作品タイトル不明
31-35 見学
造船所までは 転移門(ワープゲート) で移動。
出たのはドック内の片隅。
「わあ、大きい」
エルザは初めて来たことになり、その大きさに驚いていた。
「そりゃな。250メートルの戦艦も建造できる大きさだからな」
250メートルクラスの戦艦・空母なら1隻、100メートルクラスの巡洋艦なら2隻を同時に建造できる大きさだ。
「……確かに」
そして、進水式と艤装を終えた2隻は、この後試験航行を行うことになっている。
「ね、乗ってみたい」
「え? ……そうだな」
エルザからの突然の申し出にちょっとだけ面食らった仁であるが、その思いも当然と思い、頷いたのである。
「老君、かまわないか?」
『はい、 御主人様(マイロード) 。大丈夫です』
腕輪の 魔素通信機(マナカム) で老君に確認をとると、すぐに返事がきた。
「よし、それじゃあ行こう」
「ん」
仁が差し出した右腕に、さっとばかりに掴まったエルザ。そうやって2人は、まず『吾妻』へのタラップを昇っていった。礼子が2人に続く。
「観艦式だな」
ちょっと違う。『艦』を『観』るには違いないが、『観艦式』とは、『軍事パレードで、軍艦を並べて壮行する式のこと』である。
今の『吾妻』と『江戸』は巡洋艦ではないし、パレードでもない。
「わあ」
またもや驚きの声を上げるエルザ。
宇宙船を除くと、これだけ大きな建造物に足を踏み入れたのは初めてだから無理もない。
全長100メートル、全幅10メートルの甲板は、初めての者には広く見えるだろう。
まして、主砲と副砲を取り払ったため、前甲板は広々としている。さすがにプールはないが。
「風が、気持ちいい」
ドック正面の扉は開いており、風が吹き込んでくる。同時に、青い海も見えており、そこがこの船本来の居場所だと感じる。
「艦橋に行ってみよう」
惑星の曲率により、『水平線の向こう』という場所ができてしまい、できるだけ遠くを見通すためには、できる限り高い場所に上る必要がある。
そういう意味で、艦橋は皆高い位置に作られているのだ。
もっとも、蓬莱島艦の場合、航空戦力や衛星からの情報を受け取れるので、必要以上に高くして強度不足になったり安定性を欠いたりすることは避けている。
「一応武装も残してはあるけどな」
中口径のレーザー砲や、10センチ 魔力砲(マギカノン) などだ。
旅行の際は巡洋艦が一緒に付いてくるので心配はいらない。
「あとは生活空間を見てみよう」
「ん」
おおまかな要望は出しておいたが、詳細は老君と 職人(スミス) たちに任せていたので、仁も見るのは初めてだ。
今度は階段を下り、階下へと向かう。
甲板と同じ階層が生活空間となっていた。
元が巡洋艦なので、客船ほど広くはないが、増設した分も含め、長さ20メートル、幅7メートルほどの区画が幾つかに区切られ、ラウンジや寝室などになっている。
「ふうん」
「なかなか住み心地よさそう」
廊下部分は油分が多く水に強いチーク材で張られており、磨くといい艶が出る。
室内は 魔絹(マギシルク) で出来た絨毯が敷かれている。あまり毛足が長いと、船が揺れたときに足元が安定しないので、薄めにできている。
寝室はベッドであるが、非常用に安全ベルトで身体を固定できるようになっていた。
「食堂は?」
「うん、見てみよう」
食堂は、もちろん調理場が付属しているが、小型の 転移門(ワープゲート) も2基備え付けられており、蓬莱島から食材や調理した料理を送らせることもできるようになっていた。
「冷蔵庫や 魔力庫(エーテルストッカー) もあるぞ」
開けてみたが中はまだ空っぽで、これから詰めることになるようだ。
「水は?」
「予定では、船の空き部分にバラストを兼ねて真水を積むし、浄水器と蒸留器を10機ずつ積む予定だ。……って、もう積んであるみたいだな」
「それなら安心」
他にも通信、救命用具などは最低でも3系統、多いものは10系統積んでいる。
機械式でなく 魔導機(マギマシン) や魔導具なので 嵩張(かさば) らず、重さも軽いからこそできることだ。
「 魔力反応炉(マギリアクター) は設計当初は5基だったが20基に増設したし、 自由魔力素凝縮器(エーテルコンデンサ) も用意した」
自由魔力素凝縮器(エーテルコンデンサ) は空間に存在する 自由魔力素(エーテル) を集め、濃度を高める装置で、 魔力反応炉(マギリアクター) と併用すると一層効果的だ。
「予備エネルギー用の 魔結晶(マギクリスタル) だって、アルスを3周できるくらい積んである」
「なら安心、かな」
「エルザを危険に曝すわけにはいかないからな」
「……ありが、とう」
仁のセリフに頬を染めるエルザであった。
2人は下へ向かって階段を下りていく。
「もう1層下にもほぼ同じ施設があるんだってさ」
予備区画である。普段は閉鎖してあり、上の区画が不慮の事態で使えなくなった際に開放される。
「かなり、安心」
「動力室とかは……見なくていいよな?」
「ん」
そのあと、『江戸』も見てみたが、ほとんど同じであった。同型艦なので当たり前であるが。
あまり見て回っていると、試験航海の予定を狂わせてしまうので、仁とエルザは見学を切り上げることにした。
「お父さま、そろそろお昼時です」
これまで黙って付いてきていた礼子が、昼近いことを教えてくれる。
「そうか、ちょうどいいな。研究所に戻ろう」
そうして、仁たちはドックの 転移門(ワープゲート) を使い、研究所へと戻ったのである。
* * *
「面白かった」
「そうだな」
蓬莱島では夕方であるが、仁とエルザにとっては昼食として、ざるそばを食べている。
先日、サキからもらったワサビが早速役立っていた。
「やっぱり『もどき』じゃないワサビは香りがいいな」
これまで使っていたのは、どちらかというと『辛味大根』に近いものだったので、辛さはあっても香りが今一つ物足りなかったのである。
そこに 分葱(わけぎ) 代わりのヤマネギ(ギョウジャニンニク)を刻んだものを添えて、仕上げに海苔を少し刻んでかければざるそばの出来上がりだ。
仁としてはもりそばの方が好きなのだが、エルザは海苔の香りが加わるざるそばの方を好んでいた。
もっとも仁にしても、現代日本にいた際にもりそばを好んだのは、海苔の分値段が上がるという理由もあったのだが。
「そば湯も、おいしい」
そばを茹でたお湯でそばつゆを割って飲むのも、エルザは好んでいた。
塩分取りすぎになるので、あまり大量には飲まないように気を付けてはいる。
「そろそろ戻らないとな」
「ん、きっと陛下には気取られる」
「だろうなあ」
勘の鋭い女皇帝なので、面と向かったら、仁とエルザが替え玉と入れ替わっていることに勘付くかもしれない。
「ほんとなら、ライ兄の所に行ってみたい、けど」
先日生まれた赤ん坊を見に行きたいのだろう。だが、それはまずい。
「本来俺たちは 宮城(きゅうじょう) にいるはずだからな」
「ん」
ラインハルトは今回の宴には来ていない。ベルチェ出産からまだ1週間、女皇帝も気を使ってくれたようだ。
「明後日のインターバル日に行ってみよう」
「ん、それでいい」
ロイザートにいる仁たちであるから、堂々と訪問できるということである。
こうして、ロイザートへ戻った仁たちであった。