作品タイトル不明
32-07 9月11日旅行三日目 新製品開発
ふと、仁は視線を感じた。
横を見ると、エルザが少し膨れっ面をして仁を見つめていた。
「ええと、エルザはこういう道具をどう思うかな?」
取って付けたようなセリフだったが、エルザは膨れっ面を収めて口を開いた。
「火事の心配は、大丈夫?」
「うん、確かにその心配はある」
洗濯物をストーブの上に掛けて干した場合、濡れている時はいいのだが、乾いて軽くなった時に、わずかな風……ストーブの熱が起こす上昇気流などで掛けてあるハンガーからずり落ちてストーブの上に落下、火事を起こすという心配がある。
昔ながらの『対流式ストーブ』でそういった事故を起こしたという話を聞いたことがある仁は、ここで慎重にならざるを得ない。
「マーサさん、ハンナ、どう思う?」
そういった『ストーブ』の恩恵を想像できるであろう2人に尋ねてみる仁。
「うーん、そうさね、そういう物があったら煮炊きをするかもねえ」
「冬は洗濯物が乾きにくいから、部屋の中にも干すんだよ」
「やっぱりそうか……」
そこで仁は考え込んだ。
しばし、その場を静寂が支配する。皆、仁の思索を邪魔しないようにと、物音一つ立てない。
そして仁はゆっくりと顔を上げ、口を開いた。
「あれもこれも、と欲張らないならば出来そうだ」
「ほう? ジン、君の考えを聞かせてほしいな。僕もちょっと考えついたことがあるんだ」
ラインハルトが微笑みながら言った。
「よしきた。……ええと、部屋を暖めるために、高熱を使わずに済ませればいいと思ったんだ」
工学魔法『 加熱(ヒート) 』。うまく制御すれば、温度も調節できる。
発火するほどの温度にせず、例えば摂氏60度くらいの発熱で済ませられれば、火事は起こさなくて済む。
「その代わり、煮炊きには使えないけどな」
仁が知っている石油ストーブは、そのほとんどが上にヤカンや鍋を載せて煮炊きすることができたが、それは諸刃の剣。
お湯を湧かせるということは火事を起こす可能性もあるということだ。
「なるほど。ジンらしい発想だな」
「ラインハルトの考えついたことを聞かせてくれよ」
「うん。……僕は、過熱を検知する機能を付ければいいんじゃないかと思ったんだ」
火事になりそうな温度になったら加熱を止めればいい、とラインハルトは言った。
「それも手だな。その場合の欠点は単価が高くなることか」
仁の批評にラインハルトは頷いた。
「そうなるな」
「なるほどね。参考になるわ」
嬉しそうなステアリーナ。
「2人の案、それぞれ長所と短所があるのね。やっぱり機能を求めればコストが上がり、コストを下げれば機能が制限されるのねえ……」
「まあ、そうだな。工夫である程度は解消できるけど、根本的には難しいな」
機能同士が相反する場合もあるので、なおのこと困難である。
火事を起こさないようにすることと、煮炊きができるようにという2つは、普通同時に成り立たない。
それを成り立つようにしようとすれば、そのために複雑さが増し、コストが上がることは避けられないのである。
「マーサさん、ハンナ、どっちを優先した方がいいかな?」
「そうだねえ。そもそも煮炊きする道具は既にあるはずだから、煮炊きできなくてもいいかねえ」
「火事は危ないよ!」
ある意味、『庶民代表』である2人の意見は一致していた。
「あたしたちは、洗濯物を乾かしながら掃除をし、煮炊きしながら洗濯するからねえ。誰かがずっと付いているような家なら、煮炊きができてもいいんじゃないかねえ」
と、マーサは補足してくれた。
「なるほどねえ。マーサさん、ありがとうございます。参考になりました」
ラインハルトがマーサに礼を言う。こうした別視点からの意見は、ラインハルトでなくとも大歓迎である。
「……こういうのって、いいわね」
ビーナがぽつりと言った。
「ジンに会うまで、私は独りで。ルイス様に出会って、独りじゃなくなって。でも、魔法工学に勤しんでいるときはやっぱり独りで」
「ビーナ……」
思わぬ場面での独白に、仁は言葉がなかった。
