作品タイトル不明
32-03 9月9日 旅行一日目 弐 戦闘開始
「……という感じでさ」
「ふうん、それじゃあ、暮らし……というか、食生活は改善されたんだね。よかったよかった」
サキが嬉しそうに言った。魔族領にも知り合いがいるので、彼等が穏やかに暮らせているという知らせは嬉しいのだろう。
「おにーちゃん、『魔族』っていう名称がそもそもいけないんじゃない?」
黙って聞いていたハンナが、思いついたことを口にした。
「え? ……ああ、そうか。『魔族』って、悪いイメージだもんな」
人間と遺伝子的には変わらず、ただ『 始祖(オリジン) 』の血を濃く受け継いでいる違いのみ。
「『北の一族』とかにすればいいのかな……」
仁が呟く。その呼称はどうかと思うが、言わんとするところはわかるので、皆黙って頷いたのである。
その時。
『魔物接近中。警戒態勢に入ります』
という艦内アナウンスが流れた。
『魔物は『 凶魔海蛇(デス・シーサーペント) 』。5匹から10匹と思われます』
「 凶魔海蛇(デス・シーサーペント) か……」
マルシアが顔をしかめた。
『 凶魔海蛇(デス・シーサーペント) 』は凶暴で肉食。共存は不可能な魔物である。
「海流に乗って北から迷い込むことがあるらしいね」
グースも呟いた。
「よく知ってるね」
サキが感心すると、
「色々下調べもしたからな」
と、グース。
「こっちに来ているのかな?」
これはロドリゴだ。
『いえ、進行方向はほぼ真西です。エリアス半島方面ですね』
「それはそれでまずいよ、ジン!」
マルシアが叫んだ。
「だなあ」
仁は少しの間だけ考え込んだあと、指示を出した。
「よし、護衛の巡洋艦『梓』に命じて退治させろ」
『わかりました。様子の中継は行いますか?』
「そうだな、頼む」
『はい、 御主人様(マイロード) 』
特殊巡洋艦『吾妻』と『江戸』の護衛に、4隻の巡洋艦『関』『桂』『鴨』『梓』が前後左右を守って随行しているのである。
それらのうち、右翼を守る『梓』が本来のポジションを離れ、右、つまり西へと進路を変更した。
* * *
「お、映った映った」
仁たちがいる食堂の壁、その一部が『 魔導投影窓(マジックスクリーン) 』になっていて、それが大海原を映し出した。
『艦橋に備えてある『 魔導監視眼(マジックアイ) 』からの映像です』
可動式なので、まるで艦橋から海を見ているようだ。いや、ズームアップもできるからそれ以上である。
『正面5キロ先に『 凶魔海蛇(デス・シーサーペント) 』。サポートの『ラプター3』からの情報によると全部で7匹です』
航空戦力も仁たちの護衛に付いているのでこういう時には特に心強い。
『第一戦速で向かいます』
戦速とは艦隊ごとに決められている戦闘用速度、という意味らしい……と仁は思っていた。
そもそもこの用語は仁由来で、その仁はアニメで聞き覚えたのだ。
それはさておき、巡洋艦『梓』はおよそ時速60キロで西を目指した。距離は5分で詰まる。
「間違いなく『 凶魔海蛇(デス・シーサーペント) 』だな」
仁たちが見つめる『 魔導投影窓(マジックスクリーン) 』に7匹の『 凶魔海蛇(デス・シーサーペント) 』が映った。
「ジン、1隻で大丈夫なのかい?」
少し心配そうにサキが尋ねた。
「ああ、もちろん。そもそも巡洋艦が想定している敵は『 凶魔海蛇(デス・シーサーペント) 』じゃなくて、そいつらを補食する『 海竜(シードラゴン) 』だぞ」
「そ、それはわかっているんだけどねえ」
「ほら、攻撃が開始されたぞ」
* * *
