軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

32-32 仁の目標

「ん? 実だって?」

「はい、この木の実です」

「よく知っているな。我々も香り付けに使っているのだが」

仁はガウェルが取ってきた、山椒と思われる木の実について話をしていた。

「どうやって食べてます?」

仁も、山椒の実を香辛料に使うことは知っていても、どうやって加工するのかまでは知らなかった。

「幾つかやり方はありますけどね」

これに答えてくれたのはアネットだった。

「夏前に収穫した青い実を、洗って茹でて水を切って使います」

「なるほど」

現代日本でも『山椒昆布』などの佃煮に使われているのがこれである。

「あと、熟した実を取ってきて、種を出したあと、その皮を擂り潰して、焼いた肉に振りかけて使うこともありますね」

「おお」

仁は現代日本で一度だけ、上司に『鰻丼』(の並)を奢ってもらったことがあり、そこに粉山椒を振りかけて食べたが、その香りが気に入っていたのである。

「できましたらその粉も少し分けて欲しいんですが」

仁がそう申し出ると、

「ああ、いいですよ。出来たてのものがあります」

どうやら最近作ったばかりらしい。

「でもね、使う直前に擂った方が香りがいいんですよ」

「あ、でしたら粉でなく擂り潰す前のものを。できましたら種も少し分けて下さい」

「いいですよ」

こうして仁は、粉山椒に加え、山椒の木の種も手に入れた。いずれ蓬莱島で栽培することになるだろう。

さらに老君は、住民の迷惑にならない場所から苗木も少し手に入れたいと考えている。

蓬莱島の食卓に山椒が加わる日も間近だ。

* * *

「いろいろとありがとうございました」

「いやいや、こちらこそ助かりましたぞ」

午後2時過ぎ、仁たちは長老の隠遁所を辞した。

少し歩いて『コンロン3』に戻る。『 不可視化(インビジブル) 』を発動させ、『コンロン3』はゆっくりと空へ舞い上がった。

「くふ、そういえばグース、最初に乗った時は驚いて叫びまくっていたよね」

隣に座るグースに向かい、サキが 揶揄(やゆ) するような口調で言った。

「あ、あれはだな、初めて空を飛んだから……!」

「くふふ、あの時の顔といったらなかったよ」

「う、うるさい! 今はもう慣れたんだぞ!」

「おや? そのわりには外を見ようとしないねえ?」

「……」

「……仲がいい」

2人の掛け合いを聞いていたエルザがぼそりと言った。

「ああ、そうだな」

サキがあれ程感情をそのままぶつけられる、グースという相手はお似合いなんだろう、と仁は思った。

* * *

「さあて、これでようやく始められるな」

蓬莱島に戻って来た仁は、『染め粉』を工房に持ち込んだ。

『 虹色芋虫(ラヨチワーム) 』のサナギや山椒の種はトパズに一任する。

粉山椒はペリドに預けた。近いうちに蒲焼きが食べられるだろう。

「まずは実験だ」

染め粉を少量水に溶かし、木紙に含浸させる。

「これが乾くと、色が変わらなくなるのかな?」

「お父さま、そこが問題ですね」

染め粉が手に付いてもまったく問題としない礼子を助手に、仁は実験を進めていた。エルザとサキは見学である。

言わば湿式、という写真方式になるのだろうか、と仁は考えていた。

地球における最初の写真は『 湿板(しっぱん) 』と呼ばれ、無色透明のガラス板を硝酸銀溶液に浸し感光膜を作ったものである。

その名のとおり、湿っているうちに撮影しなければならないため使い勝手が悪く、その後に開発された『 乾板(かんぱん) 』に取って代わられた。

その乾板も、ガラス板からセルロイドのフィルムに置き換わり、今ではデジタル全盛である。

閑話休題。

その『湿板』とは少し違うが、今のままでは非常に扱いにくい写真機しか出来そうもなく、仁は考え込んだ。

「ジン、『エーテノール』に溶かしてみたらどうだい?」

そこへサキが思い付きを口にする。

エーテノールは 魔力同位元素(マギアイソトープ) で出来た水に 自由魔力素(エーテル) が溶け込んだ合成物質で超強力なエネルギー源である。

乾燥すると色が変わらなくなる、というのが、魔力の揮発によるものだと仮定すれば、エーテノールを含浸させた紙を印画紙とし、撮影後 自由魔力素(エーテル) を消去してしまえばいい。

「純粋なエーテノールじゃなく、水で希釈して試してもいいと思う」

「確かにいいかもしれないな」

自由魔力素(エーテル) と『 虹色芋虫(ラヨチワーム) 』の染め粉が結びついてどういう反応を示すかにも興味があった。

「ではやってみます」

礼子は純粋エーテノールと、10倍、50倍、100倍に希釈したエーテノールを用意し、それぞれに染め粉を溶かした。

さらにそれぞれを木紙に塗布し、乾燥させる。

「お父さま、魔力を加えてみて下さい」

「わかった」

ハザヴァンスのところで行ったように、仁はかざした手に魔力を込めた。

「おっ」

希釈なしのものも希釈したものも同じように色が変わったのである。

「やったな、仁」

「ああ、サキのお陰だ。ありがとう」

「くふ、照れくさいね。でもお役に立てたようで何より」

こうしたアイデアの出し合い、補い合いこそが仁の望むものである。

「……これでまた一つ、目標に近づけたかな」

「ん? 目標って?」

仁の呟きをグースが聞きつけ、質問してきた。

「『 始祖(オリジン) 』の技術だよ」

「それはまた……」

途方もない、と言いかけて、グースは口を噤んだ。仁ならいつの日かそれを成し遂げてしまいそうな気がしたのだ。

「まず『 写真機(カメラ) 』が完成したら、ファミリーのみんなで写したいな」

「ん、賛成」

「くふ、いいね!」

エルザとサキは一も二もなく賛成した。

「うん? 写実機(カメラ) じゃないのか?」

が、グースは、わずかな呼び名の違いを聞き咎める。

「ああ。俺の世界にあった似たような機械は『 写真機(カメラ) 』と言ったんだ」

「なるほど、仁が作ったものだから、仁の世界の名前で呼ぶんだな」

「そういうことさ」

答えながら仁は、いよいよ『長周期惑星』に掛かりきりになるだろうことを予感していたのである。

蓬莱島に吹く風も、なんとはなしに秋の気配を漂わせる日であった。