「ああ、わかるわ。独りで開発するって、自由で気ままだけれど、ときどき寂しいことがあるのよね。……誰かに相談してみたい、誰かに聞いてみたい、って時に、そういう『誰か』がいてくれないというのは寂しいものだわ」
ステアリーナがビーナの言葉に同意を示した。
「ふむ、そういうものかもな。研究に関しても同じだよ、きっと」
トアがさりげなくステアリーナの肩を抱きながら言う。
マルシアも同感だったようで、
「そうだね。独りで……っていうのは、いい面も悪い面もあるけど……やっぱり独りじゃない方がいいかな」
と呟くように言った。
「ええと、話を戻そう」
少し脱線しかけたので、仁が仕切り直した。
「となると、安全性を考えたら『エアコン』となるのかな」
「えあこん?」
誰かが、仁の口にした単語がわからないように聞き返した。
「ああ。『エア・コンディショナー』の略で、『空調』とも言うな。要は空気、つまり温度や湿度を調整する機器さ」
「なるほど、『エアコン』か。つまり、寒い時は暖かく、暑い時は涼しくしようというんだな」
ラインハルトが頷きながら言う。仁はそのとおり、と肯定した。
「だとすると、風が出た方が、効率がいい?」
エルザの発言。確かに、熱源が高温でないなら、自然対流はあまり期待できない。
家電のエアコン同様、風を発生させて空気を循環させた方がいいだろう。
「じゃあ、暖めるときは下向き、冷やすときは上向きにしないと!」
「え、ハンナ?」
「だって、暖かい空気は上に行くし、冷たい空気は下に下がるからその方がいいでしょ?」
「いや、そうなんだが」
仁は、ハンナが科学知識をちゃんと自分のものにしていることに感心する。
現代日本の小学生でも、ハンナと同じような判断が下せるかどうかわからない、と仁は思った。
そんなこんなで、1時間ほど討論し、『ポータブルエアコン』の構想が完成した。
大きさは家庭用のファンヒーターくらい。
冷房と暖房が切り替えられ、冷房時は上に、暖房時は下に向けて風が出てくる。
何℃に設定、というような温度管理は出来ないが、『より暖かく』『より涼しく』のように、相対的な温度調節は可能。
風量も弱〜強に無段階で調節可。
一番の特徴は、低価格での供給が可能と言うところだ。
魔結晶(マギクリスタル) ではなく 魔石(マギストーン) で動作し、標準的な 魔石(マギストーン) 1個でおよそ1ヵ月(1日10時間稼働として)使える。
「こういう魔力の節約方法があるなんてね」
「ああ、さすがジンだな!」
「さすが『 魔法工学師(マギクラフト・マイスター) 』よね!」
それは、送風部分に使われている『 風(ブリーズ) 』の魔法から反動を消す効果をなくした結果。
ややこしい話になるが、通常の風属性魔法には反動がない。つまり、どんなに強い風を起こしてもその反動は一切感じないということだ。
これは『反動』を打ち消す効果が自動的に働いているためで、その効果をなくせば、『反動』が感じられる代わりに 魔力素(マナ) の消費量が劇的に抑えられるのである。
『 噴射式推進器(ジェットスラスター) 』や『 水魔法推進器(アクアスラスター) 』はこの方法で反動を生み出しているし、逆に反動を打ち消す力だけを取り出したのが『 力場発生器(フォースジェネレーター) 』である。
閑話休題。
送風程度の反動では本体が動いてしまうはずもなく、逆に反動を打ち消さずにおくことで 魔力素(マナ) の消費量が3分の1に抑えられたのだ。
同時に、『 加熱(ヒート) 』『 冷却(クーリング) 』の、魔法も、温度範囲を狭めることで、 魔力素(マナ) の消費量を半分に抑えることができた。
これにより、一般庶民でも手の届く魔導具となるだろう。
「『崑崙ブランド』として、各国に卸したらどうだろう?」
グースが思い付きを口にする。
「ああ、それはいいかもしれないな!」
ラインハルトが賛成し、
「確かに、信頼性の証としての『崑崙ブランド』の立ち上げはいいかもしれませんね」
リシアもまた、賛成した。
こうして、この後、『崑崙ブランド』が世に出回ることになる……かどうかは、仁たち次第である。
ところで。
(本当は『こたつ』を普及させたかったんだが、和式の建築でないと難しいからな……)
と、密かに残念がった仁であった。