作品タイトル不明
32-17 9月15日旅行七日目 海中遊覧
15日の朝は晴れていた。
『江戸』の食堂に、乗船している面々が全員集まっている。
「本来なら『アルキオネ島』に向かうんだろうけどな」
仁は、今朝知らされたばかりの情報を皆に説明する。
「俺もさっき聞いたばかりで、詳しいことはまだ知らないんだが」
そう前置き、
「老君、詳しい説明を頼む」
と、説明するよう促した。
『はい、 御主人様(マイロード) 。……皆さん、昨夜、『アルキオネ島』をランド隊中心に調査していたのですが、そこで気になる物を発見しました。これです』
『 魔導投影窓(マジックスクリーン) 』に映し出された映像を見て、一同は目を見張った。
それは、何の変哲もない石ころのように見えたからだ。
「外見よりも、『何であるか』が問題なんだな?」
『はい、 御主人様(マイロード) 。これは、99パーセント以上の確率で人工物質です』
一同の顔に驚愕が広がった。
前人未踏と思われた島に、人工物が遺されている。その意味するところは……?
「材質の見当は付いているのか?」
『いえ、ですが、これは分子圧縮された鉱物であることは確かです』
「分子圧縮か……」
仁も、特殊な製法を使い、『ハイパー・アダマンタイト』を作り出している。
これは、条件によって変わるものの、標準で圧縮率10、比重約200という超金属である。その強度は元のアダマンタイトの20倍。
「俺以外にもそうした技術を持っている者がいる、あるいはいた、ということか……」
「……また謎が出てきたな」
それまで黙っていたグースが呟いた。
「その物質は回収したんだろう?」
これはサキだ。今は物性研究に熱心で、老君と共に様々な物質の分析をしてきた彼女には興味深いサンプルなのだろう。
『はい。今は『桂』に保管しております』
「他には何かあったのか?」
仁が改めて質問した。
『いえ、これだけです』
「そうか……」
特に脅威になるわけでもなく、その物質も回収済み。
が、このメンバーで『アルキオネ島』に行くのは、やはり憚られる。
「『アルキオネ島』は上陸しないけど、面白い趣向を考えてる」
仁は、この新婚旅行を楽しいまま終わらせたいと思っており、そのための企画である。
「海中遊覧だ」
* * *
「うわあ、すごい!」
窓にべったりくっついてハンナが声を上げた。
ここは『シャチ』の中。仁が作り上げた潜水艇だ。
基本8人乗りなので、操縦担当のエドガーをはじめ、仁、エルザ、ハンナ、サキ、グース、ヴィヴィアン、マルシア、ミーネ、マーサ、ステアリーナ、トア、そして礼子が乗ると少々狭い。
とはいえ、仁の製作物の例に漏れず余裕を持った設計なので、最大15人が想定されており、こうして全員が安全に乗っていられる。
仁にとっては、通常の安全率として2以上をとるのが普通なのだ。
『シャチ』の最大積載量が2トンという数値からもそれはわかる。もっとも、この数値を設定した背景には、海底資源の開発という目的もあるのだが。
『プレアデス諸島』の南東側はかなり深い。緩傾斜だった海底が、諸島を境に急角度で落ち込んでいるからだ。
ゆえに、海中遊覧にはもってこいである。
湿気の問題も解決された『シャチ』内部は結露もなく、気圧の変化も微小で、酸欠とも無縁である。
「わっ、面白いお魚!」
ハンナは1人で声を上げているが、他の面々も口に出さないだけで内心はわくわくしているようだ。
その証拠に、皆窓の外を食い入るように見つめている。
今の深度は海面下10メートル程。
海水が澄んでいるため、陽光が十分差し込み、泳いでいる魚もよく見える。
「あ、きれいなお魚!」
熱帯魚と呼べるカラフルな魚が群れをなして岩陰に消えていった。
「ううん、これは楽しいね」
そう呟くサキの顔は緩みっぱなしだ。
「こうして海中を見ていると、まるで別世界だな。……いや、陸上と海中、やはり別世界か」
グースも冷静な口ぶりとは裏腹に目が輝いている。
「海面から覗くのとはまた違う眺めだな……お、あの岩は面白い形だな」
トアも興味津々の様子。
「素潜りではこうはいかないねえ。ジンは凄いなあ」
マルシアが肩をすくめながらそう言った。
「素材もいろいろ採取できるのかしら? 海底にはまだまだ資源が眠っているでしょうね」
「この眺め、伝説級よね……言葉で言い表すのも難しいわ」
ステアリーナとヴィヴィアンの口からも、興奮気味の言葉が漏れ出てくる。
「はあ、ジンと一緒だと寿命が延びる気がするよ」
マーサも嬉しそうだ。
「うん、おばあちゃん、長生きしてね!」
それを受けて、ハンナが見とれるような笑顔を浮かべた。
「ジン様のお力は人間のそれを超えていますね……」
ミーネは呆れるやら感心するやら。
そして、仁とエルザは一番後ろの席にいて、寄り添いながら窓の外を眺めていた。
「あ、大きなお魚」
「え?」
ハンナの声に、皆が右舷前方を見ると、10メートルを超える細長い魚がこちらへ向かってきていた。
「デ、『 凶魔海蛇(デス・シーサーペント) 』!?」
サキが顔色を変える……が、仁はそれを否定した。
「あれは 凶魔海蛇(デス・シーサーペント) じゃないよ。顔つきが違う」
その言葉どおり、近付いてくる魚の頭部は小さく、従って口も小さい。
「ウナギの仲間じゃないかな」
「ああ、言われてみれば似てるね」
「でかいけどな」
とはいうものの、クライン王国のシャマ大湿原にいる『 竜頭ウナギ(ドラゴニックイール) 』は全長3メートル程に成長するのだが。
「『 障壁(バリア) 』もあるし、武器もある。 凶魔海蛇(デス・シーサーペント) の10匹や20匹、心配いらないよ」
仁の言葉に、
「1匹や2匹、と言わないのがジンだねえ」
と、サキも胸を撫で下ろしたのである。
その巨大なウナギは、何ごともなく『シャチ』の右舷下方を泳ぎ去っていった。
「あ、また大きなお魚だ!」
再びのハンナの声。そこには。
「……マンボウ?」
仁が思わず声を漏らす。
そこには、マンボウに似た巨大魚が10尾ほど群れていたのである。
「おとなしそうだね」
『シャチ』が近付いても何の反応も示さない。
横を通り過ぎてものんびり泳いでいた。
「いろんな魚がいるものだね」
「全世界の生き物を網羅するなんて、一生掛かっても無理だろうけどな」
グースがしみじみと言った。
「でも、目標に向かって努力することはできる。それこそが人生の目的なんだ」
仁が、昔挫折しかかったときに院長先生に何度も言われた言葉。
「努力することが人生の目的、か。なるほどなあ」
「くふ、いい言葉だね」
『シャチ』は、青い海面下をゆっくりと進んでいった。