軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

31-49 閑話65 エリックとバーバラ

「バーバラ、香辛料の在庫はどうだい?」

「ええと、まだ大丈夫ね」

カイナ村唯一の商店、『エリックの店』。

ラグラン商会の支店でもあり、カイナ村における仕入れの拠点も兼ねている。

販売しているのは主に日用品、衣料品。

カイナ村は人口100人程度の小さな村なので、商品を買うに当たって、貨幣と物々交換という2通りの支払い方法がある。

「今日の売り上げもまあまあね」

計算をしながらバーバラが言った。

一緒になって数ヵ月、すっかりこうした事務仕事が板についていた。

「そうか。それならいい」

『エリックの店』の収入源は大きく分けて2つ。

1つは村民への販売。

そしてもう1つは、本店であるラグラン商会への『卸し』である。

卸しているのは主に、村民との物々交換で手に入れた『毛皮』や『 魔石砂(マギサンド) 』。

そして二堂城経由で仁から仕入れている『ペン先』や『ゴムボール』をはじめとするゴム製品である。

また、その2つ以外にも、不定期であるが、仁が開発した珍しい魔導具などを本店に納める役割も受け持っており、その際なにがしかの手数料が払われる。

「もうすぐ、お義父さんがいらっしゃる頃ね」

「ああ、そうだね」

「王都はちょっと遠いから大変よね」

「うん。だけど、これが商売だから」

「そっか」

「また行ってみたいかい?」

「うーん、そうねえ……」

エリックからの言葉に、バーバラは少し前に王都を訪れた時のことを思い出していた。

* * *

「ここが首都アルバンだよ」

「うわあ、大きいね」

結婚の報告のため、エリックとバーバラは2人揃ってラグラン商会本店、つまりエリックの実家を訪れたのである。

カイナ村からトカ村まではゴーレム馬に乗っていったので1日で着けたが、トカ村からは徒歩だったので、シャルル町まで徒歩で2日。そこからアルバンまではさらに3日掛かった。

アルバンの人口はおよそ8000人、カイナ村の80倍だ。

「すごい人ね……」

きょろきょろと辺りを見回すバーバラ。完全にお上りさんだ。

カイナ村と比べたら、人の数が違う。着ている服も上品で垢抜けていて、バーバラは目を奪われた。

「やっぱり都会は違うなあ……」

溜め息まじりにバーバラは呟いた。

自分とエリックの格好はといえば、村できていた服に、旅用の荷物を背負っている。どう見ても田舎から出てきたことが丸わかりである。

「さあ、まずは商会へ行くよ」

背負った荷物を一揺すりしたエリックはバーバラに声を掛けた。

ラグラン商会の本店は、今年、目抜き通りの中央部に移転した。

それほど躍進していたのである。

「ここだよ」

「うわあ、すごい!」

バーバラは目を見張った。

「ただいま帰りました」

エリックは正面入口ではなく、横にある通用口から店へと入っていく。バーバラも続いた。

「おお、お帰り!」

「バーバラちゃん、よく来たねえ」

エリックの父ローランドをはじめとする親類が皆集まっていた。

「いやあ、エリックがこんないいお嫁さんをもらえてめでたい!」

「バーバラさん、頼りない息子だけど末永くよろしく」

その夜は2人の結婚を祝う宴会が行われた。

「ありがとうございます。精一杯努めます」

顔を紅潮させ、バーバラが答える。幸せだった。

* * *

それから1週間、バーバラはエリックと共にアルバンに留まった。

商売の初歩的なノウハウを学んでいたのである。1日中ということもなく、その合間合間に、街を見に行ったりすることもできた。

最初のうちこそ、初めての王都に目を輝かせていたバーバラであったが……。

「……なんだか、つまんないな」

仕事を覚えることはいい。そちらは今も懸命に勉強している。

つまらなく感じるようになったのは王都での生活だ。

確かに人は多く、賑やかで、華やかで、首都に相応しい賑わいを見せていた。

だが、それだけである。

「……なんだか、村が懐かしいな」

わずか1週間……道中も入れれば2週間、カイナ村を離れていたバーバラは、里心がついたようだ。

無理もない。

「温泉……懐かしいなあ……」

カイナ村の共同温泉。

「ご飯……お城の食堂のご飯は美味しかったなあ……」

街を観光し、食堂でお昼を食べる。値段のわりに美味しくない、と感じてしまう。

「トイレも……」

クライン王国でも、公衆衛生には力を入れ始めているが、仁が手ずから工事を指導したカイナ村には敵わない。

見慣れてしまえば、街の人間も村の者も変わりはしない、ということがよくわかった。

むしろ、読み書き・計算、そして生活の知恵を教えてもらえるカイナ村の人たちの方が頭がいいかもしれない、とさえ思う。

「ああ、ハンナちゃんは間違いなく頭いいわ」

そんじょそこらの大人より、いや、もしかしたら学士と呼ばれる者よりも、ハンナの方が賢いのではないかとさえ思える。

外に出てはじめて故郷の良さを知ったバーバラであった。

* * *

「うわー!」

「バ、バーバラ!?」

トーゴ峠から遙か麓のカイナ村を見た途端、馬車から飛び降りて駆け出したバーバラがいた。

「ははは、エリック、バーバラさんにしたら懐かしいんだろう。なにせ生まれて初めて、故郷を1ヵ月近く離れていたんだから」

同行したローランドが笑う。

「私も久しぶりのカイナ村だ。なんだか懐かしいよ」

「はあ、はあ」

峠から一気に駆け下りたバーバラはエルメ川に架かる橋を渡り、二堂城脇を抜け、カイナ村に駆け込んだ。

「ただいまー!!」

「おや、バーバラ、お帰り」

「バーバラ、少し痩せたんじゃないかね?」

村長ギーベックの家に顔を出したバーバラは、叔父であるギーベックとその妻である治癒師サリィに出迎えられた。

「あ、おねーちゃん、お帰りなさい」

そして2人の養子であるルウも、笑顔でバーバラを出迎えた。

「ただいま、ルウ。……はい、お土産」

「わあ、ありがとう!」

バーバラは背負っていた荷物の中から、叔父夫妻と、従妹になったルウへのお土産を手渡した。

「おお、済まんな、バーバラ」

「エリック君は?」

「あたし、トーゴ峠から駆け下りてきたから」

そう言うと3人とも少し呆れた顔になった。

「……まあ、わからないでもないがね」

が、元々は村の人間ではなかったサリィには、その気持ちを察することができたようだ。

それで、一言だけ声を掛けることにした。

「バーバラ、君が今感じた、故郷を大事に想う、その気持ちを忘れないようにね」

「は……はい!」

カイナ村が自分の故郷であることを再認識したバーバラ。

これからは、より一層村のために尽くそう、と決心したのである。

「おーい、バーバラ!」

遠くでエリックの声がした。

「あ、ごめんなさい! 今行きます!」

元気よく返事をしたバーバラは、

「それじゃあ叔父さん、サリィ先生、ルウ、またね」

と挨拶をして村長宅を辞したのであった。

カイナ村の空は青く晴れ、初秋の風がちぎれ雲を追い立てていた。