作品タイトル不明
31-40 クライン王国の工夫
6、7、8という夏の三か月は夏時間ということで他の季節より1日短いため、8月は29日で終わりである。
その29日、仁たちはクライン王国にいた。
「ジン、久しいのう」
「世界会議以来ですね」
王城に着いたあと、応接室に案内された仁たちは、リースヒェン王女からの接待を受けていた。
もちろん、実際に給仕を行うのは侍女達である。
「そうじゃな。……アーネスト様はお元気じゃったか?」
「はい。今は熱心に魔法工学を学ばれてます」
周囲の目もあるので、敬語と砕けた口調の中間くらいの話し方をしている仁である。
「エルザ、おめでとう」
「ありがとう、ございます」
「おかげで父上もその後は食に気を使っておるのでな。調子もいいようじゃ」
「それは何よりです」
そんな当たり障りのない話を交わしながら、一同お茶を飲んでいると、更なる来客があった。
「『崑崙君』、失礼する」
第2王子のアーサーであった。
「これからの段取りを説明したい」
この王子が進行役らしい。
「前夜祭として、今夜王城の大広間で小規模なパーティ。明日が本番で、朝の9時に王城を出て、市内をパレードしてから王城に戻り、そのまま 宴(うたげ) に……」
「やっぱり宴会があるのか……」
「それはそうじゃよ。それが目的じゃから」
「ですよねえ……」
たまには披露宴抜きの国はないかと思う仁であるが、そもそも披露宴のために各国を巡っているのである。
そんなことを考えるあたり、かなり思考回路が疲れているようだ。
「……で、明後日は本当の内輪だけで後夜祭という名目のお茶会を予定。以上」
「……わかりました」
どうしても、各国のやり方が似てしまうのは仕方ないようだ、と、仁は諦観を持ったのである。
* * *
「何か変わった趣向とかあるかと思ったんだが……いや、期待しているわけではないよ」
リースヒェン王女とアーサー王子がいなくなり、仁とエルザ、礼子だけになった時。
仁がそんなことをぽつりと呟いた。
「エゲレア王国ではゴーレムの芸をいろいろ見せてくれたけれど、あれは例外かもしれない」
それにエルザが答える。
「そうなんだろうけどさ……一番面倒、というか苦痛な、貴族達からの挨拶だけは 分身人形(ドッペル) に任せているんだから文句も言えないか」
これには、各国貴族の情報を老君に記録してもらうという側面もある。
自分が逆にもてなす立場だったとしても、そうそう奇抜なことを行うわけにもいかないだろうと考え、仁は仕方ないことだと自分を納得させたのである。
* * *
そして、夜になった。
「へえ……」
大広間に足を一歩踏み入れた仁は、そこが新たな飾り付けで彩られていることに気がついた。
ところでクライン王国は、この年の冬から春にかけて飢饉一歩手前にまで追い込まれており、その財政はかなり厳しい状況である。
実際、代替わりして友好国となったセルロア王国から5億トール(およそ50億円)の借金をしているのだ。
そのため、飾り付けは華美ではない。
だが、よく考えられ、計算された飾り付けがなされている。
例えば、飾りの数は多ければゴテゴテして見え、少なければ貧相に見える。
普通は見栄もあって多めに飾ることが多いのだが、そこを工夫、考えて、最適な個数にしてある点。
また、配置にも、美しく見えるやり方がある。『リズム』を感じさせるように配置するのがそれだ。
一定間隔では、隙間が空いていると間延びして見えるが、微妙に間隔を変えていくと、その隙間が意味を持つようになってくる。
いわば『空間』を感じるようになるのだ。
そして、色。
膨張色と呼ばれる暖色系の色と、収縮色といわれる寒色系の色をうまく組合わせることで、部屋の閉塞感を減らせたりもする。
そうした工夫が随所になされていることに、仁は驚いていた。
仁は高校での芸術科目として工芸を選択したので、こうしたテクニックを、デザインの初歩として授業で聞いたことがあった。
が、デザインの苦手な仁は、応用がうまくできずにいたのに、この異世界でそれを実際に行っていることに、素直に感心したのである。
そうして飾り付けられた大広間には、以前仁が作った汎用ゴーレム10体が並んでおり、仁たちが入っていくと一斉に深くお辞儀をした。
以前、イナド鉱山で秘密裏に採掘を行った際に、その半数が失われてしまったが、残った10体を大切にしているところを見せたかったのだろうと思われる。
更に、工学魔法『 明かり(ライト) 』を使い、仁とエルザ、そして従者である礼子に、いわゆる『スポットライト』が当たるように演出されている。
(新しい試みだな……アーサー王子の発案かな?)
このようなことを考えつくのはアーサー第2王子ではないか、と心の中で考えている仁であった。
そうした、細かな工夫を見出すことに専念していると、いつの間にか 宴(うたげ) は進んでいく。
前夜祭ということで、仁の知っている顔ぶれが多い。
アロイス3世をはじめ、アーサー第2王子、リースヒェン第3王女、といった王族。
宰相のパウエル、ジャクソン・レッド・バドス産業相、クラロト・バドス・ケーリス魔法相、ファダス・ロフス・フェアグラム防衛相ら重鎮たち。
近衛女性騎士隊隊長ジェシカ・ノートンと副隊長グロリア・オールスタット、シンシア・カークマン、ティファニー・バルダックといった女性騎士は、警備をしつつも場に華やかさをもたらしている。
そして男性騎士としてハインツ・ラッシュ、ベルナルド・ネフラ・フォスター、マルタフ・クラッセ等が警護に当たっている。
ところで第1王子は地方巡行中という話であった。
ハープに似た弦楽器が静かな音楽を 奏(かな) でるなか、立食パーティ形式での前夜祭だった。
仁もエルザも、それなりに料理を口にできているのでほっとしている。
「ジン、エルザ、楽しんでくれておるか?」
リースヒェン王女がやって来た。
「はい、おかげさまで」
公の場なので敬語を使う仁である。
「それはよかった。兄が必死に考えて指導しておったのじゃ」
「これリース、そういうことをばらすんじゃない」
そこへアーサー王子もやって来て、苦笑しつつリースヒェンを 窘(たしな) めた。
この兄妹の仲は良好なようだ、と、他人事ながら、仁は少しほっとする。家族が仲違いしているのを見るのは嫌いなのだ。
そんな仁は、少し離れたところにグロリアの姿を見つけた。
(そういえばフリッツ……義兄さんから頼まれていたっけ)
エルザも同じことを思っているらしく、グロリアの方を見つめている。
視線に気が付いたのか、グロリアが仁たちの方へとやって来た。
「ジン殿、エルザ殿、このたびはおめでとうございます」
型通りの挨拶をしたあと、グロリアは手にしていたワインのグラスを掲げた。
「お2人のこれからに幸多きことを」
「ありがとう」
仁は礼を言い、エルザは……
「……グロリアさんはまだ?」
と、ストレートなセリフを投げ掛けた。
「ぶふぉっ……げほげほげほっ」
ワインを飲みかけていたグロリアは盛大に咽せた。
「し、失礼した。お許し願いたい」
顔を赤らめつつ謝罪するグロリア。
その様子を見て、これは脈ありかな、と思う仁であった。