザは何か知らないか?」
「……」
仁が『暴食バッタ』を退治したその場にいました、と言っていいのだろうかと一瞬悩むエルザ。
が、フリッツはその沈黙を肯定と受け取ったようだ。
「わかった。言いにくいなら言わなくていい。……まったく、我が妹の婿君といったら……」
いったら何なのか、それはわからなかった。フリッツは別の話を始めたから。
「兄貴、ここからは別の話だ」
フリッツは、公的な場や他人がいる所では『兄上』『父上』などと呼ぶが、家族だけの時は『兄貴』『親父』と呼ぶのだ。因みに母マルレーヌのことは『母上』としか呼ばない。
「うん、聞こう」
「凶悪な盗賊団がこちらに入ったらしい、との情報が入ってな。部下数名を連れてランドル領に来たというわけだ」
他の部下はランドル領の中心、バンネに向かわせた、と言った。
「母上に一言挨拶もしたかったから、俺がこっちへ来たんだ」
そのくらいの裁量は認められている、と言ってフリッツは笑った。
「盗賊団か」
「ああ、そうだ。金持ちの商人か、領主や村長、町長の家に押し入り、人を傷付けることを 厭(いと) わない凶賊だ」
「……怖い」
「確かにな。問題なのは、警備員がいる家もお構いなしという点だ」
「警備員がいても襲われてるの?」
「……そうだ。かなりの手練れらしい」
モーリッツは若干顔色を青ざめさせながら頷いた。
「わかった。警備を強化しよう」
だが、それを止めるエルザ。
「待って、兄さま」
「どうした?」
「その盗賊団、どう考えても、普通じゃ、ない」
「ああ、そうだな」
「人間だけじゃ、対処できない、かも」
その言葉で、モーリッツとフリッツは、嫁いだ妹が何を言わんとしているか悟った。
「エルザ、盗賊団がゴーレムを使っているというのかい?」
「ん」
「確かにな……」
考え込むモーリッツ。
「今のうちの財政ではゴーレムを購入する余裕はないな……」
そんな兄の様子を見たエルザは、
「兄さま、エドガーがいる」
と一言。
「エドガーか……」
少年型という、その華奢な体型を思うと、あまり頼りにできないのではないか、と感じてしまったようだ。
そんな煮え切らない兄を見て、無理もない、とエルザは思った。
確かに、礼子をはじめとして仁が作った蓬莱島の 自動人形(オートマタ) ・ゴーレムには劣るが、エドガーとてレア素材を使い、最高レベルの技術で作られた 自動人形(オートマタ) である。
その見かけとは裏腹な実力を持っているのだ。
が、エルザはそんな宣伝がましいことは口にせず、ただ一言。
「大丈夫、任せて」
「……そうか?」
「ラインハルトのところには 黒騎士(シュバルツリッター) とネオンがいるしなあ」
フリッツも少し心配そうな顔。
「まあ、暫くは俺もいるから、安心しろ」
が、努めて明るく言い放つと、フリッツは両親に挨拶するため席を立ったのである。
「しかし…盗賊団、か」
ちょうど、秋の税を徴収し終わったところなので、確かにモノはある。
とはいえ、ランドル領の税は麦類をはじめとした『穀物』だ。
これを運ぶとなると、人間なら20人以上必要だろう。
「そういった意味でもゴーレムがいると考えていいんだろうな」
「それでも、それだけの物をこっそり運び出すというのは難しい、と思う」
「それはそうだな。運搬手段か。だが、そういう情報はないようだぞ」
「……空?」
「何?」
「熱気球とかで空を飛べば、可能かも」
「ふむ……」
熱気球の原理自体は簡単である。丈夫で空気の漏れない袋を作り、口を下に向け、そこへ人が乗るためのゴンドラを吊せばいい。
あとは袋の下で火を焚くなどして空気を暖め、その暖まった空気で袋を満たせば、浮力が重量を上回れば浮き上がることになる。
何者かが作り出していてもおかしくはない。
「警備を強めよう」
モーリッツも席を立った。
「……」
エルザも自分の部屋へと戻る。
娘時代の家具が残る懐かしい部屋に入ると、エルザは小さく息をついた。
そしてベッドに腰を掛けると、『仲間の腕輪』の通信機能を起動させたのである。
エルザはそれからしばらくの間、老君と何やら会話を交わしてたのであった。
幸いにも、その日の夜は何ごともなく過ぎていった。