軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

31-47 閑話63 カレンの悩み

カレン・テオデリック・フォン・バナーズは、テオデリック侯爵家の四女である。

父はゲーレン・テオデリック・フォン・アイゼン侯爵、母はエマ・テオデリック・フォン・ロージー。

父は存命だが、母は他界している。

現在、テオデリック家には後嗣となる男子がいない。

長女シャーリィ・テオデリック・フォン・モーリーは錬金術師トア・エッシェンバッハと一緒になった後、一人娘サキを産んだあと、これも他界。

次女と三女はそれぞれ有力貴族の元へ嫁いでいる。

侯爵は今年で54歳。長いこと砒素を服毒させられていたため肝硬変を起こしており、エルザによって治療された経緯がある。

そのため、年齢以上に体力がなくなっており、仮に後添えを貰ったとしても後継ぎの誕生は望み薄であり、本人にもその気はなくなっていた。

つまり、現在テオデリック家の次代を担えるのはカレンだけ、ということになるのだ。

必然的に、カレンが婿を取って侯爵家を継がせる、ということになるのであるが……。

「……困ったわ……」

そのカレンは朝から悩んでいた。

先日、父から、フリッツ・ランドル・フォン・グロッシュと見合いをせよ、との命が下されたのである。

ランドル家は、領地が隣接しており、フリッツやその妹であるエルザとは歳が近いこともあって顔見知りである。

「確かに、フリッツ様は優秀な軍人なんでしょうけど……」

独り言を呟きながら悩み続けるカレン。

「……なんとか、この話をないことにできないかしら……」

彼女の父、ゲーレンは厳格な人物であるからして、『気が乗らない』などという理由では絶対に認めてはくれないだろう。

こうした時に相談できる相手がいないカレンであった。

「そうだわ!」

相談できる相手がいない、と書いたが、1人候補がいることをカレンは思い出したのだ。

「誰かいますか? 馬車の用意を。少し外出します」

「お嬢様、どちらへお出掛けに?」

その声に応えたのはカレンは少し苦手にしている侍女長だった。杓子定規なので、ときどき行動を注意をされ、それが鬱陶しいのだ。

侍女長に一声掛けると、当然のようにどこへ行くつもりか尋ねられた。

ここは正直に言うしかない、とカレンは観念した。

「親戚のところよ。エッシェンバッハ邸」

「サキ様のお宅ですね。かしこまりました」

エッシェンバッハ邸は馬車で30分ほど、遠出という程ではないし、何より『姪』であるサキに会いに行くという大義名分がある。

すぐに馬車が用意され、御者を兼ねた護衛1人と侍女1人が付いて、カレンを乗せた馬車はテオデリック家の門を出た。

夏の終わり、少し疲れたような緑の並木を抜けていく。馬車の中でカレンは物憂げに外を眺めていた。

そして馬車はエッシェンバッハ邸に到着した。

「それじゃあ、ちょっと行ってくるわ。あなたたちは馬車で待っていてちょうだい」

「はい、お嬢様」

特に文句を言うことなく、侍女は返事をし、護衛は無言で頭を下げた。

玄関のノッカーを鳴らすと、すぐにドアが開いた。

「いらっしゃいませ、カレン様」

サキ専用、従者 自動人形(オートマタ) のアアルだ。

「こんにちは、アアル。サキはいるかしら?」

「はい、おります。どうぞお入り下さい」

「それじゃあ、おじゃまするわ」

「おや、カレン叔母さん。これはお珍しい」

玄関近くまで出てきたサキがカレンを出向かえた。

「ああサキさん、その『叔母さん』はやめてちょうだいと言ったでしょう?」

「くふ、そうでしたね。済みません」

笑いながら謝っているので、少しも済まなそうに見えていない。

「はあ、まあいいわ」

カレンは、アアルが淹れてくれたお茶を一口飲み、小さく溜め息をついた。

「それで、今日はどうしたんです?」

サキからの問いに、カレンは今日の来訪の目的を思い出した。

「ああ、ちょっと相談があったのよ」

「珍しいですね。ボクでよければお聞きしますよ」

「お願いするわ」

そしてカレンは、父から、フリッツとの縁談を進められていることを説明した。

「……はあ、なるほど。客観的に見たら悪くないと思うんですけど、おば……カレンさんが嫌がるには何か理由があるんでしょう?」

「えっ……」

サキからの質問に、カレンは少し頬を染め、俯いてしまう。

「あ、あれ?」

思わぬ反応に、サキは面食らってしまった。

「ええと……叔母さん? もしかして、好きな方がいらっしゃる……とか?」

半ば勘に任せて口にするサキ。だが、それは核心を突いていたようだ。カレンは真っ赤になって俯いてしまったから。

「……いったい誰なんです?」

思わず尋ねてしまうサキ。カレンは口籠もりながら小さな声で答えた。

「……ゴドロナス様」

「え?」

サキも、一応この国の主だった貴族・軍人は覚えている。

「ゴドロナス……というと、ゴドロナス・ベルンツアム・フォン・ナルラドさん?」

「ええ、そうよ」

確か第1騎士団第2小隊隊長だったはずだ、とサキは思った。

「なるほどね。本人のことは知らないけど、地位や実力も問題なさそうですね」

「でしょう?」

問題は、どうやって侯爵やゴドロナス本人にカレンの想いを伝えるかである。

「あ、それでゴドロナスさんはなんて言ってるんです?」

「なにも」

「え?」

「……私の気持ちもご存じないと思うわ」

「……うわぁ」

面倒この上ない事態になった、とサキは頭を抱えたくなった。

そもそもそっち方面に疎く、社交界とも無縁の自分に何ができるだろう。

それをそのまま言うと、カレンは少し寂しげに微笑んだ。

「何かをしてもらおうとは思っていないわ。話を聞いてもらえて、なにがしかの助言でももらえたら、と思ったのよ」

「そう、ですか……」

そう言われると、何か言ってあげなくては、とも思う。

「え、ええと」

思いはあっても言葉が出てこない。そもそもサキはそういった経験僅少、コミュニケーション能力も低めなのだ。

「ラインハルトかエルザに相談してみたらどうです?」

結果、情けない言葉しか口にすることはできなかった。

「ふう、そうね。相談するなら人を選ばないと」

「ぐっ……カレン叔母さん、ひどいなあ」

「うふふ、冗談よ。愚痴を聞いてくれてありがとう。そろそろお 暇(いとま) するわ」

「お構いもしませんで」

サキの様子を見に来た、という建前なので長居はできないと言い、カレンはエッシェンバッハ邸を辞した。

帰りしなに、

「『叔母さん』って呼ぶのはやめてね」

と言い残して。