作品タイトル不明
31-38 開祖の話
「およそ300年前、ショウロ皇国の初代皇帝は、ディナール王国から別れて、トスモ湖の 畔(ほとり) に立ったと伝わっているわ」
女皇帝が、国の成り立ちを静かに語り聞かせている。
若き皇帝は、皇后と共に広々とした土地を見て、何を思ったのか。
「真っ先にやらねばならないことがある、と仰ったそうよ」
それは、城を築くことではなく、町を造ることでもなく。
「『麦を植えよう』。そう仰ったというわ」
まずは作物が育つ畑を作ることから。それが済むまでは掘っ立て小屋でよい、と近習に仰ったそうだ。
「『国の基本は王に非ず兵に非ず軍に非ず、そは食なり』。だから麦の穂が、我が国の紋章になっているのよ」
女皇帝は少し遠くを見つめるような眼差しをした。
「それから10年、皇帝自ら地を耕し井戸を掘り水を引き、麦を植え野菜を育て、木を増やし花を咲かせて、国の 基(もとい) を築いていったそうなの」
この 宮城(きゅうじょう) が出来上がったのは3代目皇帝の時だったそうだ。
「それまでは、庶民とたいして変わらない家に住んでいたそうよ」
さすがにそれは脚色されているのだろうが、それでもショウロ皇国の始祖が建国のために並々ならぬ努力をしたことは感じ取ることが出来た。
「話を戻すわね。……その10年、あまりにも辛い時期があって、皇帝が皇后に、『お前は実家に帰っていたらどうだ?』と聞いたそうなの。そうしたら皇后は、『私の故郷は、貴方がいるこの地ですから』と言って、皇帝と苦楽を共にすることを再度誓ったということなのよ」
そこで言葉を切った女皇帝はにこりと笑ってエルザと仁を代わる代わる見つめた。
「その故事を受けて、ショウロ皇国では、『嫁ぎ先が故郷と思いなさい』ということが言われるようになったの」
「……」
「だからジン君、エルザのことも察してあげてね?」
「わかりました」
エルザがまだ実家へ帰らない、と言ったそのわけに得心がいった仁であった。
「……最後に、そんな成り立ちがあるから、帝室の紋章は当時分かれた本家と同じ『 交差した3本の剣(ドライシュヴェルト) 』だけれど、我が国の紋章は『3本の麦』なの。3本なのは親と子を表しているといわれてるわ」
女皇帝は話を締めくくった。
「ありがとうございました」
仁とエルザは頭を下げた。
「さあ、堅い話はこのくらいにして、ジン君、昨日いただいた記念メダル、ありがとうね。素敵だわ」
「恐縮です」
今回は渡す相手を選ばないよう、付加価値を重視した記念品とした仁である。
「魔導具などはまた次の機会に」
「そうね、楽しみにしてるわね。でも、『次』って何かしら?」
いたずらっぽく笑う女皇帝。
一瞬その意味がわからなかった仁であるが、『次』というのが、もう一度『結婚披露宴』を行うことだと少し遅れて気付いた。
「え、ええと、『次』というのは、また別のお祝いごと、というくらいの意味です」
少し慌てて説明を加える仁を、女皇帝は笑って見つめた。そして、
「冗談よ。だからエルザも、そんなに睨まないでちょうだい」
と言う。
言われたエルザも仁同様に慌てた。
「え、ええと、そんなつもり、では」
そんな和やかな昼食会であった。
* * *
「……終わったな」
「ん、終わった」
エルザは満足そうな笑みを浮かべ、仁の隣に座っている。
いま、2人はロイザートの屋敷に戻ってきたところ。
とりあえずソファに座って脱力しているところだ。
「開祖の話、初めて聞いたよ」
「私も、半分くらいは初めて聞く話だった」
帝室に伝わる話なのだろうから、エルザが知らないのも無理はない。
「でも、お義母さんに聞いていたんだろう?」
「でもそれは、『嫁ぎ先を故郷と思いなさい』、という程度」
「そうなのか」
「ん。でも、今日お母さまとお会いできて、嬉しかった」
「だろうな。陛下には感謝だ。……それにしても麦の由来、か……」
なかなか深い話だった、と仁は思う。
日本でも、民の家から上がる煮炊きの煙が少ないことを憂えて税を数年免除した仁徳天皇の話がある。
また、新たな土地を開拓に行く王子の話なども聞いたことがある気がする仁である。
「……未来の、故郷」
「え?」
ぽつりと、エルザが呟いた言葉を耳にした仁は聞き返す。
「嫁いだ先が、自分の、未来の故郷。私は、そう思ってる」
「エルザ……」
「今は、崑崙島が、蓬莱島が、カイナ村が、私の第二第三、第四の、故郷。でも、私がいるべき場所は、貴方の、隣」
そう言ってエルザは仁の胸に顔を埋めた。そんなエルザを、仁はそっと抱き締める。
お互いの体温が感じられる距離。2人は今、満ち足りていた。
* * *
8月28日。もうすぐ8月も終わり。
朝夕はなんとなく涼しい風が吹き始めた気がする、と仁は思った。
「明日はクライン王国か」
なら、カイナ村に行っていよう、と思った仁である。
ゆるゆると仕度。時差の関係で、もうカイナ村は昼近いはず。
「これから飛んでいけばちょうどお昼かな」
仁とエルザは屋上へ向かった。
そこでは、エドガーと礼子が『コンロン3』の発進準備を整えて待機していた。
「ご苦労さん。じゃあ、行こうか」
「はい」
今回もエドガーが操縦士、『コンロン3』はゆっくりと上昇していく。
十分に高度を取ったところで水平飛行に移る。およそ6000メートルの高空は、雲の上の世界。
眼下に雲海を眺め、時速600キロを出せば、1時間半ほどでカイナ村に到着した。
着陸するのは二堂城前の広場だ。
二堂城勤務のバトラーB、Cと5色ゴーレムメイドの101たちが出迎えた。
「こっちはもう涼しいな」
ロイザートに比べ、標高も緯度も高いカイナ村は、もう秋の気配が感じられた。
「まずはハンナの所へ行くか」
「ん」
このあと、旅行に行くという話をきちんとしておかなくてはならない。
仁、エルザ、礼子、エドガーは連れだってマーサ宅へと向かった。
「あ、おにーちゃん、おねーちゃん」
『コンロン3』を目にしていたのだろう、ハンナは家の前に出て仁たちを出迎えたのである。