作品タイトル不明
31-36 朝の訪問
仁たちは急ぎロイザートの披露宴会場へ戻り、うまいこと『 分身人形(ドッペル) 』と入れ替わる。
幸い、まだ知り合いであるマテウスやランドル家はこれからであった。
なんとかギリギリで義理も果たせたのである。
そして2人はそれからの 宴(うたげ) を半ば楽しみ、半ば辟易しつつ過ごした。
「……こうした苦労も、そのうち笑い話になる……といいなあ……」
「ん」
披露宴のあとは、 宮城(きゅうじょう) で泊まるのではなく、『屋敷』に戻らせてもらうことにした仁たちである。
せめて夜はゆっくり休みたかったのだ。
* * *
翌日8月27日。
仁とエルザは『屋敷』で寛いでいた。
「今日はのんびりした昼食会だったっけ」
「ん」
そこへ、来客を告げるバトラーの声が。
「誰だろう?」
まだ午前8時前である。
仁とエルザは一緒に玄関へ出てみると、
「やあ、お2人さん、おはよう」
立っていたのはエルザの兄、フリッツであった。
昨日の披露宴には出席していなかったので顔を合わすのも久しぶりである。
「兄さま」
「朝から済まないとは思うが、ちょっと急ぎの用事があってな」
「とにかくお入り下さい。……義兄さん」
「うむ、お邪魔する」
「それで、急ぎの用事って?」
エルザが手ずからお茶を淹れて差し出した。フリッツはそれを一口飲んでからゆっくりと口を開いた。
「実は、縁談が持ち上がっていてな」
「え」
「……それは……おめでとうございます?」
慌てた仁はお追従めいたセリフを口にする。
だがフリッツは苦虫を噛み潰したような顔。
「それが、あまりめでたくないんだ」
「……お相手は、誰?」
「……カレンだ」
「え?」
カレン、という名前に、仁も聞き覚えがあった。
「ええと、確か、サキの叔母さんに当たる人でしたっけ?」
フリッツは仁に頷いてみせた。
「そうだ。カレン・テオデリック・フォン・バナーズ。侯爵家の4女だ」
「カレンさんが兄さまのお嫁さん候補に?」
「そうだ。というより、俺が婿入りする話になってるんだが」
「……」
少し考えたエルザは、疑問を口にした。
「カレンさんは確か17か18、兄さまとはちょうど釣り合うんじゃない?」
貴族である以上、こうした見合い結婚的な話は必ず出てくる。それがわからないフリッツではないはず、とエルザは思った。
「まあ、そうなんだがな……」
フリッツは相変わらず煮え切らない態度。
「……もしかして、他に好きな人が?」
「……」
エルザの言葉に、深く俯くフリッツ。
あれ、と、エルザは思った。兄のこんな反応は新鮮だからだ。
「お相手は?」
「……」
だが、返事は帰って来ない。
「もしかして、他国の方?」
その質問に、ようやくフリッツの顔が上がった。
「……どこの国?」
と聞いて、兄と接点があった国のことを思い出したエルザ。
「……クライン王国?」
その質問には無言で頷くフリッツ。
「もしかして、グロリアさん?」
またも無言でこくり、と頷いたフリッツであった。
「グロリアさんか……」
仁も独りごちた。
グロリア・オールスタット。
クライン王国の近衛女性騎士隊副隊長。教官もしている。
明るい茶色の髪は最近伸ばしており、ベリーショートからショートボブになっていた。
鳶色の目は快活さをうかがわせ、スタイルもいい。
刀剣フェチで、あまり生活力はなさそうである、というのが仁のグロリアに対する印象である。
「たしか兄弟姉妹がいないんじゃなかったっけ」
一人っ子だったという記憶がある。
「そうなのか?」
若干驚いた顔でフリッツが仁に詰め寄った。
「え、ええ。確かそうだと」
「そ、そうなのか。……ま、まあ、俺も次男だし、家は兄貴が継いでいるし……」
「兄さま、兄さま」
暴走を始めそうになったフリッツを、エルザが引き止めた。
「……肝心のグロリアさんの気持ちは?」
「……え?」
その呆気にとられたような顔に、エルザは肩の力が抜ける。
「やっぱり、確認してはいない、わけ?」
「う、ま、まあな」
エルザは溜め息をついた。こういうところは昔のままの兄であると感じ、微笑ましくもあるのだが、今回は内容が内容だ。
「グロリアさんは近衛騎士。兄さまは軍人。最悪、どちらかが辞めないといけなくなる」
そもそも、国の機密を知っているだろうから、簡単に辞めますといって辞められるとも思えない、とエルザは続ける。
「それは俺も考えた。確かに難しい問題だと思う。だから来たんだ」
「つまり、『うちの主人』に口添えしてもらおう、と?」
エルザの口から『うちの主人』などという言葉が飛び出したことに、仁は内心驚いたが、当のエルザはもっと驚いたらしく、顔を赤らめていた。
朝っぱらから難しい問題を持ち込んでくれた実の兄を睨むエルザ。
仁は仁で、義理の兄の恋を成就させるにはどうしたらいいか考えている。
世界会議の時に、グロリアがフリッツの気持ちを尋ねてきたので、彼女もフリッツのことが好きなのはわかっている。
だが、その先へ進むとなると、障害が多いのも事実。
好きだから一緒になる、とはいかないのが現状である。
「そもそも、カレンさんがお嫁さんになるって、そんなに嫌?」
カレンも、グロリアとはタイプの違う美人であるし、家柄は申し分ない。
性格は勝ち気だが、それをいったらグロリアもそうである。
「いや、そのまま跡取りにされそうな気もしてな」
「……ああ」
テオデリック侯爵家には跡取りたる男子がいない。
長女はサキの母親で既にこの世の人ではないし、次女三女はもう嫁いでいると聞いた気もする仁であった。
少なくとも、ラインハルトの結婚式で顔を合わせた際、彼女の婿になれば侯爵家の跡取りになれる、と言っていた記憶があった。
「侯爵も元軍人だから、兄さまに目を付けたのだと、思う」
「……ありがた迷惑だ」
この問題は一朝一夕に解決できる問題ではない、と感じた仁であった。