作品タイトル不明
31-30 お忍び
セルロア王国における披露宴。
貴族連中からの執拗な挨拶・アピールを『 分身人形(ドッペル) 』に任せていた仁とエルザは、タイミングを見計らい、うまいこと途中で入れ替わる。
「ジン殿、楽しんでおられるか?」
戻って来た仁の所に、食糧庁長官のクヌート・アモントがやって来た。特に料理の評価が気になるらしい。
「ええ、ありがとうございます」
また一口も食べていない仁としては当たり障りのない答えしかできない。
「ご苦労のあとがしのばれますよ」
等とそれらしいことも言い添えてみる仁。
「おお、それは嬉しいですね!」
仁の一言を聞いてクヌート・アモントは上機嫌になった。少し酔ってもいるようだ。
「失礼、ジン殿」
そこへまたやって来たのは第一技術省次官カバネア・ガスモ。『 ゴーレム競技(ゴンペテイション) 』大会役員を務めた男だ。
相変わらず人当たりのいい笑顔を浮かべている。
「このたびはおめでとうございます。奥様もお綺麗ですな」
「ありがとうございます」
このようなやりとりが1時間ほど続き、仁とエルザは少し疲れてきた。
が、時刻は午後9時になろうとしているところ。
そこに、セザール王からの声が響いた。
「皆、主賓である『崑崙君』夫妻もそろそろお疲れであろうからして、 宴(えん) もたけなわではあるが、終わりとしたい」
これには誰も異存はないようだ。もっとも、王に対して面と向かって文句を言うこともないであろう。
「それでは『崑崙君』、奥方、本日の締めに一言お願いする」
「あ、はい」
『 分身人形(ドッペル) 』は聞いていたのかも知れないが、そういった引き継ぎなしに入れ替わったため、少々面食らう仁。
とはいえ、こういう場で話すべきことというのはだいたいが定型句のようなものなので、それほど苦労はしないのである。
「……ご来場の皆様、ジン・ニドーです。このたびは盛大なるお祝いの場を設けていただけましたこと、妻のエルザ共々お礼申し上げます」
ましてや3国目である。それなりに話し方も慣れを感じさせるようになっていた。
「……最後に、私どもの気持ちとして、記念品を用意致しましたので是非お受け取り下さい。本日はありがとうございました」
仁とエルザが揃って会釈を行うと、満場の拍手が起こる。
そして、これがセルロア王国における披露宴の終了であった。
「……ほほう、これはなかなか」
「記念としても面白いですな」
「丸ではなく楕円というのがまた変わっている」
「金ではなくメッキと言うことだが、それでも工芸的価値は変わるものではないですぞ」
記念小判を受け取った面々は、それぞれ感嘆の声を上げていた。
そして誰もこれが異世界の貨幣だと思う者はいなかったのは余談。
* * *
「……終わった」
疲れた顔の2人。1時間そこそこだったのに、ぐったりしている。精神的にかなり疲れてしまったのは、気の置けない知り合いが少ないこともありそうだ。
「まだ、明日がある」
「……なぜだろう、普通なら希望を抱かせるはずの言葉なのにげっそりしてしまうのは」
等と軽口を叩き合う2人は、貴賓室の応接間でソファに埋もれていた。
「お父さま、エルザさま、お風呂の仕度ができました」
礼子からの報告。貴賓室備え付けの家族風呂の準備をしていたのである。
家族風呂と言ってもセルロア王国王城の貴賓室であるから、少し無理をすれば10人くらいは入れそうなほど大きい。
「じゃあ、入るか」
「……ん」
仁が立ち上がり、エルザもそれに続く。
「……」
礼子は何も言わなかった。
そして。
「……!!」
脱衣所に声にならない声が響き渡った。
「ああ、やっぱりお2人は気が付いてなかったのですね」
疲れていたせいか、まだ一緒に風呂に入ったことない2人が、並んで脱衣場に向かったのを少しだけ不思議に思っていた礼子なのであった。
「……」
「……」
2人は並んでお湯に浸かっていた。既にのぼせたように真っ赤な顔をしている。
2人にとって多少なりとも幸いだったのは、浴室の照明が薄暗かったことだろう。
それでも互いの顔がはっきりと見えるので、どうにも気恥ずかしいのである。
毎夜のように同衾してはいるものの、こうして明るいところで互いの裸身を見てしまうということにまだまだ慣れていないのだ。
そのまま無言で風呂から出た2人であったが、その後の寝室でのことは……礼子だけが知っている。
* * *
翌23日は、催しはなく、のんびりとセルロア王国を楽しんでもらおうという日であった。
それで、仁とエルザは朝から寛いでいる。
「このあと、町へ出てみようか?」
「ん、それもいい」
仁の黒髪の色を変えるなどちょっとだけ変装すれば、十分にお忍びで行動可能だろう。
その辺は以前クライン王国でもやっていたので問題はない。
同時に礼子も髪型をポニーテールにし、服も町娘風にする。髪色は茶に変えた。
そしてエルザも茶髪にし、普段着になって、いよいよ町へ行こうとしたところ。
「『崑崙君』、せめて案内人を付けさせて欲しい」
2人が町へ出ると聞いたセザール王が飛んできた。背後には町娘姿の女性が1人。
「私の近衛騎士の1人、ベロニカだ。出身がこの町なので詳しい」
「ベロニカです。『崑崙君』、奥方様、よろしくお願いいたします」
肩までの赤毛を無造作に垂らしたところは庶民っぽい。なんとなく初めて会ったときのビーナを思い出させるが、身長は170センチ近いし、ボディラインにもメリハリがある。
「……こちらこそよろしく」
仁に代わって挨拶するエルザ。彼女を見つめる視線がちょっと悔しそうなのは気のせいかも知れない。
「では、2時頃までには戻って来てほしい。3時にお茶会を予定しているからな」
「わかりました。お気づかいありがとうございます」
今度は仁が返事をし、仁、エルザ、礼子にベロニカを加えた4人は、王城の通用門……使用人たちが利用する出入り口を使い、町へと繰り出した。
「何度もセルロア王国に来ているけど、エサイアを見物するのは初めてかもしれない」
仁が誰ともなしに呟くと、ベロニカが反応する。
「そうなのですか? では、どういう所がお望みでしょうか。私はここで生まれ育ったので、どこでもご案内できますよ」
「そうだなあ……せっかくだから、生活用具関係の店を見てみたいな。エルザは?」
「じゃあ、服飾関係、を」
エルザはセルロア王国のファッションに興味があるらしい。
「わかりました。ここから近いのは服飾街ですね。まずはそちらから……」
ベロニカは一行を先導して歩き始めた。
そんな彼等を遠巻きに、秘密裏に護衛する者たち数名もその後を付いていったのである。