作品タイトル不明
32-04 9月9日 旅行一日目 参 一日の終わり
「……なんというか、圧倒的だね」
『 魔導投影窓(マジックスクリーン) 』を見つめるマルシアは呆れ顔だ。
「ねえジン、海にはあんな魔物がうようよいるのかい?」
ずっと無言で画面を見つめていたマーサが口を開いた。
「いえ、沿岸では滅多に遭遇はしませんよ」
海に棲む魔物が食べるのは魚類が多い。また、浅い海は好まない習性があるので、滅多に沿岸部までは来ないのだ。
「でもまれに迷い込むのがいるので油断はできないんです」
以前ポトロックに現れた『 凶魔海蛇(デス・シーサーペント) 』はそういう個体だった。
「そうなのかい。見るもの聞くもの珍しいものばかりでねえ。この歳になってこんな経験ができるとは思っていなかったよ」
柔らかな笑みを浮かべながらマーサが言った。
「あまりハンナに残酷なシーンを見せるのもなんだな……もう十分わかった、一気に殲滅だ」
『はい、 御主人様(マイロード) 。それでは、マーメイド部隊にやらせます』
『マーメイド部隊』は仁が作った人魚型ゴーレム部隊だ。別名『 海中軍(マリナー) 』。通常装備としては魚雷が2本。
それを使い、一気に殲滅。
どうなっているのか、画面ではよくわからないが、どうやら最後の1匹も退治されたようだ。
「これでエリアス王国への脅威はなくなったな」
「うん、そうだね。ジン、ありがとう」
仁がぽつりと呟けば、マルシアが同意を示す。
「ジン殿、あの『 凶魔海蛇(デス・シーサーペント) 』は素材として確保しないのですか?」
ロドリゴが質問してきた。
「ああ、確かに。もったいないですし、せっかくですから回収させましょう。……老君、頼むぞ」
仁は老君に指示を出した。
『はい、 御主人様(マイロード) 。お任せください』
画面を見ていたら、マーメイド部隊が『 凶魔海蛇(デス・シーサーペント) 』に飛びかかるようにして解体をはじめていた。
血液も回収しているようで、海が血で汚れることもなく、10分ほどで『 凶魔海蛇(デス・シーサーペント) 』は素材となった。
『無駄に捨てる部分はありませんでした』
「ご苦労だった。マーメイド部隊にも伝えてくれ」
老君を通じてマーメイド部隊も労った仁は、窓から空を見た。
時刻は午後2時。空は青い。
「さあて、夜まで何しようか」
仁がそう口にすると、ハンナが手を上げた。
「おにーちゃん、海で泳ぎたい!」
「海でか……」
さすがに外洋で泳ぐのはいささか危険な気がする。
「うーん、このあたりは危険があるかもしれないから、やめておいた方がいいな。もう2、3日したら多分どこかの島に着くから、そうしたら泳ごうな?」
それで、ちゃんと理由立てて説明したところ、ハンナは納得してくれた。
「うん、わかった」
聞き分けてくれたハンナに、仁はほっとした。
(そういえば、豪華客船にはプールが付いていたな……)
海のど真ん中にいるのに泳げないというのは何とも皮肉である。今更ながら、仁は客船にプールが付いているわけに思い至ったのであった。
「さて、じゃあどうするか……そうだ」
護衛として付いてきている『ストリーム』で洋上散歩としゃれ込もうと、仁は提案し、
「うん!」
「いいね、それ」
ハンナをはじめ、皆は賛成したのである。
* * *
海原を疾駆する『ストリーム41』。
『ストリーム』シリーズは駆逐艇として開発され、『 魔法型水流推進機関(マギウォータージェット) 』によって、最高速度は時速150キロを誇る。
『 力場発生器(フォースジェネレーター) 』を使えば、短時間であるが空も飛べるほど。
10人乗りで、今は操縦するマリン541の他には仁、エルザ、ハンナ、マルシア、ロドリゴ、サキ、グースが乗っている。
救命胴衣もちゃんと着て、安全には気を配っている仁であった。
「うわあ、速い!」
ハンナは大はしゃぎ。
「こ、これはなんというか、もの凄いね!」
マルシアも完全に兜を脱いでいる。
「三胴船でこれだけの速度が……やはりジン殿は凄い!」
ロドリゴも感心を通り越し、感激していた。
「しかしなんというか、さっきの『 凶魔海蛇(デス・シーサーペント) 』、近くで見てみたかったな」
「ボクはご免こうむりたいけどね」
グースはちょっと残念そうな顔をし、サキは珍しく拒絶した。
多少の波をものともせず、『ストリーム41』は30分ほどの遊覧を終え、『江戸』へと戻った。
仁たちはクレーンで船上へ、そして『ストリーム41』は再び護衛任務へと戻ったのである。
「ああ、面白かった」
「お帰り。よかったねえ」
満足そうに満面の笑みで甲板に戻ったハンナ。マーサもにこにこしながら孫を迎えた。
「ただいま、マーサさん」
「お帰り、ジン。お守り、ごくろうさんだね」
「いえ、俺も楽しかったですから。……今度はマーサさんも一緒にどうですか?」
だがマーサは首を横に振る。
「あたしは遠慮しておくよ。ミーネや他の人たちとお喋りしているほうがいい」
「そうですか……。でも、小型艇に乗ってみたくなったらそう言ってくださいね」
「ああ、ありがとうよ。……さて」
マーサは何か思い出したように身を翻した。
「あれ、何か用事ですか?」
仁の質問に、マーサは笑って答える。
「なに、ヴィヴィアンちゃんにカイナ村の料理を教える約束したもんでね」
『江戸』『吾妻』には厨房が付いており、乗り込んでいる5色ゴーレムメイドが食事の用意をしてくれるのだが、もちろん乗客が自炊することもできる。
特に、それを楽しみたいという場合は、サポートに徹してくれるのだ。
マーサとヴィヴィアンがどんなカイナ村料理を作ってくれるか、それはそれで楽しみな仁であった。
* * *
「これ、美味しいね」
「あ、ハンナちゃん、それ私が作ったのよ」
一人暮らしが長かったので、ヴィヴィアンの料理の腕はそれなりに、いやかなりよい。
今回はマーサに指導されて、カイナ村風大麦粥と 山鹿(マウンテンディアー) のベーコンを使ったベーコンエッグであった。
加えて、ヴィヴィアンの郷里であるセルロア王国コーリン地方の料理、トメトゥル(トマト)、マルネギ(タマネギ)、カロット(ニンジン)などを使った冷たいトメトゥルスープも好評。
一同は満足し、食堂窓から暮れゆく空と海を眺めていた。
「……きれい」
「ああ、きれいだな」
オレンジ色に染まる空、沈み行く真っ赤な太陽、そしてきらめく海面。
海の上でのみ見られる光景に、皆うっとりと見入っていたのである。
そして日が沈めば、降るような満天の星。
仁とエルザは他のメンバーに断って『吾妻』へと戻り、2人きりになった。
正確に言えば艦を動かす担当ゴーレムや、礼子とエドガーがいるが、仁とエルザの邪魔をすることはない。
「静かだな」
「ん」
聞こえてくるのは、艦が波を掻き分ける音くらい。それも、夜間は速度を半分以下に落としているので静かなものだ。
海は凪いでいて、揺れもほとんど感じられない。
新婚旅行らしく、仁とエルザは心ゆくまで2人の時間を満喫したのであった。