作品タイトル不明
31-48 閑話64 お肌のお手入れ
『酸化させた軽銀の粉を微粒子化して、保湿油と混ぜればいいのですね』
老君は、仁に依頼された『日焼け止め』の開発に勤しんでいた。
移動用端末『老子』を使い、工学魔法を駆使できる『 職人(スミス) 1』を助手に、配合比や酸化軽銀の粒子の大きさなどを変え、実験を進めていく。
見た目は透明に、しかし紫外線の遮光もしくは反射効果はできるだけ大きく。
また、保湿油の成分も、植物性・動物性、あるいは合成油どれがよいかの検討を行う。
『でも効果は紫外線の透過率で判定できるものの、副作用はどうしても人体に塗らないとわかりませんね……』
とはいうものの、大袈裟に言うと『人体実験』を勝手に行うわけにもいかない。
そんなとき、サキが蓬莱島にやって来た。老君は、サキに相談することにする。
「え? 日焼け止め? そんな薬品を作ることができるのかい? うん、協力するよ!」
『サキ様、よろしくお願いいたします。とはいえ、『リーゼ』を同席させ、検査しながら行いますので、サキ様の負担になるようなことは致しません』
ここでいう『リーゼ』とは、仁が作った医師(治癒師) 自動人形(オートマタ) である。
そもそも、ベースとなる保湿油の大半は、既にこの世界で使われているものから選んでいるし、酸化軽銀そのものも、害がないことで知られているので、組合わせたところで毒性を持つとは考えにくい。
「ふんふん、こういう組み合わせかい」
サキは、老子が広げた紙に書かれている組み合わせを見て頷いた。
「ボクとしては、油にはこれとこれを使うのがいいと思うんだけどね」
冬場のひび・あかぎれに使われる油をサキは推薦した。
「『 竜頭ウナギ(ドラゴニックイール) 』の油と、『ケメリア』の油だね」
『 竜頭ウナギ(ドラゴニックイール) 』はクライン王国特産であり、動物性油の中では保存性がよい。
『ケメリア』の油は髪油にも使われ、安全性は長い歴史の中で保証されている。
『なるほど、わかります。わざわざ使用実績のない油を使わなくてもいいだろう、と仰るのですね』
「くふ、そういうことさ」
かつて漆にかぶれたことのあるサキなので、今回は慎重だ。
『そうしますと酸化軽銀の粒子の大きさと配合比ですね』
「そうなるね」
こうして、サキの協力を得て実験した結果、3日後には『日焼け止め』の試作が完成したのである。
『 職人(スミス) 1』が『 分析(アナライズ) 』しても、毒素など害になるような物質や、未知の物質は検出されなかったので、サキは自らの腕に塗って試してみることにした。
このようなことをするあたり、やはり好奇心が勝つようだ。
とはいえ、かなり慎重に進めた『日焼け止め』である。丸1日そのままで、まったく問題は起きなかった。
仮に痒みや発赤などが起きたら、即『リーゼ』による治療ができる態勢であったが、それは杞憂に終わったのである。
「今度、ジンが『新婚旅行』で南の島へ行こうと言っているから、その時にも試験できそうだね」
『そうですね。 御主人様(マイロード) に具申しておきます』
「あとは販売ルートということになるけど、そっちはボクより老君の方が適任だろうね」
『はい、使った『ケメリア油』はカイナ村やトカ村で採れます。リシアさんに提案し、トカ村での産出を増やしてもらうといいでしょう』
「ああ、なるほどね。軽銀の粉は蓬莱島から直接卸すのかな?」
『当分は加工ができるような 魔法工作士(マギクラフトマン) もいないでしょうしね。ですが、原料の軽銀は買い入れるもしくは委託を受けて加工するなどすればいいと考えております』
「くふ、さすが老君だね、ボクにはそこまで気を回せそうもないよ」
『恐れ入ります。……サキ様、開発へのご協力ありがとうございました』
* * *
「ケメリア油、ですか」
トカ村領主のリシア・ファールハイトは、老君から連絡を受け、ちょっと考え込んだ。
季節は夏の終わり、まもなくケメリアの実が熟す頃だ。
『はい。この村で採れるケメリア油を使っている、というだけでも、宣伝効果は上がると思います』
「ちょうどいい時期でしたね。あと一月くらいで収穫が始まります。今年は人を増やしましょう」
『油を絞る道具が必要でしたら、 御主人様(マイロード) と相談して準備します』
「あ、そうですね。ジンさんなら、きっと素晴らしい道具を作ってくれますね!」
リシアの、仁へのそうした信頼は絶大なようだ。
「在庫のケメリア油もまだありますから、それを卸しましょうか?」
『そうですね。試作のために、20リットルくらいいただきましょう。単価は1リットルあたり50トールでいいでしょうか』
「それは少し高いですね。相場は1リットルあたり30トールくらいです」
『では、それで』
高く引き取ってもらえばリシアたちの収益が増えるかというと、一概にそうとも言えない。
卸値は売値に影響を与える。売値が上がれば、売れ行きが鈍り、結果として利益が減ることにもなりかねないのだ。
もちろん、値が高くても購入される商品はある。が、新商品の場合は、最初に設定する値段が重要になってくるのだ。
『消耗品ですから、ある程度薄利多売を考えております』
老君はそのように説明した。
* * *
「『日焼け止め』ですか?」
売れるかどうかの打診は、まずはカイナ村の商店主、エリックに確認をとる老君。
もちろん、二堂城勤務の『バトラーB』を代理人としている。
「そうですねえ……。王都で、貴族とか裕福な商人とかに売れるのではないでしょうか。この村では売れそうもないと思い……」
「値段次第で買いますよ?」
エリックが答えきる前にバーバラがすかさず言葉を被せてきた。
「夏は日焼け、冬は肌荒れが気になりますよね、女性としては。……エリック、気にしてよね?」
「う、うん……」
「なるほど、参考になりました」
* * *
『なるほど、お肌のお手入れ、としてトータル的に、ですか』
老君はすかさず計画を立てる。
保湿クリームは、カイナ村向けに仁が作っていた。
オーナットというクルミによく似た木の実を搾って採ったオイルに、蜂蜜を取った後の蜜蝋を少し混ぜ、シトランの皮から採った香油を少々。
これらに加え、『治癒薬』化したペルシカ果汁を若干混ぜることで保存性が高くなる。
工学魔法『 均質化(ホモゲナイズ) 』で均一に混ぜて出来上がりだ。
老君はさらにそれらの配合比を変えて試行錯誤し、最適な比率を見つけていた。
この保湿クリームと日焼け止めの組み合わせでさらに肌のアンチエイジング効果が高まるようだ。
* * *
「ほう、これが日焼け止めか」
まずは約束どおり、リースヒェン王女へと献上された『日焼け止め』と『保湿クリーム』。合わせて『お肌のお手入れセット』である。
後にラグラン商会を通じてクライン王国首都アルバンに売り出された『お肌のお手入れセット』は大好評を博す。
一般庶民にも保湿クリーム単体で販売したので、手荒れ・肌荒れに悩む者は激減。
裕福な者はセットで購入、その効果を実感した者が口コミで伝えていき、クライン王国全土、そして隣国へと広まるのに時間は掛からなかった。
* * *
「くふ、やっぱり肌の手入れは大事だね」
最近つるつるになった肌を撫でたサキは独りごち、微笑んだのであった。