『 凶魔海蛇(デス・シーサーペント) 』の1匹が、自分よりも大きな何かが近付いてくるのを察した。
そいつは進路を90度曲げ、『梓』と正対する。
『梓』が危険だと本能的に察したか、鎌首をもたげ、己にできる最大級の魔法攻撃を放った。
水属性魔法『 大津波(タイダルウエイブ) 』である。
高さ40メートルを超える大津波が『梓』を襲う。
だが、海棲の魔物に対抗するために建造された『梓』は、『 力場発生器(フォースジェネレーター) 』を使い、空中に浮かび上がる。
100メートルの高さでは『 大津波(タイダルウエイブ) 』も無効である。
魔法による波はすぐに静まり、『梓』は海上に着水した。
それを目掛け、『 凶魔海蛇(デス・シーサーペント) 』は再び鎌首をもたげた。
とはいえ、『 大津波(タイダルウエイブ) 』は『 凶魔海蛇(デス・シーサーペント) 』といえど、何度も使える魔法ではない。
『梓』に飛んできたのは水属性魔法中級の中、『 水の槍(ウォータースピアー) 』。
だが、その程度は『 障壁(バリア) 』により簡単に防げる。
連続した魔法の行使に、さしもの『 凶魔海蛇(デス・シーサーペント) 』も、若干の『溜め』を必要とし、一旦水中に潜り掛けた、その時。
『梓』の副砲が発射された。
巡洋艦の主砲は甲板上に取り付けられており、水平より低くは照準が付けられない。
が、副砲は海中の敵を攻撃するための兵装だ。
基本は『 魔力砲(マギカノン) 』。発射できる砲弾は数種類ある。
今回放たれたのは『炸裂弾』、水面に触れた途端爆発を起こす砲弾だ。
爆発と言っても、火薬ではなく、『 魔力爆発(マナ・エクスプロージョン) 』を応用した爆発なので、熱は発生せず、純粋な衝撃波が生じることになる。
彼我の距離は500メートル程、外す気づかいはない。
潜ろうとしたその頭上で起きた爆発に、『 凶魔海蛇(デス・シーサーペント) 』は半ば気絶。海面に力なく浮かび上がる。
そこを目掛け、第2発目が発射される。
今回も炸裂弾。『 凶魔海蛇(デス・シーサーペント) 』は頭部を吹き飛ばされ、動かなくなった。
* * *
「おお」
「すごいね」
『 魔導投影窓(マジックスクリーン) 』を見ていた者たちから感嘆の声が上がる。
『今回は巡洋艦の初陣ですので、使い勝手を試しながらの攻撃をしております』
艦隊を指揮している老君からの説明が行われる。
「だろうな」
どんな兵装がなされているか知っている仁にしてみれば、今の攻撃は緩慢に過ぎた。
『また、周りの環境や生態系への影響をできるだけ抑え、かつ安全に倒す方法を取っております』
「ああ、それなら納得だ」
『 凶魔海蛇(デス・シーサーペント) 』が最も苦手とするのは雷属性魔法、つまり電撃であるが、これを使うと周囲の魚も全滅してしまうというデメリットがある。
ゆえに非常時以外は使わない、ということである。
また、海上へおびき出すために工学魔法『 音響探査(ソナー) 』を超強力にアレンジした『 音響爆弾(ソニックボム) 』もあるが、これもまた魚に影響を与えるので非常時以外は使わないことになっていた。
そもそも、海中の敵には、巡洋艦よりも『潜水艦』や『マーメイド部隊』の方が適任なのである。
今回は巡洋艦の運用を考えていく上でのテストケースとして『梓』単艦での戦闘を行っていた。
仁が乗る『吾妻』が襲われたのであれば、持てるすべての戦力で殲滅したであろうが、この海域では、周囲に遊泳する魚以外に被害を受ける者はいない。
貴重な実戦試験を行える機会として、総司令官である『老君』は、この戦闘を指揮していた。